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紅き炎は静かに揺らめく

*3* 9月17日火曜日、放課後

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「どうだった?」

 遊輝が優しげな眼差しを向けている。柱に触れるために寄ったので距離が近い。思わず半歩ほど下がって、紅は返す。

「ここにいるのは〝氷付けの亡霊〟って名乗っていました。ファントムだって言っていましたけど、それって何ですか?」

 ファントムという宝石に思い至らない。宝石鑑定士資格を持つ抜折羅が興味を持つ程度には、遊輝も相当な鉱物宝石知識を持っている。ひょっとしたら知っているかも知れない。
 首を傾げて訊ねる紅に、遊輝はふっと笑う。

「紅ちゃんも僕と宝石知識勝負をした方が良いのかも知れないね。どう? 僕が勝ったら君の絵を描かせてよ。負けたらなんでも言うことを聞いてあげるから」
「あたしを巻き込まないでください」

 ぴしゃりと言ってやる。毅然きぜんとした態度が重要だ。

「悪くない勝負だと思うんだけどな」

 遊輝は肩を竦めると、話を続ける。

「――ちなみに紅ちゃんは、〝氷付けの亡霊〟って魔性石がどんなものだと思っているの?」

 紅は先日、目の前にいる遊輝から聞いた話を思い出す。〝氷付けの亡霊〟という名から鉱物名を想像してみることにした。

「氷付けって単語からすると、水晶の仲間かな、とは思っていたんですが」
「うん。まずまずの回答かな。――ファントムってのは、水晶で間違いない。水晶の中に山なりの白い線が浮かび上がっているものを、特別にファントムって呼ぶんだ」
「なるほどぉ……詳しいですね。どこで覚えるんですか?」

 すらすらと出てくるのは本当にすごいと思う。抜折羅が知識を持っているのは資格を取得するのに必要であったり、仕事を通じて学んできたからだろう。
 だが、遊輝はどこにも属さないタリスマントーカーだ。どうしたらこのレベルまで到達できるというのだろう。
 紅の問いに、遊輝はにっこりと笑んだ。

「父が教えてくれたんだよ。近いうちに必要になるだろうからって、物心ついたくらいから仕込んでもらった。父の彫刻には鉱物を使った物も多いから、そのためだろうって思っていたんだけどね」

 そこまで告げて、パチッとウインクした。つまり、遊輝の父親である白浪しらなみ美輝よしきは息子を怪盗オパールの後継者にするつもりで教育していたのだ。

「う……だったら、かけてきた時間が桁違いじゃないですか。あたしに太刀打ちできるとも思えないんですけど」

 勝負になるとは思えない。紅は苦笑する。

「興味さえあればすぐに覚えられるよ。それに、必死になる理由があればなおさら早く覚えられるんじゃないかと思うけど、どうかな? 君が真剣に挑むには、賭けるモノは絵だけじゃ足りないかい?」

 遊輝の台詞に、一つ気付いたことがあった。遊輝が勝負を仕掛けたとき、蒼衣が持ち出した勝利時の条件をのんだ意図である。

「あぁ、それで星章先輩にふっかけたってわけですね……。やっぱりあたしは遠慮しておきますよ」
「そう? 紅ちゃんが閣下にも僕にも勝ったら、僕たちの賭けは無効にすることもできるだろうに」
「負けたときの代償が大きすぎなんです。今のあたしは基本的に運から見放されているんで、賭けはしません」

 笑顔で返す。彼の会話につられるわけにはいかない。

「うーん。僕は君と二人きりの特別授業、期待しているんだけどな」
「依頼するなら、抜折羅に頼みますよ。専門家なんですから」
「抜折羅くんだって男の子なんだよ? 彼も君のことを好いているはずだし、僕がダメで彼がオーケイって、なんだか不公平な気がするよ」

 ――あたしを押し倒した実績のある男がよく言うわよ……。

 どの口が言うのかと指摘してやりたい気持ちをぐっと堪える。いつまでもこの話題を続けても堂々巡りだ。気持ちを切り替える。

「――ここの用事も済みましたし、次に行きますよ。候補はまだ五カ所あるんですから」

 遊輝との距離を保ちながら、紅は歩き出す。

「次はどこ?」
「ここから行くなら、食堂そばの池ですかね」
「了解。――今日のところは校内デートで我慢してあげる」

 わざわざ台詞にしたのは、紅の警戒を薄めたいためだろうか。遊輝の台詞に、紅は返す。

「そうしていただけると助かります」

 二人は宝物館を出て、次の目的地に向かったのだった。
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