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第三話 旧校舎トイレの怪
旧校舎トイレの怪11
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長いおとぎ話を聞いていたような気分だった。けれどもそれは、単なるおとぎ話ではなく、己の身に深く関わる話であり、私にとってはかなり深刻な事情だったのである。
「つまり、それが今私が妖怪に困らされている原因ってこと……?」
「そういうことだ」
口下手な彼がこんなに長い話をするのは、相当に疲れることだったのだろう。案の定、疲労困憊といった態の乾刀馬の姿がそこにはあった。
「えっと、私の前世と呪いのことはなんとなくわかったけど、乾くんのことは? あなたが私を護るわけって?」
「俺の前世はなかなかに腕のある侍だった。だが、とある妖刀に魅入られ、命の危機を迎えることとなった。その際に、ちづの祈祷によって救われたらしい。それからそいつはちづへの恩を返すために、彼女の護衛役に就くことになった。だが、例の妖怪との戦いの際、ちづを助けるのに間に合わず、彼女は妖怪の呪いを浴び、結局儚い最後を迎えることになってしまった。それを激しく悔いて悲しんだ彼だったが、そのまま絶望することなく、彼女が死したのちも、さらに妖怪退治の旅を続けた。そしてついに旅の果てに、侍はとある刀との出会いを果たすことになる」
「もしかしてそれが……」
「そう。それが妖怪退治の刀である童子切安綱。その刀を手にした侍は、来世こそその刀で彼女を護ると誓ったんだ」
そして今、彼はその刀を持って、私の前に現れた。
そんな馬鹿げた話、信じられるわけがない。
そう言えればどんなに楽だろう。だけど、これまで見てきた様々な出来事が、それが真実であることを告げていた。
「そんな……。でもそれは……」
「前世のことだと、そんなことは自分とは関係ないことだと、俺も最初は思おうとした。だけど、戻ってきた前世の記憶と、己の体から現れた刀の存在が、それを為せと告げてくるんだ」
――俺の意志に関係なく。
言外に、そんな台詞が聞こえた気がした。
私は困惑して、彼に対し、どう言葉をかければいいのかわからなかった。
前世からの呪い。
妖怪退治の刀。
どういう運命なのか、こうして出会った私たち。
彼が私の護り手となるのは必然だとしか思えないこの状況。
だけど。
「……なんとなく、事情はわかったよ。乾くんがどうして私のことを気にかけてくれていたのか。どうして助けてくれたのかってことは」
乾刀馬の瞳に視線を向ける。漆黒の、澄んだ瞳。秘めた強さを感じさせる。
「でも、それは前世の事情であって、今の乾くんにとってはなんの関係もないことなんだよね。私の呪いのせいで乾くんが面倒に巻き込まれる必要性はないはずだよね」
乾くんの目蓋がぴくりとした。みるみるうちに眉間に皺を寄せ、難しい顔つきになっていく。
「呪いとか前世とか、私もなんだかわけわかんないんだけど、それに対して乾くんが責任を感じて私の護衛とかをしてるんだったら、そんなことしなくていいから。前世の私と今の私は別人だし、そんなわけのわかんないことで乾くんが危険に巻き込まれることなんてないから」
だって、そうじゃないか。
皿かぞえのときも、そして今も。
無事だったから良かったものの、一歩間違えていたら、乾くんは大怪我をしていたかもしれない。
「私のせいで乾くんが危険に晒されるのは嫌なんだ」
彼にそう伝えた。
乾くんが難しい表情をしたまま、しばらくなにかを言いあぐねていた。そして、ようやく彼の口から声が発せられた。
「東雲さん。俺は……」
そのときだった。
「結月! 伏せろ!」
ごうん、と。
空気がわなないた。
咄嗟に地面に頭を伏せ、目を閉じる。同時に、不吉な気配を近くから感じた。
ゆっくりと目を開けると、私の目の前には白い装束を身につけたおきつねさまが、その背をこちらに向けて立っていた。
「つまり、それが今私が妖怪に困らされている原因ってこと……?」
「そういうことだ」
口下手な彼がこんなに長い話をするのは、相当に疲れることだったのだろう。案の定、疲労困憊といった態の乾刀馬の姿がそこにはあった。
「えっと、私の前世と呪いのことはなんとなくわかったけど、乾くんのことは? あなたが私を護るわけって?」
「俺の前世はなかなかに腕のある侍だった。だが、とある妖刀に魅入られ、命の危機を迎えることとなった。その際に、ちづの祈祷によって救われたらしい。それからそいつはちづへの恩を返すために、彼女の護衛役に就くことになった。だが、例の妖怪との戦いの際、ちづを助けるのに間に合わず、彼女は妖怪の呪いを浴び、結局儚い最後を迎えることになってしまった。それを激しく悔いて悲しんだ彼だったが、そのまま絶望することなく、彼女が死したのちも、さらに妖怪退治の旅を続けた。そしてついに旅の果てに、侍はとある刀との出会いを果たすことになる」
「もしかしてそれが……」
「そう。それが妖怪退治の刀である童子切安綱。その刀を手にした侍は、来世こそその刀で彼女を護ると誓ったんだ」
そして今、彼はその刀を持って、私の前に現れた。
そんな馬鹿げた話、信じられるわけがない。
そう言えればどんなに楽だろう。だけど、これまで見てきた様々な出来事が、それが真実であることを告げていた。
「そんな……。でもそれは……」
「前世のことだと、そんなことは自分とは関係ないことだと、俺も最初は思おうとした。だけど、戻ってきた前世の記憶と、己の体から現れた刀の存在が、それを為せと告げてくるんだ」
――俺の意志に関係なく。
言外に、そんな台詞が聞こえた気がした。
私は困惑して、彼に対し、どう言葉をかければいいのかわからなかった。
前世からの呪い。
妖怪退治の刀。
どういう運命なのか、こうして出会った私たち。
彼が私の護り手となるのは必然だとしか思えないこの状況。
だけど。
「……なんとなく、事情はわかったよ。乾くんがどうして私のことを気にかけてくれていたのか。どうして助けてくれたのかってことは」
乾刀馬の瞳に視線を向ける。漆黒の、澄んだ瞳。秘めた強さを感じさせる。
「でも、それは前世の事情であって、今の乾くんにとってはなんの関係もないことなんだよね。私の呪いのせいで乾くんが面倒に巻き込まれる必要性はないはずだよね」
乾くんの目蓋がぴくりとした。みるみるうちに眉間に皺を寄せ、難しい顔つきになっていく。
「呪いとか前世とか、私もなんだかわけわかんないんだけど、それに対して乾くんが責任を感じて私の護衛とかをしてるんだったら、そんなことしなくていいから。前世の私と今の私は別人だし、そんなわけのわかんないことで乾くんが危険に巻き込まれることなんてないから」
だって、そうじゃないか。
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「私のせいで乾くんが危険に晒されるのは嫌なんだ」
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乾くんが難しい表情をしたまま、しばらくなにかを言いあぐねていた。そして、ようやく彼の口から声が発せられた。
「東雲さん。俺は……」
そのときだった。
「結月! 伏せろ!」
ごうん、と。
空気がわなないた。
咄嗟に地面に頭を伏せ、目を閉じる。同時に、不吉な気配を近くから感じた。
ゆっくりと目を開けると、私の目の前には白い装束を身につけたおきつねさまが、その背をこちらに向けて立っていた。
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