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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗
消えたおきつねさまと烏天狗14
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意気揚々と、戦々恐々と、唯々諾々と。
いろんな思いが交錯しながら、私たちはその場所に立っていた。
「えっと……おきつねさま? ここは?」
そこは先程の石碑があった場所とは工事現場を挟んで対岸にあたる場所に位置していた。周囲はやはり森に囲まれているが、決定的に先程と違う部分があった。
「見ればわかるじゃろう。なんの変哲もない洞窟じゃ」
おきつねさまの言うように、目の前には古びたトンネルのような穴が開いていた。随分前から手入れされていない様子で、説明されなければ、そこに洞窟があることも気づけなかったであろうほど、周囲は高い雑草が生い茂っていた。
「こんなところがあったとは、俺も知らなかったな」
乾くんも軽く驚きの声を漏らす。
「ここに向かって烏どもが飛んでいくのを何度か見ておる。おそらくここが烏天狗のアジトのはずじゃ」
ということは、必然的にこの中に入っていく流れになるんだよね……。
「なんじゃ、その嫌いな妖怪にでも出くわしたかのような顔は」
「え? 顔に出ちゃってた?」
「嫌ならいいんじゃぞ。せっかくおぬしの呪いが解ける機会かもしれんのに」
ふいにおきつねさまから飛び出したその言葉に、私は目を丸くした。
「呪いが解ける機会? どういうこと?」
「今烏天狗のやつが持っておる八咫鏡。あの鏡の力を借りれば、おぬしの呪いも解けるやもしれん」
「そうか。八咫鏡の力があれば……」
乾くんも納得したようにうなずいている。
「八咫鏡……」
それさえこちらの手に入れば、私を長年悩ませ続けてきた妖怪たちとおさらばできるということか。
「どうじゃ。ついてくる気は失せたままか?」
おきつねさまの言葉に、私は頭を振ってこう言った。
「行くよ。こうなったら最後までつきあうことにする」
洞窟内は、思っていたよりも広かった。夕方に差しかかり、薄暗い洞窟内はさらに薄気味悪さを増している。最前を歩く空孤と背後について歩いている乾くんに護られながらも、私の心は次第に不安感が募っていった。
「こんなすごい洞窟がこの山にあったとはな」
乾くんが誰に話すともなく呟く。
「うん。結構広いし、奥深くまで続いているね」
「烏天狗はおそらく洞窟の最奥におるはずじゃ」
こちらを振り返ることなく、おきつねさまは淡々と言う。暗い洞窟内を照らすために、彼の周囲にはいくつかのきつね火が浮かんでいた。
工事現場の人たちや、私たちを襲ってきた烏たちの親玉がこの先にいる。おきつねさまほどではないにしろ、少なからず恨む気持ちは私にもある。
それに、呪いのことうんぬんは別にしても、早く烏たちの行動を止めなければ、ここの工事現場の人たちが心配だ。これ以上にエスカレートしてしまったら、もっと恐ろしいことになってしまうかもしれない。
「もう悪さをしないよう、なんとかおとなしくしてもらわないといけないよね」
私はそう心を固めながら、洞窟の奥へと歩みを進めていった。
しばらく歩いていくと、突然前を歩くおきつねさまの歩みが止まった。急に足が止められず、私はおきつねさまの背中に軽くぶつかる。
「ちょ、どうしたの? おきつねさま」
するとおきつねさまは横顔だけでこちらを振り返り、唇に人差し指を当てて見せた。
「静かに。この先から声が聞こえる」
「え、声が? じゃあ、烏天狗がこの先にいるってことよね」
おきつねさまに合わせて声を低める。後ろを振り返り、乾くんにも視線で合図を送る。
「いよいよか。な、なんか緊張してきた」
「おぬしが緊張する必要はない。とりあえず儂の邪魔をせぬよう、端におればいい。あ、それと、これをおぬしに渡しておこう」
そう言って、おきつねさまは己のふところに手を差し入れると、なにかを私の手に握らせてきた。
――チリン。
どこかで聞いたことのある音色が、私の手の中で響いた。その瞬間、私の胸の奥でなにかが蘇った気がした。
「あ……れ……?」
