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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗
消えたおきつねさまと烏天狗16
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草を薙ぎ、踏み分けながら、私たちは走っていた。空にかかる月が私たちを追いかけてくる。頭上に聞こえてくるのは烏たちの不気味な鳴き声。
乾くんに引かれている腕が熱くて痛かった。けれど、その痛みが私をこちらの世界に繋ぎ止めてくれていた。
「東雲さん! こっち!」
乾くんは私を藪の陰に連れ込むと、周囲を見回したあと、自分もそこにしゃがみ込んだ。ようやく足を止めてくれたことで、私も息を整えることに専念することができた。
しかし、少し落ち着くと、途端に先程の出来事が脳裏に蘇り、ぎゅっと己の背筋が強張っていった。
「なん……で……」
苦しみを吐き出すように絞り出した自分の声は、驚くほどに乾ききっていた。
「東雲さん……」
寄り添うように隣に座ってくれている乾くんも、どう言葉にしていいのかわからない様子でそのまま黙り込んでしまった。
「おきつねさま……」
赤い炎が目の前で燃えていた。それが向かってきた方向は、間違いなく私のいた場所だった。
あのあと、私は目の前が真っ暗になって意識を亡くしかけていたが、気がついたときは洞窟の外にいて、乾くんとともに草むらを走っていた。
おきつねさまに裏切られた。
否、元々妖怪であるはずのおきつねさまが、人間側についていたということのほうが異常だったのかもしれない。
「やはり、空孤もあちら側の存在だったということ……なんだろうな」
苦渋に満ちた乾くんの声。悲しみとも怒りともつかない、やるせなさを感じる。
「俺もショックだったけど、きみはもっと傷ついただろうな。……こういうときなんと言えばいいのか、口下手な俺にはわからないけど……」
こんな最悪の状況だというのに、否、だからこそなおさら、乾くんの優しさが胸に沁みた。私は首を横に振り、悲しみを振り切るつもりで顔をあげた。
「ありがとう。確かにショックだったけど……こうなっちゃったものは仕方ないよね。いつまでも落ち込んでる場合じゃない」
私の必死の作り笑顔は、きっととてつもなく引きつっていたと思うけど、それでも乾くんは微笑み返してくれた。
「そうだな。起きてしまったことを悔やむより、前に進む算段を考えたほうがいい」
烏天狗側におきつねさまがついた。
それは、人間側にとってこれ以上にない危機を意味していた。
烏天狗は人間たちをまた襲うに違いない。先程の話を聞いて、彼女の憎しみや怒りの深さを痛いほどに感じた。
その気持ちは理解できる。もし、私が烏天狗たちの立場だったとしたら、きっと同じように人間たちのことを恨むだろう。
けれど、だからといって、烏天狗たちの行為を無視するわけにはいかない。人間と妖怪が争い合って行き着く先に、いい未来があろうはずがない。
「なんとかして、やめさせないと……」
そう口にして視線をあげると、乾くんの目がこちらを見ていた。その瞳の光に自分と同じ意志を感じ、私たちは無言のままうなずきあった。
それから私たちは一度帰宅し、あらためて計画を練ることにした。そして話し合いの末、とある作戦を立てた。
それから翌週、その作戦を懐刀に向かった先は、工事現場で烏たちの被害にあったと話をしていた男のところだった。
「すみません」
乾くんが現場事務所のプレハブ小屋の扉を叩く。するとしばらくして、中から誰かの動く気配がし、内側から扉が開いた。現れたのは、以前に会った男と同じ人物だった。
「ん? あんたらこの間来てた子たちか」
「あ、はい。たびたびすみません。また少しお話させていただきたくて」
「そういえば、なんか調査してくれてるとか言ってたな。なんかわかったのか?」
男は私たちの話に興味がある様子で、こちらへ身を乗り出すようにしてきた。私と乾くんはちらりと視線を合わせたあと、用意してきた話をし始めた。
「祟りだぁ?」
素っ頓狂な声を出す男を前に、私たちはあくまで冷静な態度を貫いていた。
「はい。この烏野山には古くから棲んでいる山の守り神がおります。その守り神になんの許可もなく工事を進めた結果、山の神が怒って現在起きている事件が発生したのだと思われます」
私の話に最初は胡散臭そうな様子を見せていた男だったが、こちらの真剣なまなざしに圧倒されたのか、次第にうなずいたり納得した様子を見せ始めた。
「山の守り神がお怒りなさったということか。やはりというか、俺もそうなんじゃねえのかと思ってはいたんだ。そうかそうか。やはりこの原因は山の神様の祟りということか」
先に会ったときに、男自身が祟りを疑っていたこともあって、この話を男が受け入れるのにそう時間はかからなかった。実際のところ、山の神ではなく妖怪の仕業ではあるが、スピリチュアル的な部分では似たようなものだ。
