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第5章:レモングラスの香り
見えていたなら
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「見えていたなら言ってくれたら良かったのに。何で言ってくれなかったの?」
「また……嫌われると思ったから……」
よーちゃんとの約束もある。不用意に私が見える彼らの話はしないという約束が。
その約束を破ることは、そばにいてくれる人たちを失ってしまうこと、そばに来てくれた人たちを遠ざけてしまうことに繋がる。何よりも、この約束はよーちゃんと交わした初めての約束だ。それを破ったと知ったら、彼女はどう思うだろうか。どんな行動をするだろうか。
「嫌われるって? どうして?」
「前に話したら、みんなが私を変なコだって……」
みんなは私を遠ざけた。嘘つきだと言った。
「大丈夫だよ。そのときはわたしが守るから」
「!」
「ずっとそばにいるから」
コノミは私にすっと手を差し出す。
しかし私はその手をすぐには取らなかった。
「クラスのみんなが結衣を除け者にしようとしても、わたしはそばに残るよ?」
クラスメートから冷たい視線を向けられたとき、コノミは私をかばってくれた。まわりの意見を訂正して守ってくれた。
――だけど……!
「――ううん、嬉しいけど、それじゃいけないんだ」
私は彼女の手を取らない選択をする。
差し出されたコノミの手が震えているのがわかった。
「なんでよ! 葉子には求めるくせに!」
彼女の背後にあった緑色のスライムが大きく膨張し、こちらに向かって襲いかかってくる。あまりにもとっさのことで避けきれない。
――助けて! よーちゃん!
「――そうそう。葉子ならわたし、処分したから。もう帰ってこないよ?」
――よーちゃんは……戻らない?
胸の奥底で何かが湧き上がったのを感じた。
「よーちゃんに何をしたのっ!」
私が怒りに任せて怒鳴ると、緑色のスライムが四散した。湿った身体は、しかし地面に跡を残すことなく消え去ってしまう。
コノミの驚きで目を見開いた表情が目に入った。
「なっ……どうして? 守られてばかりのはずじゃ……」
動揺しているようだ。彼女はこちらを見つめたまま、一歩後ろに下がった。
「コノミっ! よーちゃんを処分したって言ったけど、どういう意味? 彼女は病気で寝込んでいるんじゃないの?」
「――ふふっ」
私の問いに、コノミは視線を一度足元に向けると不敵に笑む。
「結衣? いいことを教えてあげるよ」
「よーちゃんは今、どうしているの?」
今はただ、よーちゃんの安否を知りたい。病気ではないのだとしたら、一体彼女はどうしているというのか。
――烏丸家の面々が私に嘘をついているってこと? でも、どうして?
しかし、コノミが告げたのは思いもしない告白だった。
「烏丸葉子は人間じゃないよ?」
――よーちゃんが……人間じゃない?
「嘘だ! そんなデタラメを言うなんて酷いよ!」
よーちゃんには不思議な力があるけど、それでも私と同じ人間だ。私だって、みんなには見えない奇妙な生き物を見られるのだから。
「デタラメなんかじゃないよ? ――だってわたしも彼女と同じ、スペクターなんだから」
妙に冷めた声でコノミが言うと、彼女の姿がぐにゃりと歪んだ。
――スペクター?
フラワーショップの名前ではなくって、別の意味としてどこかで聞いたことがある。
『――キミの寂しさはスペクターを呼び寄せる』
脳裏によぎる声。この台詞を聞いたのはいつだったか。
――そうだ。この台詞は、私とよーちゃんが出会ったときに、彼女が告げたこと。その日以来、スペクターなんて単語は聞かなかったから、記憶違いか聞き間違いだと思って特に考えなかったけど……。
「葉子はもう少し様子を見るべきだって言ったけど、もう待ってはいられないよ! 結衣がわたしのことを想ってくれないなら、ここで消えてちょうだい!」
苔のような質感の肌に包まれたコノミは、さっきまで右腕であった部分をこちらに素早く振り下ろす。瞬間、指先が蔓に変化し私へと伸びてきた!
――な、なんなの?
全くよくわからない。夢を見ているのではないかと錯覚する。
――それに、なんで人も車も来ないの?
