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第6章:ようこそ、スペクターズ・ガーデンへ
彼らの正体
しおりを挟む「ちょーっと待ってください!」
大声で呼び掛けると全員の注意が私に集まった。
「みんなで勝手に話を進めないでくださいよ! これは私の話なんでしょ? スペクターズ・メディエーターになる、ならないの決定権は私にはないんですか?」
答えを求めて弥勒兄さんに顔を向ける。
「ないようだな」
その返事は非常に素っ気ない。
「そんなぁ! 説明もなしに決めないでくださいよ!」
――さっきは提案だったのに、なんでいつの間にか確定になっているの?
背の高い弥勒兄さんに私は精一杯背伸びして抗議する。
「文句なら葉子に言え。もっと早く結衣の目の話をしていれば、決定権くらいは残せただろうからな」
私の怒りの視線に耐えかねたのか、弥勒兄さんは視線をよーちゃんに投げた。
つられて私もよーちゃんを見つめる。
「よーちゃん! どういうことなのか説明してよ!」
「……はぁ。なんでこんなことになっちゃったのかしら」
珍しくよーちゃんはため息をつく。顔を伏せながら、彼女は呟いた。
「もっと早く、別のクラスになるよう仕向けるんだったわ……」
「よーちゃん!」
「はいはい。わかったから。説明するわ」
顔を上げると彼女は苦笑する。
「とりあえず、座らない?」
よーちゃんの提案にそれぞれ納得したらしく、思い思いの場所に移動する。
私は自分が寝ていたソファーに腰を下ろした。その隣には機嫌を直した典兎さんが座っている。正面によーちゃんとコノミが座り、花屋に繋がるドアの前に弥勒兄さんが立った。
「――簡単に説明するとスペクターっていうのは、特定の感情を糧にして超常現象を起こすことのできる存在を指すの」
諭すように切り出したのはよーちゃんだ。あまり気乗りがしないらしく、表情が暗い。
「葉子は『友情』、わたしは『儚い恋』をエネルギーにして様々な現象を発生させることができるんだよ」
コノミがそれに補足する。
「一般的には幽霊やお化け、妖怪、妖精なんて呼ばれ方をするけど、それらの総称ってところかしら」
「ふうん……」
――あんまり実感が湧かないなぁ。
「スペクターは感情を糧にしているから、強い想いが存在するところに自然と引き寄せられてしまうの」
――私の寂しいって気持ちがスペクターを呼び寄せてしまうんだっけ。そんなことをよーちゃんは言っていたよね。
「あ、そういえば、さっきはなんで種子になっていたの?」
よーちゃんが説明してくれたことからすると、そこには繋がらないはずだ。
「スペクターはエネルギー切れになると、この世界に存在する安定したものに姿を変えるのさ。彼女たちの場合はそれが植物の種子というわけ」
私の疑問に答えてくれたのは典兎さんだ。
――ってことは、みんながみんな種子になっちゃうわけではないのか。
「――詳しい話はこれから少しずつするとして、スペクターズ・メディエーターがなんなのかを教えておこうか」
今度は弥勒兄さんが主導権を握る。
それに合わせて、私は顔を弥勒兄さんに向けた。
「スペクターズ・メディエーターというのは、スペクターと人間の揉め事を平和的解決に繋がるように調整する職業のことだ。俺たちの場合、アロマテラピーを使って人間側の感情をコントロールし、それによってスペクターに供給されるエネルギーを軽減させることを主に行っている」
――なるほど、それで匂い袋が出てくるわけね。
「そんな都合もあって、スペクターを感じることのできる人間でないと仕事にならない」
言って、弥勒兄さんは典兎さんを一瞥する。
「実は俺もテントも集中状態にないとスペクターを感知できない」
「はぁ、そうなんですか」
――あ、それでさっき典兎さんが驚いていたのか。やっと納得。
「お前にスペクターズ・メディエーターに向いているみたいなことを言ったが、何も条件は感知の話だけじゃない」
「?」
――はて、なんだろう?
「最も必要とされるのは、姿や形に囚われず、本質を見抜き認める力だ。それがお前には備わっている」
「本質を見抜き認める力? ――いや、ナイナイ!」
私は両手を振る。一体弥勒兄さんは何を言い出すのか。
「僕も結衣ちゃんにはあると思うけど?」
――え? 典兎さんまで、なんで?
