上 下
11 / 55
第二話 河童の落とし物

河童の落とし物4

しおりを挟む
「皿が十枚に揃った。これできっと大丈夫。うふふふふ」

 井戸端で皿の枚数を数えながら、その妖怪は嬉しそうに笑っていた。私が恐る恐る近づいていくと、それに気付いたらしい妖怪は、こちらを振り返った。

「なにか用かい?」

 振り向いた妖怪は、思っていたよりもとても美しい女性だった。しかし、妖怪がなにか用かい? って、ダジャレかとつっこみたくなったことはここだけの話にする。

「あなた、もしかして皿かぞえ……ううん、お菊さん?」

「お菊……。ああ、そういえばうんと昔、生きてたころにそう呼ばれてたこともあったね
ぇ。とんと名前なんて呼ばれなくなったから、忘れるところだったよ」

 自分の名前を忘れるほどの長い間を妖怪として過ごすというのがどういう感覚なのかは知るよしもないが、とにかくこの妖怪はあのお菊さんと同じ名前のようだ。
 とにかく、まずは先程この皿かぞえが言っていた台詞について問い糾さなくては。

「えっと……、お菊さんて、ご主人様の大事なお皿を無くした罪に問われ、そのために死んでしまった可哀想な女性でしたよね。それで死んだあと妖怪皿かぞえになって井戸端に現れては皿の枚数を数えるようになった」

「あら、あたしのことよく知ってるわね。お嬢ちゃん。そう。たった一枚皿のせいで死ぬことになってしまった可哀想な女なのよ。奉公先のご主人が大層厳しいお方でね。でも大丈夫。もう皿は十枚揃ったわ。これであたしの罪も許されるはず」

 そう。なぜ揃うはずのない皿が十枚揃ったのか。それを確認しなければならない。
 そして、もし私の予想が正しければ、この皿かぞえにあることを頼まなければならないだろう。

「あのう、どうして揃うはずのない皿が揃ったんです? いつものお菊さんだったら、皿の枚数を数えながらこう言うはずです。一枚足りないって。それなのに、その一枚足りないはずのお皿がここにある。どこでそれを手に入れたんですか?」

 私が問うと、お菊さんはこう答えた。

「どこで皿を手に入れたかだって? それはそこの川沿いさ。ゆうべ、その辺りを歩いていたらふとなにかが道端に落ちているのを見つけたのさ。それがこの皿。これで一枚足りなかった皿が揃ったと、あたしは歓喜してこの井戸に戻ったってわけ」

 お菊さんが手に一枚の皿を乗せてこちらに見せる。それを見た私は、やはり自分の予想は当たっていたことを確信した。
 それからお菊さんは、皿をまとめて井戸の中へと隠しに向かう。こちらから覗くと、井戸に入れたはずの皿はいつの間にか見えなくなり、不思議な力でかき消えてしまっていた。どうやら井戸の中は、彼女自身の妖力で普通の井戸とは違う異空間と化しているようだ。

「あのう、お菊さん。喜んでいるところ申し訳ないんですけど、その皿、あなたのものじゃありませんよね」

 私がそう言うと、最前まで笑顔だったお菊さんの表情が固まった。

「あなたが持っていたはずの十枚目のお皿はその皿とは別物なんじゃないですか? もしかしたら多少は似ているのかもしれないけれど、あなたが無くした皿と道端に落ちていたというその皿とはまったくの別物のはずです。だとしたら、その皿の持ち主は他にいるはず。それはその元の持ち主に返さなくちゃならないと思います」

 私が言葉を重ねるたびに、お菊さんの頭は下がっていく。彼女の事情はわかるが、こちらにもこちらの事情というものがある。

「その皿は私が探していたものに違いありません。その皿の落とし主にそれを探すよう頼まれたんです。だからお菊さん。それをこちらに返してくれませんか?」

 お菊さんはしばらくの間、沈黙したままだった。
 このとき、私はさっさと面倒な用事を済ませたいという安易な理由から、事を性急にしすぎてしまったことに思い至っていなかった。事情を話せばわかってくれると、そんなことを思ってしまったのだ。
 相手は恐ろしい妖怪だというのに。

「お菊さん?」

 私がそれに気付いたのは、私が彼女の手の届く距離まで近づいていったときだった。彼女の肩に手を置こうと手を伸ばすと、その周囲に黒い妖気のようなものが漂いだしていた。
 ふとお菊さんの顔に視線を移動させると、いつの間にか彼女は顔を上げ、こちらを見つめていた。その表情には先程までの笑顔はなく、代わりにあったのは、悪しき妖怪のそれへと変貌した醜悪な女の顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...