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2:私の人生が動くとき

わざわざ正装で参上したってのにつれないな

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「――ただいまぁ」

 そこにアメシストが戻ってきた。
 持っているお盆の上には飲み物が入ったコップと一口大の丸っこいパンが積まれている。よく見ると、チーズや加工肉、果実も少量並んでいるようだ。
 アメシストはベッドに腰を下ろしていたスタールビーを見るなり、嫌そうに顔を歪めた。

「まだいたのかあ」
「そう邪険にしてくれるなって。これから同僚だろう? 仲良くしようじゃないか」
「ええっ⁉︎」

 アメシストはお盆をシトリンに押し付けると、つかつかと私のそばにやってきた。
 なにをそんなに怒っていらっしゃるのだろう?
 私は首を傾げた。

「マスターは、こいつと契約したの?」
「いえ。契約の仕方はまだ習っていないですし、そもそも協会の許可もおりないと思いますよ」

 顔が近い。私はアメシストの胸を押す。なんとか離れてくれたものの、スタールビーとの間からは退こうとしなかった。

「いいかな、マスター。鉱物人形っていうのは、契約者がいないと存在できないものなんだよ。こうして契約者と離れて存在を確立させているだけで、こいつはだいぶ異質な存在なわけ。本来であれば、こういう野良の鉱物人形ってのは精霊管理協会が連れて行くもので、彼らから逃げ回っている時点で関わらない方がいい相手ってこと」

 関わらない方がいい相手。
 そう説明されれば、アメシストが警戒するのは当然のように感じる。
 スタールビーは苦笑して肩をすくめた。

「強運の宝石相手に厄病神のような言い方は感心しないなあ」
「事実じゃないか」

 奥のほうで見守っているシトリンはやれやれといった表情だ。
 私が知らないところで、彼らがこうならざるを得ない何かがあったのかもしれない。
 まあ、誰でも信用してしまうのはよくないという点は賛同しますけどねえ。初対面のとき、このひと、胡散臭いと思ったし。

「君たちを励起できる人間に引き合わせたんだから、礼の一つもあっていいくらいじゃないかい?」
「その点については多少は感謝するが、縁はそこまでだ」
「つれないなあ」

 がっかりといった表情を浮かべて、スタールビーはベッドからおりる。

「縁はそこまでっていうけどさ、俺もあのとき魔物に会わなければ、わざわざこんなところに来たりしないよ。それこそ、追われる身だったのに精霊管理協会管轄の病院にこうして仲間とともに正装で参上してるんだぜ?」

 そこでくるりと回った。膝下まで伸びる長いジレがふわりと広がる。なるほど、露天商スタイルじゃなかったのは、この衣装が彼の本来の姿だからか。

「状況、わかるでしょ?」

 スタールビーに言われて、アメシストはむっとしたまま黙り込んだ。
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