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紅き炎は静かに揺らめく
*5* 9月20日火曜日、放課後
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九月二十日金曜日。放課後。
紅と蒼衣は校長室にいた。七不思議巡りも最終地点である。蒼衣の手引きのおかげで、校長先生が留守の間に部屋に入ることを許されていた。
「――あー、ここも外れだったわ……」
大鏡の後ろの壁に埋まる魔性石との対話を終えて目を開けると、紅は蒼衣に微笑んだ。
「付き合わせて悪かったわね」
「いえ。できることならすべてにお付き合いしたかったくらいなんですから、お気になさらず」
蒼衣は穏やかに笑んで返してきた。機嫌が良い証拠だ。
火曜日、水曜日、木曜日は遊輝と共に散策し、金曜日の今日は残していた校長室の調査を蒼衣と一緒に行ったところである。今日も遊輝には声を掛けたのだが、校長室という場所が嫌なようで適当な言い訳をされて断られたのだ。そんなわけで遊輝抜きで二人きりになった所為か、本日の蒼衣は微笑む余裕があるほど上機嫌である。
「ここにあるのは〝コスモレコード〟って名付けられたレコードキーパーよ。〝氷雪の精霊〟がどこにあるのかは知らないって言われたわ」
「六ヶ所連続で外れるとはすごい確率ですね」
「学院の守護結界を支える魔性石に連続して会えただけでも僥倖じゃないかしら。白浪先輩曰わく、この宝杖学院には魔性石が至る所にあるって話じゃない」
「確かに彼はそんなことも言っていましたね。――それはそれとして、他に当てはあるのですか?」
蒼衣の問いに紅は肩を竦め、首を横に振る。
「一応、七不思議に沿って回ったつもりなんだけどね。残念ながら、これでおしまい。どうやって探したものかしらね」
「これまでをおさらいすると――宝物館に〝氷付けの亡霊〟という名のファントム、池に〝スノーブリッジ〟という名のタビークリスタル、星影の森に〝ディープスリープ〟という名のハーキマーダイヤモンド、学生西棟四階の西側階段に〝癒やしの雫〟という名のダブルターミネイテッド、芸術棟第二音楽室に〝凍結の剣〟という名のレーザークォーツがあったのでしたね。校長室の〝コスモレコード〟も含め、すべて水晶ですか」
「そのようね。流石は水晶のタリスマントーカーだった千晶お祖母ちゃんが仕込んだだけはあるというか」
「しかし、情報が乏しいですね。あとは虱潰しに回るしか方法が思いつきませんよ」
「方法ね……」
タイムリミットがあることを思うと、急ぎたい気持ちは強い。どんな不幸がやってくるのかは不明だが、何もないことに越したことはない。
紅が悩みながら唸っていると、蒼衣が話し掛けてきた。
「話題を変えても良いですか?」
「構わないけど、何?」
「千晶さんの墓参り、御一緒してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、お彼岸だもんね。相談しておくわ」
家族で付き合いがあったため、新盆にも彼は訪れていた。彼岸に墓参りをするのは、世話になっていたからという理由があるのだろうと紅は思う。
「千晶さんには、婚約の報告もしないといけませんから」
「って、あたしはまだ認めてないわよっ!?」
しれっと言われた台詞に、すかさず紅は反応する。家族会議の結果、婚約することは覆らなかったのだが、納得はしていない。
「形式的なものなのですから、そんなに怒らないでください。すぐに籍を入れろと要求しているわけではないのですよ?」
今月二十九日に蒼衣は十八歳になる。法律上、十六歳の紅とは誕生日を迎えた時点で婚姻が可能だ。
紅はぶるぶると頭を横に振る。
「形式的でも、婚約者として振る舞うのは、あたしはできないわ」
「無理をさせるつもりはありませんよ」
蒼衣の左手が紅の肩の上を通過する。背後の大鏡に手を置いたらしく、蒼衣と鏡の間に紅は挟まれた。見下ろしてくる彼の眼鏡越しの灰色の瞳が紅をしっかりと捉えている。
「星章先輩……?」
