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第2章:恋愛トーク

教室になにかあるかも知れない

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*****


 月曜日の授業はあっという間に終わり、ホームルームが終わると私は急いで八組の教室に向かう。

「よーちゃん!」

 教室に着くなり部屋に残っていたよーちゃんに声を掛ける。
 始めの頃こそ私の行動にぎょっとしていた八組のクラスメートたちだったが、今はすっかり受け止められているようだ。

「はいはい」

 よーちゃんは回りのクラスメートに挨拶をすると、教室から出てきた。

「結衣、あのさぁ……」
「何?」

 逃げるわけがないのに、私はよーちゃんの腕をしっかりと掴む。最近、こうしていないと不安なのだ。

「会えるのを楽しみにしてくれているのは嬉しいけど、大声で私を呼ぶの、あれ、なんとかならない?」
「う……」

 ――さすがに言われたかぁ。

 私はすぐに返答できなかった。上目遣いによーちゃんの様子を窺う。

「……恥ずかしい?」

 私は恐る恐る問う。
 答える代わりによーちゃんはため息をついた。

「いーよ。私が四組まで迎えに行くから」

 そう言われて、私は歩みを止めた。よーちゃんの腕を掴んだままだったので、彼女は引っ張られたのに気づいたらしく振り向く。

「え? 嫌だった?」

 自分の提案のどこにまずいところがあったのだろうかという気持ちがにじんだ声。よーちゃんの焦りが感じられる。

「あの教室……怖いから」

 私の手が震えているのが伝わってしまったのだろう。よーちゃんは空いていた手を、掴んだままになっている私の手に添えた。

「嫌がらせをされたり、からかわれたりしてるの?」

 とても心配そうなよーちゃんの声に私は勢いよく首を横に振る。

「なら安心した。――じゃあ、何が怖いの?」
「あの教室、何かいるよ」

 人通りのある廊下だが、別にこの言い方なら問題ないだろう。
 よーちゃんは長い前髪の間から私をじっと見つめた。何かを探るような目付きにはちょっと迫力がある。

「結衣がそう言うってことは、高確率でいるんだろうな……」

 不満げに口元を歪める。怒っているようにも見えた。

「ど……どうしたらいいんだろう?」
「結衣は何もしなくていいよ。こちらから何かして、悪化するといけないし」
「でも……」

 今日の昼休みにも見掛けたのだ。今度は緑色の蜘蛛みたいなものだった。あの教室で見るのは姿がおどろおどろしくて気分が悪くなる。コノミと一緒にいるときによく見掛けるように感じるのは気のせいだろうか。

「――そうだ」

 うだうだ悩んでいた私の肩をよーちゃんはポンッと軽く叩いた。

「ふぇ?」
「兄さんか典兎さんにポプリを作ってもらいなよ。気持ちが落ち着くやつ」
「あのー、別に、新しい環境に馴染めないせいで精神状態が乱れているってわけじゃないんだけど……」

 慣れない環境にストレスを感じて幻覚を見ているっていうのとは違う――はず。いや、まぁ、よーちゃんと一緒じゃなくて寂しいってことは確かだけど。

「御守り代わり。何もしないよりは落ち着くと思うけどな」
「うーん、そうかなぁ」

 ポプリで気を落ち着かせるというのはアロマテラピーを利用しているのだろう。花の香りでリラックス効果を得るのは珍しいことではない。
 弥勒兄さんも典兎さんもアロマテラピーにはそれなりの知識があるらしく、相談すると症状に合わせたオイルやポプリを作ってくれる。スペクターズ・ガーデンはただのフラワーショップではなく、そういったアロマテラピーのサービスなどもしていた。これらが始まったのは弥勒兄さんと典兎さんが働くようになってからだ。

「二人に連絡しておくよ。帰りに寄る頃には渡せるように」

 よーちゃんはポケットからスマートフォンを取り出して、ちゃっちゃとメッセージを打ち込む。

「いーよぉ! そんなに急がなくてもっ!」

 こんなに早く対応してくれるとは思わなかった。それ以上に弥勒兄さんや典兎さんに迷惑を掛けているようで申し訳なくなる。

「結衣も早く安心したいでしょ? 私からのプレゼントだから」
「だけど……」
「私も安心したいの。受け取りなさい。良いわね?」

 メッセージを送信し終えたのか、スマホカバーを閉じてポケットの中にしまう。
 よーちゃんがこういう言い方をするときは絶対に断れない。私は素直に感謝することに決める。

「わかった。ありがたくもらっておくよ」
「ならばよろしい。――ところで結衣? あんた、手芸部は顔出さなくていいの? 新入部員の集めどきじゃなかったっけ?」

 ドキッ。
 私は聞かなかったことにしようかな、などと考える。
 しかし、よーちゃんは私の思考が読めたのか、じっとこちらを見つめた。

 ――うぅぅ……。よーちゃんと離れるのが嫌なだけなのに……。

 私が所属する手芸部は、毎週月曜日と木曜日に活動している少人数の部活だ。手芸であれば何を作っても構わないという、自由な活動方針を持っているからか、ある人はパッチワークの大作を、別の人は巨大なレース編みを仕上げてくる。小規模ならテディベアを作る人やビーズアクセサリーを作る人、私みたいにぬいぐるみを作る人など、範囲は幅広い。月に一回部内で発表会があり、優秀なものが被服室の前に飾られることになっていた。
 今は部活動見学の時期であり、新入生を迎えるため毎日部活が行われているはずだ。

「そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」
「でも、よーちゃん……」

 寂しげな声で言うと、彼女は私の頭をなでた。

「私も部活に顔を出そうかと思ってさ。先週は帰っちゃったから」

 よーちゃんは園芸部に所属している。といっても、実家がフラワーショップだからと上級生に無理矢理部員にさせられてしまっただけで、ほとんど幽霊部員だ。最近の園芸部の活動は、裏庭にビオトープを作ることだったような気がする。校舎に続く道の両脇の花壇を整えているのも園芸部だったはずだ。

「ふーん。よーちゃんが行くなんて珍しいね」

 私がよーちゃんの腕から手を放して言うと、彼女は苦笑気味に答えた。

「父さんに営業を頼まれているのよ。あんまり気が乗らないけど、一応ね」
「あぁ、なるほど」

 ――律儀だなぁ、よーちゃんは。

 とはいえ、それなら私も部活に行こうという気になる。

「こっちの用事が片付いたら、被服室に迎えに行くよ。それで良いでしょ?」

 よーちゃんの提案に私は頷く。

「わかった。問題ないよ」
「なら、下駄箱まで行こっか」

 園芸部は外でやっていて、手芸部は被服室が主な活動場所だ。管理棟に繋がる渡り廊下に行く私と外に向かうよーちゃんとで一緒に行くなら、別れる場所は下駄箱になる。

「うん!」

 私はにっこりして頷くと、よーちゃんと共に階段を下りた。
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