懐かしくて温かい記憶。
遠い遠い昔に。
私はこれと同じ音色を――。
そのときだった。
洞窟の奥から、真っ黒ななにかが一斉にこちらに向かってきた。
いろんな思いが交錯しながら、私たちはその場所に立っていた。
「えっと……おきつねさま? ここは?」
そこは先程の石碑があった場所とは工事現場を挟んで対岸にあたる場所に位置していた。周囲はやはり森に囲まれているが、決定的に先程と違う部分があった。
「見ればわかるじゃろう。なんの変哲もない洞窟じゃ」
おきつねさまの言うように、目の前には古びたトンネルのような穴が開いていた。随分前から手入れされていない様子で、説明されなければ、そこに洞窟があることも気づけなかったであろうほど、周囲は高い雑草が生い茂っていた。
「こんなところがあったとは、俺も知らなかったな」
乾くんも軽く驚きの声を漏らす。
「ここに向かって烏どもが飛んでいくのを何度か見ておる。おそらくここが烏天狗のアジトのはずじゃ」
ということは、必然的にこの中に入っていく流れになるんだよね……。
「なんじゃ、その嫌いな妖怪にでも出くわしたかのような顔は」
「え? 顔に出ちゃってた?」
「嫌ならいいんじゃぞ。せっかくおぬしの呪いが解ける機会かもしれんのに」
ふいにおきつねさまから飛び出したその言葉に、私は目を丸くした。
「呪いが解ける機会? どういうこと?」
「今烏天狗のやつが持っておる八咫鏡。あの鏡の力を借りれば、おぬしの呪いも解けるやもしれん」
「そうか。八咫鏡の力があれば……」
乾くんも納得したようにうなずいている。
「八咫鏡……」
それさえこちらの手に入れば、私を長年悩ませ続けてきた妖怪たちとおさらばできるということか。
「どうじゃ。ついてくる気は失せたままか?」
おきつねさまの言葉に、私は頭を振ってこう言った。
「行くよ。こうなったら最後までつきあうことにする」
洞窟内は、思っていたよりも広かった。夕方に差しかかり、薄暗い洞窟内はさらに薄気味悪さを増している。最前を歩く空孤と背後について歩いている乾くんに護られながらも、私の心は次第に不安感が募っていった。
「こんなすごい洞窟がこの山にあったとはな」
乾くんが誰に話すともなく呟く。
「うん。結構広いし、奥深くまで続いているね」
「烏天狗はおそらく洞窟の最奥におるはずじゃ」
こちらを振り返ることなく、おきつねさまは淡々と言う。暗い洞窟内を照らすために、彼の周囲にはいくつかのきつね火が浮かんでいた。
工事現場の人たちや、私たちを襲ってきた烏たちの親玉がこの先にいる。おきつねさまほどではないにしろ、少なからず恨む気持ちは私にもある。
それに、呪いのことうんぬんは別にしても、早く烏たちの行動を止めなければ、ここの工事現場の人たちが心配だ。これ以上にエスカレートしてしまったら、もっと恐ろしいことになってしまうかもしれない。
「もう悪さをしないよう、なんとかおとなしくしてもらわないといけないよね」
私はそう心を固めながら、洞窟の奥へと歩みを進めていった。
しばらく歩いていくと、突然前を歩くおきつねさまの歩みが止まった。急に足が止められず、私はおきつねさまの背中に軽くぶつかる。
「ちょ、どうしたの? おきつねさま」
するとおきつねさまは横顔だけでこちらを振り返り、唇に人差し指を当てて見せた。
「静かに。この先から声が聞こえる」
「え、声が? じゃあ、烏天狗がこの先にいるってことよね」
おきつねさまに合わせて声を低める。後ろを振り返り、乾くんにも視線で合図を送る。
「いよいよか。な、なんか緊張してきた」
「おぬしが緊張する必要はない。とりあえず儂の邪魔をせぬよう、端におればいい。あ、それと、これをおぬしに渡しておこう」
そう言って、おきつねさまは己のふところに手を差し入れると、なにかを私の手に握らせてきた。
――チリン。
どこかで聞いたことのある音色が、私の手の中で響いた。その瞬間、私の胸の奥でなにかが蘇った気がした。
「あ……れ……?」
懐かしくて温かい記憶。
遠い遠い昔に。
私はこれと同じ音色を――。
そのときだった。
洞窟の奥から、真っ黒ななにかが一斉にこちらに向かってきた。
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