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第四話 狸捕獲大作戦
狸捕獲大作戦4
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裏山の頂上近くにある展望台にたどり着くと、そこにはすでに亜矢子と乾くんが東屋に腰をおろして待っていた。
「亜矢子と乾くん、お待たせ。どう? そっちの成果のほうは」
私がそう言いつつ現れると、亜矢子がこちらのほうを見てお手上げのポーズを作ってみせた。
「駄目だね。そう簡単に狸は尻尾を現さないよ」
「まあ、それは他の部も同じようだけどな」
乾くんの言葉通り、周囲で座り込んでいる他の部員たちも同様に成果が見られた様子は見られなかった。
「結月のほうはなにか発見したことはなかったか? 気になることとか」
「うん。こっちも特には。ただ……」
言いかけて、口を噤む。
「ただ?」
「あ、ううん。なんでもない」
亜矢子が不審そうに首を傾げたが、私は笑ってごまかした。
さすがに亜矢子に隠神刑部のことや妖怪のことを話すことは憚られた。見えない人にそんな話をしたら、胡散臭がられるだけだ。私の目指す一般市民の像から離れていってしまう。
しかし、乾くんは亜矢子とは違う。妖怪のことも見えるようだし、前回の件では狸と一戦交えたのだ。昨日現れた狸が隠神刑部となにか関わりがあるかどうかはわからないが、彼にも相談したほうがいいかもしれない。
私は亜矢子が場を離れた隙を見て、乾くんにそっと切り出してみた。
「ねえねえ。乾くん。あの狸のことなんだけどさ……」
乾くんが、ちろりとこちらに視線を向けた。切れ長の目にかかった睫毛が意外と長いことに気付く。
やっぱりこうして見ると、なかなかのイケメンだ。
「……なに?」
つい見とれてしまった私に、怪訝そうな表情を浮かべる乾くん。はっとして、ごまかすように作り笑いをする。
いけない。いけない。今はイケメンより狸だ。
「あ、えっと。そう。昨日学校で見た狸のことなんだけど、あの狸って、もしかするとこの間の隠神刑部と関係あるのかなって」
私がそう口にすると、乾刀馬は今度は鋭いまなざしでこちらを睨みつけるように見てきた。
「隠神刑部、だと?」
「あ、……うん」
少しばかりビビリつつ、うなずいてみせる。対して乾くんは、真一文字に口を結んで、なにかを考えるかのようにしばらく沈黙を続けた。そうしたのち、彼は締め切っていた窓を開くかのように、静かに口を開いた。
「東雲さん。きみの言うとおり、俺もそのことを思っていた」
乾くんの返答は、予想通りのものだった。先日の狸騒動。あれと昨日の怪しい狸。これを無関係とかたづけるには、あまりに続きすぎている。乾くんと私は、そのどちらの事件にも関係しているのだ。きっと私と同様の思いを乾くんも抱いているはず。
「もしかして、またなにかよからぬことを企んでいるんじゃないかな……?」
私の言葉にこくりと一度うなずいた乾くんは、また少しだけ沈黙してから言葉を選ぶようにして訥々と話し始めた。
「この前、きみの前世のことを話したけど、覚えているか?」
「う、うん。ちづさん、だっけ。なんだか信じられない話だったけど、覚えてるよ」
そのちづさんが受けた呪いが、私のこの妖怪を引き寄せる妙な体質と関係しているのだという。
「そのちづさんに呪いをかけ、ちづさんが死んでしまう原因となった妖怪を倒すのが俺の使命だと思っているという話はしただろうか」
「あ、どうだろう……。彼女を護れなかったことを悔いて、来世でその使命を果たすとかそういう話が、その妖怪を倒す使命とやらと繋がっているっていうんなら」
「ああ。結局、その元凶である妖怪の脅威を払拭しないことには、きみの安全は保証されない。だからきみを護るためにはなんとしてでもその妖怪を退治する必要がある」
「妖怪を退治……」
なんだか別世界のことのような、おとぎ話でも聞いているかのような。でも、きっと乾くんは真剣なのだろう。さらりと聞き流していいような、そういう種類の話ではないのだろう。
「俺は、隠神刑部がその妖怪なのかもしれないと考えている」
真剣に話す乾くんの視線の先には、私たちが住む町が広がっていた。平凡で、なんの変哲もない、けれど愛すべき町。乾くんの目には、そんな町の姿ではないなにかが映っているのだろうか。
「俺が前世の記憶を思い出したと言っても、実はそれは完全ではない。だから、肝心のちづさんに呪いをかけた妖怪が何者なのかはわからないんだ。だけど、その妖怪は相当に力のある妖怪であったはず。隠神刑部がきみのいるこの町に姿を現し、なにかよからぬ企てを考え出した。まだやつがきみの前世についての情報を手に入れたという確証はないが、なにかを察知してこの町にやってきたというなら、怪しいことに間違いはない。だから、八百八匹の狸の長である隠神刑部が俺の探している妖怪という仮説は、あながち間違いではないと思っている」
「隠神刑部が、ちづさんの仇だってこと……?」
「その可能性はあるってことだ」
乾くんが、こちらに顔を向けた。深い漆黒の瞳は、秘められた決意をその奥で燃やしている。私は彼に対し、どう言葉を返せばいいのかわからなかった。
前世の仇打ちを、なぜ乾くんが行わなければならないのか。そんな危険なことに身を投じる必要なんてあるのか。
そんなことをして欲しくはない。乾くんが危険を冒す必要なんてない。