疑問に思いながら私が典兎さんに顔を向けると、彼は続ける。
「君は葉子ちゃんに対し、人間であるかどうかなんて関係ないと言ったよね? そういう感覚は誰もが持ちえるものじゃないんだよ」
「え? だって、よーちゃんが人間だろうとスペクターだろうと、よーちゃんという存在が変わるわけじゃないでしょ?」
「その通りなんだけどね」
――うーん、今ひとつわからないなぁ。
首をかしげていると、コノミが私の袖を引っ張った。
「結衣? あんた、葉子に対してはそんなふうに言っているけど、わたしやあおちゃんはどうなの?」
眉を寄せているのは怒っているからではない。きっと不安なのだろう。
――ん、待て。
「コノミは友だちだよ? いきなり襲ってきたのにはびっくりしたけどね。――ところで、あおちゃんって誰?」
私が訊ねるとコノミが左手を差し出す。そして手のひらを天井に向けた。
「この子だよ」
手のひらの上には小さな緑色のスライムがフニフニしていた。
「あ!」
「あんたの強い感情でバラバラにされちゃったから、今はこんなサイズだけど。――もう襲うことはないよ?」
コノミが言うように、緑色のスライムはおとなしくしている。敵意もないようで、コノミの手のひらからは決して外に出なかった。
「この子――あおちゃんは、コノミの何なの?」
「眷族(けんぞく)ってやつ? わかりやすく言えば、しもべかな。これでも高位のスペクターだから、部下がいるんだよ」
言って、にっこりと笑う。
――高位のスペクターかぁ……。高位とかどうとか私には何が違うのかよくわかんないけど。
「――結衣の気持ちに感化されて暴走したのはそのコじゃないの?」
よーちゃんの冷やかな視線が長い前髪の間からコノミに向けられる。
「窓ガラスにひびを入れたのは御宅の部下じゃなかったっけ?」
あおちゃんを浴衣の袖にしまったコノミは、よーちゃんにムッとした声で返す。
「彼だけのせいにしないでくれる?」
――あれ? その言い方だと、よーちゃんにも部下がいることになるんだけど。
「よーちゃんにもあおちゃんみたいなコがいるの?」
今までよーちゃんとほとんどの時間を一緒に過ごしてきたが、彼女の周りでスペクターらしきものを見た記憶はほとんどない。
「一応いるわ。クラス替えのあとから結衣の護衛を頼んでいたんだけど――」
よーちゃんのその台詞を合図に、彼女の後ろからひょこっと顔を出したものがいた。
「仮にモックンって呼んでる。見たことあるでしょ」
「このコが?」
教室で見掛けた緑色の蜘蛛である。長い脚を振ると、彼はすぐに引っ込んだ。
「バレないように天井に引っ付いていたはずなんだけど」
「何回か見掛けたよ。なんだぁ、教えてくれても良かったのに」
「だって、結衣、怖いって言ったから」
ぼそりとよーちゃんは呟く。
――そんなこと言ったっけ?
記憶を遡ると、教室でうたた寝してしまったときのことを思い出した。あのときはあおちゃんに襲われた夢を見て――って、あれは現実にあった話なのか――気分が落ち込んでいたし、確かにそんなことを言ったような気がする。
「……あ、うん、そうだけど」
よーちゃんがそんな何気ない台詞を気にしていたとは私は微塵も思っていなかった。
――だとしたら、余計に自分の正体を隠そうとするよね。不安に思うよね。
彼女の涙のわけがわかったような気がした。
「よーちゃん、私、今まで無理させていたんだね。ごめんね、全然気付いてなくて」
「ううん、結衣は悪くない。私がもっと結衣を信頼していたら良かったんだもの」
私が謝ると、よーちゃんはこちらを申し訳なさそうに見つめて笑んだ。
「そんなに頼りなさそうに見えていたのかぁ。ちょっとショック」
確かに私はことあるごとによーちゃんに助けを求めていた。いつもよーちゃんは私のわがままを聞いてくれた。立場が逆になることはなかった。
――甘えてばかりだったもんなぁ……。そう思われても仕方ないっか。
コノミにも私が守られてばかりだと指摘されている。端から見れば誰の目にもそう映るのだろう。
「だから言っただろ? 結衣は多少のことじゃ動じないってさ」
私が軽く落ち込んでいると、弥勒兄さんが言う。
――何の話だ?
「だって……」
よーちゃんが弥勒兄さんの台詞を聞いて小さく膨れる。
「クラス替えのタイミングが遅すぎたって思っているだろ?」
――よーちゃんもさっき呟いていたなぁ。
「あのぉ、このこととクラス替えって、関係しているんですか?」
不思議に思って訊ねる。すぐに返事が戻ってきた。
「葉子が別のクラスになることを望んだのは、結衣に自立して欲しかったからなんだ。スペクターである以上、充分なエネルギーを貰ったらそれ相当の対価を支払う必要があるからな。つまり、このまま一緒に居続けるとお前はダメになる」
「そ、そんなことないもんっ!」
舌を噛んでしまっている辺りがすでにダメダメなのだが、私ははっきりと言ってやる。
「だったら、もうちょっと感情のコントロールを身に付けておいてよ! スペクターとしては大迷惑なんだからね!」
突っ込みを入れてきたのはコノミだ。本気でそう思っているらしく、その台詞のあとに特大のため息をつく。
――んなこと言われても、急にできるようにはならないよ。
そんなやり取りをしていると、よーちゃんの家に繋がるドアがいきなり開いた。
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