なんとか最初の一撃をかわすと、私は自宅に向かって走り出す。それでやっと街の異変に気付いたのだった。夕方のこの時間帯にしては静かすぎる――いや、人の姿が全くないのだ。緑色のスライムに襲われた日の放課後、教室にもその廊下にも人がいなかったのに似ている。
「コノミっ! なんで? 私たち、友だちでしょ?」
続いて繰り出されたコノミの左腕からの攻撃も寸前でかわす。全力で走っているが、コノミとの距離は拡がらない。
「友だちだからだよ?」
「へ?」
コノミの気持ちがますますわからなくなる。
右側と左側から同時に蔓が迫ってくるが、これもギリギリかわせた。
――ふぅ……危なかったぁ……。
ほっとしている場合ではない。次の攻撃が足元に伸びている。
「結衣は鈍感なんだよ! 葉子や烏丸弥勒たちに護られている状況を当然だと思っているでしょ?」
「そ、そんなことないよ!」
――弥勒兄さんが私を護ってくれている?
伸びる蔓を再びかわしきると、その蔓はすぐに縮んで腕に戻る。
「少しでもそれを理解してくれていたら、少しでも自分でどうにかしようとしてくれていたら、わたしがこんなことをしなくてもよかったのに!」
一体何のことを言っているのだろう。どうして私を殺そうとするのだろう。
「落ち着いてよ! もうやめようよ!」
走りながら振り向いてコノミに向かって叫ぶ。
「あんたが消えてくれたら、やめてあげるっ!」
彼女には私の想いが届かないようだ。怒りに満ちた顔をこちらに向けているのが目に入った。
「だったらよーちゃんに会わせてよ! どうしているのか知っているんでしょ!」
「だから処分したって言ったでしょ? 大体あんたが悪いんだからね! そうやって葉子を頼るんだもん」
言って、コノミは笑う。
――ゴメンね、よーちゃん……。私のせいで……。
「なんでそんな顔をしているの? よく考えてみなさいよ。葉子はあんたに隠し事をしていたのよ? 裏切られたとは思わないの?」
――隠し事。
コノミの指摘に、私の足は自然と減速した。
それを待っていたかのように、彼女の指先が変化した緑色の蔓が私の四肢に巻き付く。
「あっ……」
絡まる蔓に足を取られ、私はアスファルトの上に転がる。肩に掛けていたスポーツバッグが道路を滑って離れてしまった。
「捕まえたよっ!」
すでに私は身動きが取れなくなっていた。転がった勢いで横向きになった私の視界に、夕陽に照らされて赤黒く見えるコノミが入ってくる。
「ほんと、どうしてあんたは葉子ばかり考えるの? わたし、よくわかんないよ」
蔓が首に巻き付いてきた。温もりを持つその蔓の感触がとても気持ち悪い。
「――よーちゃんは怖かっただけなんだと思うよ?」
一生懸命視線を上げて、コノミを見る。首もよく動かせないが、なんとか彼女の表情は覗けた。
「は?」
「よーちゃんが私に隠していたのは、私がそれを知ったら離れて行ってしまうんじゃないかと不安だったからじゃないのかな?」
――よーちゃんが私を裏切ったなんてどうしても思えないよ。だってよーちゃんは……。
「それはあんたの勝手な想像でしょ? 自分に都合が良いように脚色しているだけだよ」
「ううん、違うよ」
鼻で笑うコノミを前に、私はきっぱりと断言する。コノミが返してくる前に私は続けた。
「私がこの瞳のことを隠していたのと同じことなんだよ。友だちを失うのが怖いから、言えなかったんだ」
「そう? ――それなら、あんたは葉子に見くびられていたってことよね。正体を知られたら、そばにいてくれない相手だと思われていたんでしょ?」
コノミは私に哀れみの視線を寄越す。
あぁ、なんて可哀想なコ。
その瞳は誰から向けられてもツラい色を持っている。何度も何度も私はそれを見てきた。その度によーちゃんに助けを求め、慰めてもらった。
――だけどね。
私が彼女を求めたのは、彼女が優しかったからでも、甘えさせてくれるからでもないのだ。彼女がいつもそばにいてくれたからでもないのだ。
――それだけじゃ、私たちは一緒にいられないんだよ?