けれど、それを口にすることが私にはできなかった。
彼の決意に満ちた視線を真っ正面から受け止めた私には。
「亜矢子と乾くん、お待たせ。どう? そっちの成果のほうは」
私がそう言いつつ現れると、亜矢子がこちらのほうを見てお手上げのポーズを作ってみせた。
「駄目だね。そう簡単に狸は尻尾を現さないよ」
「まあ、それは他の部も同じようだけどな」
乾くんの言葉通り、周囲で座り込んでいる他の部員たちも同様に成果が見られた様子は見られなかった。
「結月のほうはなにか発見したことはなかったか? 気になることとか」
「うん。こっちも特には。ただ……」
言いかけて、口を噤む。
「ただ?」
「あ、ううん。なんでもない」
亜矢子が不審そうに首を傾げたが、私は笑ってごまかした。
さすがに亜矢子に隠神刑部のことや妖怪のことを話すことは憚られた。見えない人にそんな話をしたら、胡散臭がられるだけだ。私の目指す一般市民の像から離れていってしまう。
しかし、乾くんは亜矢子とは違う。妖怪のことも見えるようだし、前回の件では狸と一戦交えたのだ。昨日現れた狸が隠神刑部となにか関わりがあるかどうかはわからないが、彼にも相談したほうがいいかもしれない。
私は亜矢子が場を離れた隙を見て、乾くんにそっと切り出してみた。
「ねえねえ。乾くん。あの狸のことなんだけどさ……」
乾くんが、ちろりとこちらに視線を向けた。切れ長の目にかかった睫毛が意外と長いことに気付く。
やっぱりこうして見ると、なかなかのイケメンだ。
「……なに?」
つい見とれてしまった私に、怪訝そうな表情を浮かべる乾くん。はっとして、ごまかすように作り笑いをする。
いけない。いけない。今はイケメンより狸だ。
「あ、えっと。そう。昨日学校で見た狸のことなんだけど、あの狸って、もしかするとこの間の隠神刑部と関係あるのかなって」
私がそう口にすると、乾刀馬は今度は鋭いまなざしでこちらを睨みつけるように見てきた。
「隠神刑部、だと?」
「あ、……うん」
少しばかりビビリつつ、うなずいてみせる。対して乾くんは、真一文字に口を結んで、なにかを考えるかのようにしばらく沈黙を続けた。そうしたのち、彼は締め切っていた窓を開くかのように、静かに口を開いた。
「東雲さん。きみの言うとおり、俺もそのことを思っていた」
乾くんの返答は、予想通りのものだった。先日の狸騒動。あれと昨日の怪しい狸。これを無関係とかたづけるには、あまりに続きすぎている。乾くんと私は、そのどちらの事件にも関係しているのだ。きっと私と同様の思いを乾くんも抱いているはず。
「もしかして、またなにかよからぬことを企んでいるんじゃないかな……?」
私の言葉にこくりと一度うなずいた乾くんは、また少しだけ沈黙してから言葉を選ぶようにして訥々と話し始めた。
「この前、きみの前世のことを話したけど、覚えているか?」
「う、うん。ちづさん、だっけ。なんだか信じられない話だったけど、覚えてるよ」
そのちづさんが受けた呪いが、私のこの妖怪を引き寄せる妙な体質と関係しているのだという。
「そのちづさんに呪いをかけ、ちづさんが死んでしまう原因となった妖怪を倒すのが俺の使命だと思っているという話はしただろうか」
「あ、どうだろう……。彼女を護れなかったことを悔いて、来世でその使命を果たすとかそういう話が、その妖怪を倒す使命とやらと繋がっているっていうんなら」
「ああ。結局、その元凶である妖怪の脅威を払拭しないことには、きみの安全は保証されない。だからきみを護るためにはなんとしてでもその妖怪を退治する必要がある」
「妖怪を退治……」
なんだか別世界のことのような、おとぎ話でも聞いているかのような。でも、きっと乾くんは真剣なのだろう。さらりと聞き流していいような、そういう種類の話ではないのだろう。
「俺は、隠神刑部がその妖怪なのかもしれないと考えている」
真剣に話す乾くんの視線の先には、私たちが住む町が広がっていた。平凡で、なんの変哲もない、けれど愛すべき町。乾くんの目には、そんな町の姿ではないなにかが映っているのだろうか。
「俺が前世の記憶を思い出したと言っても、実はそれは完全ではない。だから、肝心のちづさんに呪いをかけた妖怪が何者なのかはわからないんだ。だけど、その妖怪は相当に力のある妖怪であったはず。隠神刑部がきみのいるこの町に姿を現し、なにかよからぬ企てを考え出した。まだやつがきみの前世についての情報を手に入れたという確証はないが、なにかを察知してこの町にやってきたというなら、怪しいことに間違いはない。だから、八百八匹の狸の長である隠神刑部が俺の探している妖怪という仮説は、あながち間違いではないと思っている」
「隠神刑部が、ちづさんの仇だってこと……?」
「その可能性はあるってことだ」
乾くんが、こちらに顔を向けた。深い漆黒の瞳は、秘められた決意をその奥で燃やしている。私は彼に対し、どう言葉を返せばいいのかわからなかった。
前世の仇打ちを、なぜ乾くんが行わなければならないのか。そんな危険なことに身を投じる必要なんてあるのか。
そんなことをして欲しくはない。乾くんが危険を冒す必要なんてない。
けれど、それを口にすることが私にはできなかった。
彼の決意に満ちた視線を真っ正面から受け止めた私には。
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