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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい

3.豊穣の神殿

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 豊穣の神殿は、縁結びの神殿と比べて全体的に華美である。
 本殿は別にあるにもかかわらず、沢山の人間が出入りできるくらいには広く造られており、なかなか立派な建物だ。それはおそらく、このシズトリィ王国が長らく農耕を主体とした産業で成り立っていたことにも関連しているのだろう。
 私は去年まで頻繁に通っていた神殿内へと足を踏み入れる。あちらこちらを見ている余裕などなく、豊穣の神殿のシスターたちへの挨拶も会釈で簡略。ジョージ神父に手を引かれたままの私は事務室のような場所に連れてこられた。

「――えっと、これ、オスカー神父からのお手紙です」

 部屋に二人きりにされてしまい、妙に緊張する。初めての御使い仕事なので、そういう面でも緊張するのだろう。私は提げてきた鞄から一通の手紙を取り出してジョージ神父に差し出した。

「ああ、そうだったな」

 ジョージ神父は手紙を受け取るなり封を切って中身をあらためた。さらっと目を通し、私を見る。その瞳はとても真面目で、少しだけ面倒そうな気配がした。

「君も読むといい」

 封筒の中に入っていた手紙が私に向けられる。読んでいいものなのかわからなかったためにすぐに受け取れなかったが、ジョージ神父がなおも勧めてくるので渋々手に取った。
 ジョージ神父が視線で促してくるので、私は手紙に視線を移す。

 なんの手紙なのかしら?

 さっぱり見当がつかないまま目を通すと、オスカーの几帳面そうな文字が何をしたためたものなのかを理解した。

「読めたかい?」
「ええ、ですけど……」

 内容はわかった。だが、オスカーのところに押し掛けてからは考えたこともなかったので、正直戸惑っている。
 私の反応を見て、ジョージ神父は微苦笑を浮かべた。

「俺としてはそう困らないから気にしないでくれ。レネレットお嬢さんが思うようにしたらいい」
「そう言われても、すぐには……」

 私は答えに渋った。
 というのも、オスカーの手紙にはこう書いてあったからだ。

《親愛なるジョージ・マリオンへ
 無理を承知であなたに頼みがあります。
 レネレットさんをゴットフリード伯爵領行きの旅に同行させてはいただけませんでしょうか。
 というのも、この春に挙式をするのであれば、彼女が直接実家で話し合ってくるのが早いはず。
 書簡を行き来させるにも時間がありません。
 今後、レネレットさんはそう簡単にはゴットフリード伯爵領に戻ることも許されないでしょう。
 どうかこの機会を、彼女に有意義に過ごさせてやりたいのです。
 協力いただければ幸いです。
 オスカー・レーフィアル》

 急にこういうことを提案されてもなあ……

 私はオスカーの伴侶になると決めた時から、生まれ育ったゴットフリード伯爵領に二度と足を踏み入れることができなくなっても仕方がないと覚悟を決めていた。結婚をするということは実家には通えなくなるものだと考えてきたので、そうなることに特に文句もない。
 だいたい、両親に会いたければ、夏季に限定されるにせよ、彼らは王都にいる。会おうと思えば顔を見ることはできるのだ。そもそもゴットフリード伯爵家はオスカーのいる縁結びの神殿に毎年多額の寄付金を納めているので縁は続く。私が縁結びの神殿のシスターになったからといって、寄付金が打ち切られることもないだろう。

 結婚式を挙げるための打ち合わせで、実家に戻るってのもなあ……

 どうにも気が乗らない。オスカーと一緒に過ごすことが面白みを増してきているだけに、ここで実家に戻るのはちょっと惜しいのだ。

「……あの、ジョージ神父?」
「なにかな?」
「私が実家に帰ることを推奨してくる理由って、結婚式の話のためだけなのでしょうか?」

 オスカーとジョージ神父はこの世界での付き合いだけでなく、その前からの付き合いがあると聞いている。私を含め、互いを転生者だと知る仲であることを考えると、目の前の彼であればオスカーの真意を察することができるかもしれない。
 慎重に尋ねると、ジョージ神父はうーんと唸った。