真っ直ぐに私はコノミを見つめて答えた。
「よーちゃんは、コノミが思っているほど強い女のコじゃないよ?」
「!」
絡まっていた蔓が緩んだ。私はその隙に上体を起こす。
「彼女は、自分の弱さをわかっていたから、私のそばにいてくれたんだよ? そうじゃないと、こんな私のそばにずっといてくれるわけがないもの!」
「な、なによ、それ……!」
蔓に再び力が込められる。
「うぅっ」
腕を動かして、首に絡まる蔓だけでも外そうとしたが、手を伸ばしたところで阻まれる。
――苦しい……!
「……コノミ……もうやめようよ……」
私は動ける範囲でコノミに手を伸ばす。
――お願い、コノミ。こんなことは無意味だよ。
視界が薄らいできた。輪郭のない赤い世界が広がっているように見える。
――ここで私を殺してしまったら、あなたは……。
「――はい、そこのお嬢さん。ちょっとお待ちなさい」
遠くから響く声。
――誰……?
聞き覚えのある声と口調。この優しげだが人をおちょくるかのような話し方は、あの人しかいない。
「そうでないと、君の可愛らしい身体を傷付けなくてはいけなくなる。それがツラい――と、隣の大男が言っているけど?」
――典兎さん? しかも、弥勒兄さん付き?
背後から聞こえてきた声は典兎さんのものだ。だとすれば、彼の台詞に出てきた大男とは、弥勒兄さんだとしか考えられない。
――助けに来てくれたの?
私の心に感謝と申し訳ない気持ちがじんわりと広がっていく。
――典兎さん、弥勒兄さん、ありが……。
「――葉子はどこだ?」
地面に響く低い音で聞こえてきたのは、弥勒兄さんの声。
――って!
「私の心配をしてよっ!」
弥勒兄さんの台詞に面喰らったのは私だけではなかったらしい。首をきりきりと締め上げていたはずの蔓がふっと緩み、私の抗議の叫びが通りに響いていく。
――なんで? どうして? 今、ものすっごくカッコイイ場面だったんじゃないの?
「また……嫌われると思ったから……」
よーちゃんとの約束もある。不用意に私が見える彼らの話はしないという約束が。
その約束を破ることは、そばにいてくれる人たちを失ってしまうこと、そばに来てくれた人たちを遠ざけてしまうことに繋がる。何よりも、この約束はよーちゃんと交わした初めての約束だ。それを破ったと知ったら、彼女はどう思うだろうか。どんな行動をするだろうか。
「嫌われるって? どうして?」
「前に話したら、みんなが私を変なコだって……」
みんなは私を遠ざけた。嘘つきだと言った。
「大丈夫だよ。そのときはわたしが守るから」
「!」
「ずっとそばにいるから」
コノミは私にすっと手を差し出す。
しかし私はその手をすぐには取らなかった。
「クラスのみんなが結衣を除け者にしようとしても、わたしはそばに残るよ?」
クラスメートから冷たい視線を向けられたとき、コノミは私をかばってくれた。まわりの意見を訂正して守ってくれた。
――だけど……!
「――ううん、嬉しいけど、それじゃいけないんだ」
私は彼女の手を取らない選択をする。
差し出されたコノミの手が震えているのがわかった。
「なんでよ! 葉子には求めるくせに!」
彼女の背後にあった緑色のスライムが大きく膨張し、こちらに向かって襲いかかってくる。あまりにもとっさのことで避けきれない。
――助けて! よーちゃん!
「――そうそう。葉子ならわたし、処分したから。もう帰ってこないよ?」
――よーちゃんは……戻らない?
