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5:清算のためにすべきこと

私の秘策

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「魔力しか持たないお前になにができるっていうんだ!」

 ルシウスは私に言い放った。

「説得できるとは、もう考えてはおりません」

 話し合いの時間は終わった。あとは実力行使あるのみ。
 乱暴はいけないと諭している側でありながら、こういう行動を選択するしかない自分はまだまだ未熟だと思うけれど、おそらくこの方法がルシウスには一番効くはずだ。
 迷わず真っ直ぐにルシウスとの距離を縮めると、私はペンダントトップを握りしめたまま兄の頬を殴った。

「いい加減にっ目を覚ませっ!」
「がぁっ⁉︎」

 遠慮なんてせず、精一杯の力を込めて殴れば、ルシウスの身体は飛んでいく。
 引きこもりだった私の一発なんてたかが知れている。なので、精霊使いの秘技――石の力を魔力で引き出して拳に付与した。アメシストとシトリンの加護が乗せられた一発は、生身の人間にはかなり効くはずだ。
 ちなみに、石の状態でも効果を引き出して使えるというのは、スタールビーが月長石の力を借りていることから思いついてセレナに確認したことである。
 ルシウスは思ったより吹っ飛んでくれたし、私の拳はふたりの加護のおかげで痛みもない。アメシストの浄化の力がこの一撃でどの程度有効なのかわからないが、物理的なダメージはしっかり入っているのが一目瞭然だ。

「ちっ……なんで、なんでなんだ、ジュエル」
「ルシウス兄さま。あなたが見下していた人間も、あなたと同じように生を受けた人間だということをお忘れなく」
「僕は……僕は家督を継ぐことが約束された、選ばれた人間なんだ。なのに、なのにっ⁉︎」
「もう一発、いっておきますかお兄さま。どこまで我が家を侮辱すれば気が済むのです? 自分の愚かさを認めて、罪を償う気持ちは湧いてこないのですか?」

 私よりもずっと高等な教育を受けていたはずの兄がこんな倫理観で大人になってしまったことを恥ずかしく思う。一族の汚点ではなかろうか。地方の貴族で政治的な影響力は最早ほとんどないとはいえ、長い歴史を持つ血筋のはずなのだが。
 ううん、そういうことでもないか……
 今の時代に合わせた教育を受けられなかったから、歪んでいるのかも知れない。私が今の私であるのは、彼らが連綿と続けてきた教育を施されることがなかったからだ。
 許しを請う気配のないルシウスに近づく。もう一発殴っておこうと私が構えたとき、背後に魔物の気配が強くなった。
 私は殴るのを諦め、次の行動に移る。

「アメシストさん、シトリンさん!」

 せっかく考えた召喚の呪文は省略だ。石の中に込められた精霊たちが出ると言っているんだから、私はその道を開くだけである。
 私の呼びかけに、ペンダントトップを握りしめたままの掌が強く光る。
 影が形を作る。

「いくよ、弟っ!」
「心得た!」

 見慣れた彼らよりも数段煌めきが増したアメシストとシトリンが私の両脇に出現。
 アメシストが結界を作って魔物の火炎放射を無効化し、炎を避けるために高く跳躍したシトリンが鉱物の剣を構えて魔物の首を斬り落とした。
 魔物は瞬時に霧散する。

「あはは。呪文、使えなかったねえ」
「苦労して考えた呪文ですけど、しょせんはおまじないなので気にしませんよ」

 アメシストに言われて、私は肩をすくめて返す。
 そう、呪文なんてなくても、石に込められた精霊と意思疎通ができれば鉱物人形の正式な契約はできる。召喚に必要なのは、彼らとの対話と従えるだけの強い魔力だ。
 私はペンダントトップに加工された紫黄水晶とは話ができる状態なので、精霊に呼びかけて魔力を流せば再召喚は容易なのである。精霊に好かれていない場合はこんなに簡単には呼べないのだから、ふたりは特別だ。
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