上 下
122 / 123
6:新たな門出に

あなたも私のものになってください

しおりを挟む
「ん!」

 驚いて目を瞬かせているうちに、ドラゴンは姿を変えていく。
 すぐに人型に変わった。サラサラの白銀の長髪、色白の肌。薄布を巻いたような衣装の長身の彼は、薄く微笑んだ。
 人型になれたのならと離れようとする私の腰に手が回され、躊躇するそぶりなく深く口付けられる。

「んんん!」

 クラクラしてくる。魔力が流し込まれていると理解して、私は動かせる両手を振った。
 状況を察したスタールビーがドラゴンだった水晶の彼を慌てて引き剥がす。

「調子に乗るな色ボケじじい!」
「人間の姿を得たら一度してみたかったのだ。愛情表現なのだろう?」
「魔力を流し込むな」
「我がものに対して何をしても構わないのでは?」
「主従が逆だ。あんたが、ジュエルの所有物になったんだ。許可は取れ」
「許可……」

 長い髪をサラリと後ろに流し、水晶の彼は私を見て不敵に笑んだ。見た目の年齢が三十代半ばくらいだからか、妙に色っぽい。

「許可など不要だろう? 我を受け入れるに決まっている」

 それに対して、アメシストとシトリンが私の間に入った。

「あのですね? マスターはみんなのマスターであって、個人的にどうこうするのは困るんですよ」

 アメシストなりに水晶の彼に敬意はあるらしく、口調がぎこちないが注意を促す。

「兄の言うとおりだ。マスターは少し強引なほうが好みなのは確かだが、個人的には面白くないのでやめていただきたい」

 めちゃめちゃ個人的な感情による主張であるが、シトリンも加勢した。

「ふむ。ではじっくり口説くとしよう。気持ちがよいのは好きであろう?」

 面倒なことになった気がする。そして、彼の発言で私は気づいた。
 聖女を快楽漬けにするのは水晶の彼の趣味っぽいな……
 私は数歩下がって、状況を確認する。とりあえず、今のところは問題ないようだ。

「ええっと……お名前を伺っても? 私はジュエルです。一時的になると思いますが、あなたを使役する契約者になりました。私の言葉に耳を貸さないと言うのであれば、契約を解除して石の姿に戻っていただきます」

 気を取り直して、はっきりと告げれば、水晶の彼はつまらなそうな顔をした。

「なかなか興味深い交渉をする娘だな。この姿を得てしまえば、お主に制御できるとも思えないのだが」
「……名を名乗るとまずいパターンなんです?」

 私が尋ねれば、水晶の彼はふぅと息をはいた。

「いや、お主に呼んでもらいたいから名乗ろう。我が名はロッククリスタル・クォーツ。この国の土地のすべてに影響を及ぼすことができるだけの力を持つ透明度が高い水晶だ。ほかと区別して、お主はククリとでも呼んでくれ」
「ククリさん、ですか」
「ククリ、で構わないぞ?」
「いえ、ククリさんとお呼びします」

 何度か名前を呼んだからか、ロッククリスタルは気をよくしたようだ。表情が柔らかくなった。

「……土地のすべてに影響を及ぼすというなら、先の地震も国土全体に及んだのか」
「そうみたいね。何事だと通知がたくさんきているわ」

 ラリサの呟きに、セレナが宙空に画面を表示して確認をしている。地震は想定外だ。
 ロッククリスタルがセレナを見やる。

「地震は起きたが、被害はそうなかろう? もともと、対魔物のために頑丈に作るなり結界が展開するようになっている。守り石を持ち歩いていれば、自動で結界が持ち主を守るはずだしな」
「そうね。怪我人はチラホラ出てるけれど、命に別状はないみたい」

 セレナの説明に、私は安堵する。まさか契約にともなって国全体が揺れるとは思わなかった。

「結界については問題ない。契約にともなって一時的に緩んだが、口吸いで安定させたからなあ。国を維持するつもりなら、我と口吸いすることを勧めるぞ、娘」
「ジュエルと呼んでください。でなければ、マスター呼びあたりで」
「承知した、ジュエル」

 私はスタールビーに顔を向けた。彼はキョトンとしている。

「とりあえず、問題の一つは解決しましたので、スタールビーさんも私のものになってください」

 手を差し出す。
 スタールビーは迷わず私の手を取った。

「そうだな。よろしく頼むよ、お嬢さん――いや、ジュエル」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 触れて気持ちが通じ合ったのだろう。何も言わずとも契約が上書きされていく。見た目には何も変わらないけれど、彼のまとう魔力が変化した。
 セレナには伝わっていたのだろう。ひと通りの手続きが完了したタイミングで彼女がポンポンと手を叩き注目を集めた。

「することも片付いたところで、帰りましょう。ラリサさんはオズリックさんのところに送るわ」
「それはありがたい」
「聖女としての勤め、ありがとうございました」
「……久しぶりの自由か」

 ふっと笑う。私はアメシストとシトリンを見た。

「帰りましょう、私たちの本拠地に」

 ふたりの手をとって、私は歩き出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...