胸の奥底で何かが湧き上がったのを感じた。
「よーちゃんに何をしたのっ!」
私が怒りに任せて怒鳴ると、緑色のスライムが四散した。湿った身体は、しかし地面に跡を残すことなく消え去ってしまう。
コノミの驚きで目を見開いた表情が目に入った。
「なっ……どうして? 守られてばかりのはずじゃ……」
動揺しているようだ。彼女はこちらを見つめたまま、一歩後ろに下がった。
「コノミっ! よーちゃんを処分したって言ったけど、どういう意味? 彼女は病気で寝込んでいるんじゃないの?」
「――ふふっ」
私の問いに、コノミは視線を一度足元に向けると不敵に笑む。
「結衣? いいことを教えてあげるよ」
「よーちゃんは今、どうしているの?」
今はただ、よーちゃんの安否を知りたい。病気ではないのだとしたら、一体彼女はどうしているというのか。
――烏丸家の面々が私に嘘をついているってこと? でも、どうして?
しかし、コノミが告げたのは思いもしない告白だった。
「烏丸葉子は人間じゃないよ?」
――よーちゃんが……人間じゃない?
「嘘だ! そんなデタラメを言うなんて酷いよ!」
よーちゃんには不思議な力があるけど、それでも私と同じ人間だ。私だって、みんなには見えない奇妙な生き物を見られるのだから。
「デタラメなんかじゃないよ? ――だってわたしも彼女と同じ、スペクターなんだから」
妙に冷めた声でコノミが言うと、彼女の姿がぐにゃりと歪んだ。
――スペクター?
フラワーショップの名前ではなくって、別の意味としてどこかで聞いたことがある。
『――キミの寂しさはスペクターを呼び寄せる』
脳裏によぎる声。この台詞を聞いたのはいつだったか。
――そうだ。この台詞は、私とよーちゃんが出会ったときに、彼女が告げたこと。その日以来、スペクターなんて単語は聞かなかったから、記憶違いか聞き間違いだと思って特に考えなかったけど……。
「葉子はもう少し様子を見るべきだって言ったけど、もう待ってはいられないよ! 結衣がわたしのことを想ってくれないなら、ここで消えてちょうだい!」
苔のような質感の肌に包まれたコノミは、さっきまで右腕であった部分をこちらに素早く振り下ろす。瞬間、指先が蔓に変化し私へと伸びてきた!
――な、なんなの?
全くよくわからない。夢を見ているのではないかと錯覚する。
――それに、なんで人も車も来ないの?
なんとか最初の一撃をかわすと、私は自宅に向かって走り出す。それでやっと街の異変に気付いたのだった。夕方のこの時間帯にしては静かすぎる――いや、人の姿が全くないのだ。緑色のスライムに襲われた日の放課後、教室にもその廊下にも人がいなかったのに似ている。
「コノミっ! なんで? 私たち、友だちでしょ?」
続いて繰り出されたコノミの左腕からの攻撃も寸前でかわす。全力で走っているが、コノミとの距離は拡がらない。
「友だちだからだよ?」
「へ?」
コノミの気持ちがますますわからなくなる。
右側と左側から同時に蔓が迫ってくるが、これもギリギリかわせた。
――ふぅ……危なかったぁ……。
ほっとしている場合ではない。次の攻撃が足元に伸びている。
「結衣は鈍感なんだよ! 葉子や烏丸弥勒たちに護られている状況を当然だと思っているでしょ?」
「そ、そんなことないよ!」
――弥勒兄さんが私を護ってくれている?
