上 下
17 / 22
水鏡の深淵

夏の旅行にて 4

しおりを挟む


******


 目が覚める。ソファで裸のまま横たわっていた。薄手の毛布が掛けられてはいたが、服は着せてもらえなかったようだ。

「風呂、入るか?」

 目が合った彼がどちらなのかわからなかった。口調で、私を見つめているのが龍司だと理解する。彼はチノパンに開襟シャツの、悠真の相手をしていたときの服装になっていた。

「昇ちゃんは?」
「風呂」
「じゃあ行かないほうがよくない?」
「俺も行くから問題ないだろ」
「信用できないよ」
「鏡、大きいのがあるぞ」
「だからだよ」

 大きくため息をつく。上体をゆっくり起こしてローテーブルの上を見る。カナッペが減っている。グラスの一つが空になっていた。

「……龍ちゃんがシたいなら、応じるけど」
「幸菜が嫌ならしない」
「龍ちゃんはどうなのかって話だよ?」

 誰も口をつけていないだろうグラスを取って一口飲む。アルコール入りだ。ちょっと濃い気がするのは炭酸が抜けてきているからだろうか。

「俺は……」

 そう呟いて口篭り、龍司はグラスをあおった。

「龍ちゃんは、私が寝取られているのを見るのが好き?」
「…………」
「否定しないんだ」

 私は適当なカナッペを口に放り込んだ。生ハムとクリームチーズに柑橘が載っている。確かに美味しい。

「幸菜は昇太に抱かれているとき、すごく綺麗だと思う」
「なにそれ」
「俺に抱かれている幸菜はすごく可愛い」
「演じているつもりはないんだけど」

 何を言い出したんだ。酔っているのだろうか。龍司も昇太も酔っているところを私は見たことがないのだけど。
 龍司の顔は赤い。

「昇太の真似をして抱いたときも綺麗だと思った。艶っぽくて、そそられた」
「そう」

 龍司は何を考えているのだろう。軽く流すような返答しか私にはできない。

「艶っぽい幸菜を見たくて、昇太の誘いに乗った。それについては謝る」
「龍ちゃんの気が晴れたならいいよ」

 私だけで満足させることができないなら、仕方がないことだ。気持ちよくなってしまったのは事実だし、拒絶できない私も同罪だと思う。
 茹でエビとアボカドのカナッペを食べる。美味しい。お腹が空いていた。

「幸菜は昇太のこと、まだ好きなのか?」
「どうだろ」

 グラスのお酒を飲んで喉を潤す。アルコールが濃い。氷も半分は溶けたのに。

「好きなら、俺は――」
「待って」

 私は言葉を遮って、龍司をまっすぐ見つめた。

「私、恋愛するなら龍司がいいし、結婚する相手も龍司がいいって思ってるよ。今あなたがここにいるから、そう言っているわけでもないよ。誤解しないで」
「だが」
「私は触れられるなら龍司が好きだよ。優しく接してくれるあなたも、少し乱暴に振る舞うあなたも、私への愛情を感じられるから」

 私は毛布を体に巻きつけて龍司の隣に移動する。そして彼に口づけた。

「……酔ってるのか?」
「おかしい?」
「いや」
「じゃあ、現実を受け止めてよ」

 もう一度口づける。私から舌を差し込んで誘うと、返り討ちにあった。なんだ、ヤル気あるじゃん。

「う、んっ……」
「幸菜」

 彼の手が毛布の中に潜り込む。秘部に触れると濡れているのがわかった。

「誘っているつもりなのか?」

 指が小刻みに震える。感じやすい場所をさすられるとゾクっとして、龍司に体を預ける。

「続けて」
「いいのか?」
「今すぐイきたいの」
「加減しないぞ」
「いいよ」

 視界がぐるりと回った。床に毛布が広がって、そこに横たえられた私は龍司に身体をまさぐられた。

「あっ」
「気持ちがよさそうだな」
「もっと乱して」
「それは……ここじゃないほうがいい」

 妙なところで龍司は冷静である。でもそこが彼らしいし、口づけをくれたから満足である。帰ったら続きをしてもらえる。期待が体をさらに敏感にさせた。

「んっ」
「可愛いよ、幸菜」
「りゅぅ」

 私を満たして。空っぽな私を満たしてよ。
 求めるタイミングで彼の熱が私の体に穿たれた。

「ああんっ」
「はっ……絡みつくみたいにうねってる……熱いな」
「りゅぅ」

 手を伸ばす。龍司の首の後ろに手を回してキスをねだる。龍司は嬉しそうに笑って、深く深くキスをしてくれる。腰の動きが徐々に早まると私も釣られるように昂まった。

「りゅぅっ」
「幸菜」

 内側からゾクっとする。汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。

「……幸菜、俺は君を満たすことができたか?」

 私は懸命に頷いて見せる。汗まみれの龍司は嬉しそうに笑った。
 ああ、この顔は。
 胸の奥がぞわぞわとする。

「龍ちゃん、好きだよ」
「行為が?」
「龍ちゃんの全部が好き。ずっと私のそばにいてくれた龍司が好き」
「……そうか」
「ねえ、お風呂に連れてって」
「酔ってるだろ?」
「龍ちゃんがいてくれるなら大丈夫だよ」
「……そうだな」

 何か迷うような間があって、私は龍司に横抱きにされた。

「落ちるなよ」
「うん」

 私が龍司に抱きついたのを確認すると、慎重な足取りで浴室に案内されたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誤解の代償

トモ
恋愛
天涯孤独のエミリーは、真面目な性格と努力が実り、大手企業キングコーポレーションで働いている。キングファミリー次男で常務のディックの秘書として3年間働き、婚約者になった。結婚まで3か月となった日に、ディックの裏切りをみたエミリーは、婚約破棄。事情を知らない、ディックの兄、社長のコーネルに目をつけられたエミリーは、幸せになれるのか

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...