身動きが取れず、紅はただ見つめ返す。
「貴女はそのままで構わない。ですが、私には貴女を護る正当な理由が必要なのです。今のままでは不都合なことばかりで、表立って貴女を護り手助けすることができない」
蒼衣の顔が近付いてくる。紅は思わず後退りをし、壁に取り付けられた鏡に背をくっつける。
「……あなたが焦っているのは、黒曜将人が戻ってくるからでしょ?」
紅の台詞にぴくりと蒼衣は反応した。
「――認めますよ。黒曜は貴女を傷付けた。数十針も縫う大怪我を負わせたのは彼です。それまでも黒曜は散々嫌がらせをしてきました。彼を止めるには、それ相当の大義名分が必要だと考えたのです」
何も返せずにいると、蒼衣は続ける。
「私が全力で貴女を護るために、協力して欲しい。こうして繋いでいないと、貴女を私しか知らない場所に閉じ込めておきたくなる。拘束してしまいたい欲求に勝てなくなる。どうか、私の我が儘に付き合ってくれないでしょうか?」
「……この脅迫じみた状況で、拒否する気力はあたしにはないわよ」
紅は視線を外し、たっぷりと息を吐き出す。自然と息を止めていたのに気付いたのだ。
「でしょうね。卑怯な真似をしているとは承知していますよ」
「兄様は狡いわ。あたしの気持ちを理解してくれたら、もっと素直に頷けるのに」
「余裕がないみたいです。貴女のまわりに私の敵が多いから」
告げて、蒼衣は紅の頬に掛かる髪を払う。そして、紅の前髪を押さえているヘアピンに触れた。
「〝アイススフィア〟は常に身に付けてくださっているようですね。できるだけそばに置いてやって下さい。その石が貴女のそばにある間は、私も正気を保っていられそうですから」
悲しげな微笑みを浮かべ、蒼衣が離れていく。
「……うん。大切に使わせてもらうわ」
せっかく近くで話せる状況になったのに、幼い頃のようにはいかない。兄として慕われていたあの頃から脱したいと願う蒼衣の感情が、この関係にぎこちなさを生む。
――気持ちは嬉しいと思えるんだけどな……。
前髪を留めるヘアピンに飾られたスターサファイアの魔性石〝アイススフィア〝に触れ、部屋を出る蒼衣の後に続いたのだった。
紅と蒼衣は校長室にいた。七不思議巡りも最終地点である。蒼衣の手引きのおかげで、校長先生が留守の間に部屋に入ることを許されていた。
「――あー、ここも外れだったわ……」
大鏡の後ろの壁に埋まる魔性石との対話を終えて目を開けると、紅は蒼衣に微笑んだ。
「付き合わせて悪かったわね」
「いえ。できることならすべてにお付き合いしたかったくらいなんですから、お気になさらず」
蒼衣は穏やかに笑んで返してきた。機嫌が良い証拠だ。
火曜日、水曜日、木曜日は遊輝と共に散策し、金曜日の今日は残していた校長室の調査を蒼衣と一緒に行ったところである。今日も遊輝には声を掛けたのだが、校長室という場所が嫌なようで適当な言い訳をされて断られたのだ。そんなわけで遊輝抜きで二人きりになった所為か、本日の蒼衣は微笑む余裕があるほど上機嫌である。
「ここにあるのは〝コスモレコード〟って名付けられたレコードキーパーよ。〝氷雪の精霊〟がどこにあるのかは知らないって言われたわ」
「六ヶ所連続で外れるとはすごい確率ですね」
「学院の守護結界を支える魔性石に連続して会えただけでも僥倖じゃないかしら。白浪先輩曰わく、この宝杖学院には魔性石が至る所にあるって話じゃない」
「確かに彼はそんなことも言っていましたね。――それはそれとして、他に当てはあるのですか?」
蒼衣の問いに紅は肩を竦め、首を横に振る。
「一応、七不思議に沿って回ったつもりなんだけどね。残念ながら、これでおしまい。どうやって探したものかしらね」
「これまでをおさらいすると――宝物館に〝氷付けの亡霊〟という名のファントム、池に〝スノーブリッジ〟という名のタビークリスタル、星影の森に〝ディープスリープ〟という名のハーキマーダイヤモンド、学生西棟四階の西側階段に〝癒やしの雫〟という名のダブルターミネイテッド、芸術棟第二音楽室に〝凍結の剣〟という名のレーザークォーツがあったのでしたね。校長室の〝コスモレコード〟も含め、すべて水晶ですか」