伸びる蔓を再びかわしきると、その蔓はすぐに縮んで腕に戻る。
「少しでもそれを理解してくれていたら、少しでも自分でどうにかしようとしてくれていたら、わたしがこんなことをしなくてもよかったのに!」
一体何のことを言っているのだろう。どうして私を殺そうとするのだろう。
「落ち着いてよ! もうやめようよ!」
走りながら振り向いてコノミに向かって叫ぶ。
「あんたが消えてくれたら、やめてあげるっ!」
彼女には私の想いが届かないようだ。怒りに満ちた顔をこちらに向けているのが目に入った。
「だったらよーちゃんに会わせてよ! どうしているのか知っているんでしょ!」
「だから処分したって言ったでしょ? 大体あんたが悪いんだからね! そうやって葉子を頼るんだもん」
言って、コノミは笑う。
――ゴメンね、よーちゃん……。私のせいで……。
「なんでそんな顔をしているの? よく考えてみなさいよ。葉子はあんたに隠し事をしていたのよ? 裏切られたとは思わないの?」
――隠し事。
コノミの指摘に、私の足は自然と減速した。
それを待っていたかのように、彼女の指先が変化した緑色の蔓が私の四肢に巻き付く。
「あっ……」
絡まる蔓に足を取られ、私はアスファルトの上に転がる。肩に掛けていたスポーツバッグが道路を滑って離れてしまった。
「捕まえたよっ!」
すでに私は身動きが取れなくなっていた。転がった勢いで横向きになった私の視界に、夕陽に照らされて赤黒く見えるコノミが入ってくる。
「ほんと、どうしてあんたは葉子ばかり考えるの? わたし、よくわかんないよ」
蔓が首に巻き付いてきた。温もりを持つその蔓の感触がとても気持ち悪い。
「――よーちゃんは怖かっただけなんだと思うよ?」
一生懸命視線を上げて、コノミを見る。首もよく動かせないが、なんとか彼女の表情は覗けた。
「は?」
「よーちゃんが私に隠していたのは、私がそれを知ったら離れて行ってしまうんじゃないかと不安だったからじゃないのかな?」
――よーちゃんが私を裏切ったなんてどうしても思えないよ。だってよーちゃんは……。
「それはあんたの勝手な想像でしょ? 自分に都合が良いように脚色しているだけだよ」
「ううん、違うよ」
鼻で笑うコノミを前に、私はきっぱりと断言する。コノミが返してくる前に私は続けた。
「私がこの瞳のことを隠していたのと同じことなんだよ。友だちを失うのが怖いから、言えなかったんだ」
「そう? ――それなら、あんたは葉子に見くびられていたってことよね。正体を知られたら、そばにいてくれない相手だと思われていたんでしょ?」
コノミは私に哀れみの視線を寄越す。
あぁ、なんて可哀想なコ。
その瞳は誰から向けられてもツラい色を持っている。何度も何度も私はそれを見てきた。その度によーちゃんに助けを求め、慰めてもらった。
――だけどね。
私が彼女を求めたのは、彼女が優しかったからでも、甘えさせてくれるからでもないのだ。彼女がいつもそばにいてくれたからでもないのだ。
――それだけじゃ、私たちは一緒にいられないんだよ?
真っ直ぐに私はコノミを見つめて答えた。
「よーちゃんは、コノミが思っているほど強い女のコじゃないよ?」
「!」
絡まっていた蔓が緩んだ。私はその隙に上体を起こす。
「彼女は、自分の弱さをわかっていたから、私のそばにいてくれたんだよ? そうじゃないと、こんな私のそばにずっといてくれるわけがないもの!」
「な、なによ、それ……!」
蔓に再び力が込められる。
「うぅっ」
腕を動かして、首に絡まる蔓だけでも外そうとしたが、手を伸ばしたところで阻まれる。
――苦しい……!
「……コノミ……もうやめようよ……」
私は動ける範囲でコノミに手を伸ばす。
――お願い、コノミ。こんなことは無意味だよ。
視界が薄らいできた。輪郭のない赤い世界が広がっているように見える。
――ここで私を殺してしまったら、あなたは……。
「――はい、そこのお嬢さん。ちょっとお待ちなさい」
遠くから響く声。
――誰……?
聞き覚えのある声と口調。この優しげだが人をおちょくるかのような話し方は、あの人しかいない。
「そうでないと、君の可愛らしい身体を傷付けなくてはいけなくなる。それがツラい――と、隣の大男が言っているけど?」
――典兎さん? しかも、弥勒兄さん付き?
背後から聞こえてきた声は典兎さんのものだ。だとすれば、彼の台詞に出てきた大男とは、弥勒兄さんだとしか考えられない。
――助けに来てくれたの?
私の心に感謝と申し訳ない気持ちがじんわりと広がっていく。
――典兎さん、弥勒兄さん、ありが……。
「――葉子はどこだ?」
地面に響く低い音で聞こえてきたのは、弥勒兄さんの声。
――って!
「私の心配をしてよっ!」
弥勒兄さんの台詞に面喰らったのは私だけではなかったらしい。首をきりきりと締め上げていたはずの蔓がふっと緩み、私の抗議の叫びが通りに響いていく。
――なんで? どうして? 今、ものすっごくカッコイイ場面だったんじゃないの?
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