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第2章:恋愛トーク
忘れ物
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下校時刻を知らせる校内放送が遠くから聞こえる。
校門を出てすぐの道を私たちは歩いていた。空は赤く染まっている。風が少し肌寒い。
「――結衣はぬいぐるみ以外のものは作らないの?」
隣を歩くよーちゃんが不意に訊ねてきた。
「うん。編み物は苦手だし、服を作るのもキルトを作るのも根性が続かなくって」
「いや、何もいきなり大作に取りかかることはないかと思うが」
「あぁ、でもテディベアなら作れるよ。――でもなんで?」
小学校でのクラブ活動からずっとぬいぐるみ作り一筋の私だが、よーちゃんにそれを指摘されたことはなかったような気がする。
「昨日の買い物、可愛い柄の布もいっぱいあったのに、見向きもしなかったから」
なるほど。確かにそうだ。
手芸屋さんに行くと真っ先にぬいぐるみ用の生地のところに向かい、新しい色が出ていないかチェックするくせがしっかりついているので、あまり意識してこなかった。布や毛糸に興味がないので、そのあと回るのはボタンやビーズのならぶ棚の辺りだけだ。
「だって、使わないし。要らないモノを見ても仕方ないでしょ?」
「そう言われてみると、結衣って必要だと思うものしか見に行かないよね。ウィンドウショッピングのわりには品定めに行っているって感じだし」
「あれ? 普通じゃない?」
用もないのに店をうろついて冷やかすのは時間と労力の無駄だと思うんだけど。買い物は商品を買う行為であって、ただ見るだけとは違うんじゃないかなぁ。
「美術館を見て回るのと同じで、いろいろなモノを見るのが好きって人もいると思うが?」
「よーちゃんはそういうタイプ?」
よーちゃんを誘って買い物に行くときは、欲しいものの品定めか市場調査である。暇つぶしのウィンドウショッピングはしたことがない。
「ううん。私はどちらかというと合理主義者だから、結衣と同じ。連れ回されているときはそうも言ってられないけど」
――あ、私、さりげなく文句言われてる?
「…………」
私が黙ってしまうと、よーちゃんはこちらを見た。
「あー、別に責めているわけじゃないよ? 結衣と一緒なら楽しいから」
言って、にっこりと笑う。口調はとても優しくて温かい。嘘をついているわけではなさそうだ。ちょっと安心する。
「――今日、クラスの友だちに休日は何しているのって訊かれて、そこから買い物の話になったのよね。そしたら、私が当たり前に思っていたことが案外と違うっぽいなって感じたからさ」
「ふーん……」
クラスが別れて、互いに新しい友だちができた。そこから見えてくる今まで知らなかったモノはたくさんあるのだろう。私がコノミから新しい知識――主に恋愛話だけど――を得ているように、よーちゃんもまた新しい知識を友だちから得ているに違いない。
――でも、なんか寂しいな……。こんなに独占欲が強いとは思ってなかったよ。
「あっ」
私が寂しさを感じて俯くと、よーちゃんは急に立ち止まった。
「どうかした?」
「忘れ物」
よーちゃんにしては珍しい発言だ。
「学校に置いてきたの?」
私が顔を上げてよーちゃんを見ると、彼女はどこか遠い場所に目を向けていた。長い前髪が邪魔で、どこを見つめているのかはよくわからない。
「うん。課題で出されたプリントをね」
「でも、学校、もう閉まっちゃっているんじゃない?」
校門を出たとき、下校を促す放送がかかっていたはずだ。
「一応行ってみるよ。結衣は先に帰っていて。追いかけるから」
これもまた珍しい発言である。私は何だか不安になった。
「え? 私も一緒に戻るよ」
「すぐに追いつくからさ。スペクターズ・ガーデンに寄るの、忘れないでね」
よーちゃんはすでに走り出していた。
――そういえば、弥勒兄さんと典兎さんにポプリを頼んでいたんだったな。
私はよーちゃんを引き留めようとした手を引っ込めながら、放課後の会話を思い出す。
――すぐ、追いつくよね。よーちゃんだもん。
私は弥勒兄さんたちが待っているだろうとも思い、一人でスペクターズ・ガーデンへと歩き出した。
歩き慣れた通学路を一人で歩いているうちにすっかり暗くなってしまった。
――まだ追いつかないのかな? そんなことを考えながらいつもよりゆっくりなペースで歩いていたが、遠くに明るい場所が見えてくる。
スペクターズ・ガーデンの前は店から漏れた明かりに照らされていた。
「こんばんはー!」
明るい色の花でいっぱいの入口を抜けると、私は奥に向かって声を掛けた。
「あぁ、来た来た。今日は遅かったね」
奥から出てきたのは典兎さんだけだった。
「えぇ。部活に出ていたんで」
「そっか。今日は月曜日だっけ」
私の部活の活動日を典兎さんは覚えていてくれたらしい。なんだかちょっぴり嬉しくなる。
「あれ? 葉子ちゃんと一緒じゃなかったの?」
入口付近に視線を向けた典兎さんは不思議そうな顔をして訊ねてくる。
「えぇ。忘れ物を取りに学校に戻ってしまって」
「葉子ちゃんが?」
典兎さんの表情が一瞬固まった。普段の穏やかな笑顔がすっと消えて、なにやら深刻そうな表情に変わる。しかしすぐにいつもの微笑みを取り戻していた。
「はい……すぐに追いつくから先にここに向かうように言われて」
――そう言っていたのに、遅すぎるような……。
「なら、すぐに来るんだろうね。しっかり者の葉子ちゃんなら心配ないだろう」
私を安心させるように典兎さんは笑顔を作った。やはり私の気持ちは顔に出ているようだ。
「じゃあ結衣ちゃん、手を出して」
言われるままに右手を出して視線を典兎さんの手に移すと、小さな袋が握られているのが目に入った。ピンク色を基調とした花柄の布で作られており、緑色のリボンで口が結ばれている。
「はい。葉子ちゃんから頼まれていたポプリ」
「ありがとうございます」
差し出されたそれを大事に受け取る。香りを確かめると薔薇の柔らかい匂いがした。他にも数種類の香りが混じっているようだ。
「幸福な気持ちになれる香りを合わせてみたんだけど、どうかな?」
「ふわぁっ……。とても良い香りです」
選ばれた香りから感じられた作り手の心遣いに気持ちが安らぐ。きつすぎない、角のない柔らかな印象は典兎さんの雰囲気そのものだ。
「典兎さんが作ってくれたんですか?」
「ミロクに作らせるつもりだったんだけど、生憎、蓮さんと外に配達中でね」
「ふぇ? 別に私、典兎さんが作ってくれたものでも嬉しいですけど?」
――やっぱり典兎さんが作ってくれたんだ。
大事にしようと思いながらポケットにポプリを入れる。このサイズなら持ち歩くことができそうだ。
「――あぁ、これだからアイツは……」
典兎さんはため息をついて遠くを見つめた。
私にはその理由がわからなかったので、首をかしげるだけだ。
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