「そのようね。流石は水晶のタリスマントーカーだった千晶お祖母ちゃんが仕込んだだけはあるというか」
「しかし、情報が乏しいですね。あとは虱潰しに回るしか方法が思いつきませんよ」
「方法ね……」
タイムリミットがあることを思うと、急ぎたい気持ちは強い。どんな不幸がやってくるのかは不明だが、何もないことに越したことはない。
紅が悩みながら唸っていると、蒼衣が話し掛けてきた。
「話題を変えても良いですか?」
「構わないけど、何?」
「千晶さんの墓参り、御一緒してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、お彼岸だもんね。相談しておくわ」
家族で付き合いがあったため、新盆にも彼は訪れていた。彼岸に墓参りをするのは、世話になっていたからという理由があるのだろうと紅は思う。
「千晶さんには、婚約の報告もしないといけませんから」
「って、あたしはまだ認めてないわよっ!?」
しれっと言われた台詞に、すかさず紅は反応する。家族会議の結果、婚約することは覆らなかったのだが、納得はしていない。
「形式的なものなのですから、そんなに怒らないでください。すぐに籍を入れろと要求しているわけではないのですよ?」
今月二十九日に蒼衣は十八歳になる。法律上、十六歳の紅とは誕生日を迎えた時点で婚姻が可能だ。
紅はぶるぶると頭を横に振る。
「形式的でも、婚約者として振る舞うのは、あたしはできないわ」
「無理をさせるつもりはありませんよ」
蒼衣の左手が紅の肩の上を通過する。背後の大鏡に手を置いたらしく、蒼衣と鏡の間に紅は挟まれた。見下ろしてくる彼の眼鏡越しの灰色の瞳が紅をしっかりと捉えている。
「星章先輩……?」
身動きが取れず、紅はただ見つめ返す。
「貴女はそのままで構わない。ですが、私には貴女を護る正当な理由が必要なのです。今のままでは不都合なことばかりで、表立って貴女を護り手助けすることができない」
蒼衣の顔が近付いてくる。紅は思わず後退りをし、壁に取り付けられた鏡に背をくっつける。
「……あなたが焦っているのは、黒曜将人が戻ってくるからでしょ?」
紅の台詞にぴくりと蒼衣は反応した。
「――認めますよ。黒曜は貴女を傷付けた。数十針も縫う大怪我を負わせたのは彼です。それまでも黒曜は散々嫌がらせをしてきました。彼を止めるには、それ相当の大義名分が必要だと考えたのです」
何も返せずにいると、蒼衣は続ける。
「私が全力で貴女を護るために、協力して欲しい。こうして繋いでいないと、貴女を私しか知らない場所に閉じ込めておきたくなる。拘束してしまいたい欲求に勝てなくなる。どうか、私の我が儘に付き合ってくれないでしょうか?」
「……この脅迫じみた状況で、拒否する気力はあたしにはないわよ」
紅は視線を外し、たっぷりと息を吐き出す。自然と息を止めていたのに気付いたのだ。
「でしょうね。卑怯な真似をしているとは承知していますよ」
「兄様は狡いわ。あたしの気持ちを理解してくれたら、もっと素直に頷けるのに」
「余裕がないみたいです。貴女のまわりに私の敵が多いから」
告げて、蒼衣は紅の頬に掛かる髪を払う。そして、紅の前髪を押さえているヘアピンに触れた。
「〝アイススフィア〟は常に身に付けてくださっているようですね。できるだけそばに置いてやって下さい。その石が貴女のそばにある間は、私も正気を保っていられそうですから」
悲しげな微笑みを浮かべ、蒼衣が離れていく。
「……うん。大切に使わせてもらうわ」
せっかく近くで話せる状況になったのに、幼い頃のようにはいかない。兄として慕われていたあの頃から脱したいと願う蒼衣の感情が、この関係にぎこちなさを生む。
――気持ちは嬉しいと思えるんだけどな……。
前髪を留めるヘアピンに飾られたスターサファイアの魔性石〝アイススフィア〝に触れ、部屋を出る蒼衣の後に続いたのだった。
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