「……さあて、どうかなあ。俺には他の意図は感じないが」
「ほら、最後の独身時代を楽しみたい、とか、そういう感じの、ありませんかね?」

 本気でそう考えているわけではないが、例として挙げてみる。オスカーが独身であることにこだわるような人ではないことくらい、私にはわかりきっているのだが、私を遠ざけたい適当な理由が浮かばなかった。
 そんな雑な問いに、ジョージ神父は豪快に笑う。

「はっはっは! さすがにそうは思わないんじゃないかな。新婚生活に興味津々みたいだし、その点は心配いらないさ」
「本当にそうでしょうか?」

 笑われたことが不満で頬を膨らませると、ジョージ神父は私に袋を差し出した。外でジョージ神父とばったり出会った時、彼自身が持っていた荷物だ。
 私はジョージ神父の顔と袋を交互に見やる。ジョージ神父は真面目な顔をして、受け取るようにと促してくる。

 オスカーの真意の裏付けになるってことなのかしらね?

 不審に感じながらも、私は受け取って中身を確認する。中身は書籍が三冊。ジョージ神父は何も言わなかったが、彼の視線で誘導されるがままに取り出して、表紙とタイトル、そして中身をペラペラとめくる。

 あれ、これって。

 三冊とも中身をチェックし、ジョージ神父の顔を改めて見た。

「これ、恋愛小説ですよね? しかも、三冊とも結婚後の話が描かれているやつ……」
「そう。それがオスカーのリクエスト。だから、彼は君と家族になるために一生懸命なんだと思うよ」
「だといいですけど」

 本を袋の中に入れ直し、それを私が持ってきた鞄の中に片付けた。オスカーに渡す前に読んでしまおう。先に読んでおけば、オスカーの動きを予期できる。完璧な作戦だ。

「そういうつれない態度ばっかりしなさるな。レネレット嬢もまんざらではないんだろ? 前に会った時よりも肌ツヤが良くなっている気がするし、オスカーに可愛がられているんだってわかる」
「へっ⁉︎ 肌ツヤが良いって……」

 本を片付けて向き合おうと振り向くと、ジョージ神父に頬を触られた。さっきまで手袋をしていたはずなのに、今は素手だ。親指の腹で頬を擦られると、ぞくっとする。
 ジョージ神父の顔が案外と至近距離にあって、その表情がニヤリとした笑みに変わる。

「愛されているんだなって、そういう意味。具体的にいうと肉体かん――」
「ぎゃぁぁぁぁっ! ストップ! ストップですっ! 神殿でなんつー話をしてるんですかっ!」

 私がジョージ神父の手を払いのけながら言葉を遮って叫ぶと、彼は愉快そうに笑った。適切な距離を意識して、私は数歩下がる。

「レネレット嬢は潔癖だな。オスカーも潔癖なところがあるが。――それと、神殿なんて、君が思うほど神聖な場所でもないんだぞ。今は国として公序良俗に反することは控えよという風潮から避けられることが増えたが、肉体関係を持つ場としての機能を備えていた時代もある。そういうのが簡略化されて舞になっているものもあるくらいだ。ルーツを探るとそんなもんなんだが」
「き、聞きたくなかった……」

 となると、前にオスカーが祭壇で私に触れようとしたことにも意味があったのかもしれない。オスカーも私と同じくらい潔癖なところがあり、どこでも盛って襲ってくるということはしない人なのだから。

 むむ……勉強するための資料は借りてあるし、そういう観点でも読み込むようにしよう。

 私は密かに心に誓う。おそらく、知っておいて損はない。それに、オスカーを煽ったり期待させたりといったことをコントロールできるようになりたかった。
 私が頭を抱えていると、ジョージ神父はやっぱり笑った。

「――まあ、とにかく、だ。俺は君を連れて本殿に参上することについての異論はない。オスカーから君を預かる大役を与えられたと思うと誇らしいくらいだ。こういう機会もそうないだろうし、君はよく考えておくといい」
「……そうですね」
「とはいえ、来週には出発したいから、よく考えろと言いつつ二、三日中には決めて欲しいけどな」

 二、三日中ね……

 あまりジョージ神父にも迷惑はかけられないが、考える価値も領地に戻る意義もありそうだ。よく考えて、後悔のない返事をしたい。

「わかりました。できるだけ早くお返事しますので、お時間を頂戴いたします」

 私がジョージ神父に告げると、彼は満足げに頷いたのだった。

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