それに、妖怪の仕業と言うより、神様の祟りと言ったほうが、人間の心理的にはいい方向に動きやすい気がする。
「そこで、お願いがあるのですが」
今度は乾くんが話し始めた。
乾くんに引かれている腕が熱くて痛かった。けれど、その痛みが私をこちらの世界に繋ぎ止めてくれていた。
「東雲さん! こっち!」
乾くんは私を藪の陰に連れ込むと、周囲を見回したあと、自分もそこにしゃがみ込んだ。ようやく足を止めてくれたことで、私も息を整えることに専念することができた。
しかし、少し落ち着くと、途端に先程の出来事が脳裏に蘇り、ぎゅっと己の背筋が強張っていった。
「なん……で……」
苦しみを吐き出すように絞り出した自分の声は、驚くほどに乾ききっていた。
「東雲さん……」
寄り添うように隣に座ってくれている乾くんも、どう言葉にしていいのかわからない様子でそのまま黙り込んでしまった。
「おきつねさま……」
赤い炎が目の前で燃えていた。それが向かってきた方向は、間違いなく私のいた場所だった。
あのあと、私は目の前が真っ暗になって意識を亡くしかけていたが、気がついたときは洞窟の外にいて、乾くんとともに草むらを走っていた。
おきつねさまに裏切られた。
否、元々妖怪であるはずのおきつねさまが、人間側についていたということのほうが異常だったのかもしれない。
「やはり、空孤もあちら側の存在だったということ……なんだろうな」
苦渋に満ちた乾くんの声。悲しみとも怒りともつかない、やるせなさを感じる。
「俺もショックだったけど、きみはもっと傷ついただろうな。……こういうときなんと言えばいいのか、口下手な俺にはわからないけど……」
こんな最悪の状況だというのに、否、だからこそなおさら、乾くんの優しさが胸に沁みた。私は首を横に振り、悲しみを振り切るつもりで顔をあげた。
「ありがとう。確かにショックだったけど……こうなっちゃったものは仕方ないよね。いつまでも落ち込んでる場合じゃない」
私の必死の作り笑顔は、きっととてつもなく引きつっていたと思うけど、それでも乾くんは微笑み返してくれた。
「そうだな。起きてしまったことを悔やむより、前に進む算段を考えたほうがいい」
烏天狗側におきつねさまがついた。
それは、人間側にとってこれ以上にない危機を意味していた。
烏天狗は人間たちをまた襲うに違いない。先程の話を聞いて、彼女の憎しみや怒りの深さを痛いほどに感じた。
その気持ちは理解できる。もし、私が烏天狗たちの立場だったとしたら、きっと同じように人間たちのことを恨むだろう。
けれど、だからといって、烏天狗たちの行為を無視するわけにはいかない。人間と妖怪が争い合って行き着く先に、いい未来があろうはずがない。
「なんとかして、やめさせないと……」
そう口にして視線をあげると、乾くんの目がこちらを見ていた。その瞳の光に自分と同じ意志を感じ、私たちは無言のままうなずきあった。
それから私たちは一度帰宅し、あらためて計画を練ることにした。そして話し合いの末、とある作戦を立てた。
それから翌週、その作戦を懐刀に向かった先は、工事現場で烏たちの被害にあったと話をしていた男のところだった。
「すみません」
乾くんが現場事務所のプレハブ小屋の扉を叩く。するとしばらくして、中から誰かの動く気配がし、内側から扉が開いた。現れたのは、以前に会った男と同じ人物だった。
「ん? あんたらこの間来てた子たちか」
「あ、はい。たびたびすみません。また少しお話させていただきたくて」
「そういえば、なんか調査してくれてるとか言ってたな。なんかわかったのか?」
男は私たちの話に興味がある様子で、こちらへ身を乗り出すようにしてきた。私と乾くんはちらりと視線を合わせたあと、用意してきた話をし始めた。
「祟りだぁ?」
素っ頓狂な声を出す男を前に、私たちはあくまで冷静な態度を貫いていた。
「はい。この烏野山には古くから棲んでいる山の守り神がおります。その守り神になんの許可もなく工事を進めた結果、山の神が怒って現在起きている事件が発生したのだと思われます」
私の話に最初は胡散臭そうな様子を見せていた男だったが、こちらの真剣なまなざしに圧倒されたのか、次第にうなずいたり納得した様子を見せ始めた。
「山の守り神がお怒りなさったということか。やはりというか、俺もそうなんじゃねえのかと思ってはいたんだ。そうかそうか。やはりこの原因は山の神様の祟りということか」
先に会ったときに、男自身が祟りを疑っていたこともあって、この話を男が受け入れるのにそう時間はかからなかった。実際のところ、山の神ではなく妖怪の仕業ではあるが、スピリチュアル的な部分では似たようなものだ。
それに、妖怪の仕業と言うより、神様の祟りと言ったほうが、人間の心理的にはいい方向に動きやすい気がする。
「そこで、お願いがあるのですが」
今度は乾くんが話し始めた。
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