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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗

消えたおきつねさまと烏天狗13

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 シャンシャンシャン。

 錫杖しゃくじょう遊環ゆかんが音を立てる。心を鎮める鎮魂の音色。
 ちづさんが村に唯一ある神社の境内で、祈祷の舞いを踊っている。
 白衣と緋袴を身につけ、錫杖を手に舞うちづさんは、それは美しく、神々しいほどだった。

 おきつねさまにかけられた呪いを解くためには、おきつねさま本人がいないことには話にならない。私はあれから姿が見えなくなったおきつねさまを捜すために、一度ちづさんの屋敷から外に出た。すると、すぐにおきつねさまはその姿を現した。

「もう、おきつねさまってば、どこ行ってたの?」

 私が問い糾すと、おきつねさまは眉間に皺を寄せた。

「あの女の近くは儂らあやかしのものはおいそれとは近づけぬ。だから結月。お主に頼んだのじゃ」

 なるほど。あの清浄な空気を纏った聖女のような人の近くに行くのは、あやかしという存在にとってはかなりの難易度なのかもしれない。

「でも、呪いを解いてもらうにしても、当事者本人がいないと駄目みたいだよ。夜になったら村の神社で祈祷してくれるってことになったから、そのときは来てくれないと」

「ああ。わかった。そのときはちゃんとおぬしの傍にいよう」

 そうして夜になった。
 今私の隣に座っているのは黄金の毛並みを纏った獣。普通の狐の姿のおきつねさまである。
 人型よりも妖力を消費しないので、この姿に戻ったらしい。
 ちづさんはひと目見てすぐにこの狐がおきつねさま――空孤だとわかった。そしてさっそく祈祷の準備に取りかかったのだった。

 パチパチと火の爆ぜる音がする。
 かがり火の灯りに照らされるちづさんは、夜が更けていくごとに美しさを増しているようだった。

 シャン。シャン。シャン。
 厳粛な雰囲気が境内を支配していた。今この時、この場所はちづさんのものだった。彼女の一挙手一投足が神聖で不可侵な儀式のひとつひとつであり、それを目の当たりにしていることが、本当に信じられない気持ちだった。
 おきつねさまは舞いを踊るちづさんの前で、ぴくりともせずじっとしていた。そんなおきつねさまの頭上に向けて、ちづさんの錫杖が振るわれる。
 シャン。

「主よ。我が主よ。我が願いをどうぞお聞き届けください」

 凛と澄んだ声は、夜の静寂に解けて広がる。

「これなるあやかしにかけられし呪いを、どうかお解きくださいますよう。このちづにその御力、お貸しくださいませ」

 シャン。

 舞いとともに、ふわりと衣が翻る。
 錫杖の音色と舞いが渾然一体となり、場を支配する。

 シャンシャンシャン。
 その音色と舞いは先程よりも激しさを増し、夜の静寂はより一層静けさを増していた。
 やがて、高まった興奮が頂点に達したかと思ったそのとき、ちづさんの錫杖の先に大きな力が宿ったように感じた。
 ちづさんは舞いを止めると、ゆっくりとその手に持った錫杖の先を、おきつねさまの額に当てた。





「おい。東雲さん! 大丈夫か?」

 聞き覚えのある声が近くから聞こえていた。気がつくと、元いた森の中に私は倒れていた。むくりと起きあがり、目の前で心配そうな顔をしている少年に微笑みかける。

「戻ってきたみたいだね」

「戻ってきたって……?」

 事情を飲み込めない様子の乾くんに、心配しないでと言うように首を横に振る。

「大丈夫。ほら、後ろ見て」

 乾くんに促した視線の先に、すでに彼はいた。

「おお。ちゃんと力が戻っておる」

 おきつねさまは目を爛々と光らせ、自分の両手に漲っている力に満足している様子だった。

「しかも、以前よりも力が増したようじゃ」

 確かに、今まで力を封じられていた反動なのかわからないが、以前よりもおきつねさまの力が増したように感じる。それはもしかしたら、ちづさんの力のお陰なのかもしれない。

「空孤復活……か」

「とりあえずこれで、一段落……ってとこかな」

 私が呟くと、おきつねさまはこちらにぎらりと視線を向けて強い口調で言い放った。

「なにが一段落じゃ。これから大仕事が待っておるというのに!」

「お、大仕事……?」

 なんだか嫌な予感しかしない。

「そうじゃ。儂にこんな屈辱を味わわせてただでは済まさぬ。これからあの烏天狗に一泡吹かせに行くぞ」

 やはりというべきか、必然というべきか、こうなることはすでに予想済みではあったのだが、素直にうなずけないのは致し方ないことだと思う。

「えーと、それって私たちもつきあったほうがいい?」

「当たり前じゃろう! おぬしらもその目であやつらが懲らしめられる様をしかと見届けよ!」

 有無を言わせぬ高らかな声は、深い森の静寂を突き抜け、天高く響いたのだった。
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