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第二話 河童の落とし物
河童の落とし物4
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「皿が十枚に揃った。これできっと大丈夫。うふふふふ」
井戸端で皿の枚数を数えながら、その妖怪は嬉しそうに笑っていた。私が恐る恐る近づいていくと、それに気付いたらしい妖怪は、こちらを振り返った。
「なにか用かい?」
振り向いた妖怪は、思っていたよりもとても美しい女性だった。しかし、妖怪がなにか用かい? って、ダジャレかとつっこみたくなったことはここだけの話にする。
「あなた、もしかして皿かぞえ……ううん、お菊さん?」
「お菊……。ああ、そういえばうんと昔、生きてたころにそう呼ばれてたこともあったね
ぇ。とんと名前なんて呼ばれなくなったから、忘れるところだったよ」
自分の名前を忘れるほどの長い間を妖怪として過ごすというのがどういう感覚なのかは知るよしもないが、とにかくこの妖怪はあのお菊さんと同じ名前のようだ。
とにかく、まずは先程この皿かぞえが言っていた台詞について問い糾さなくては。
「えっと……、お菊さんて、ご主人様の大事なお皿を無くした罪に問われ、そのために死んでしまった可哀想な女性でしたよね。それで死んだあと妖怪皿かぞえになって井戸端に現れては皿の枚数を数えるようになった」
「あら、あたしのことよく知ってるわね。お嬢ちゃん。そう。たった一枚皿のせいで死ぬことになってしまった可哀想な女なのよ。奉公先のご主人が大層厳しいお方でね。でも大丈夫。もう皿は十枚揃ったわ。これであたしの罪も許されるはず」
そう。なぜ揃うはずのない皿が十枚揃ったのか。それを確認しなければならない。
そして、もし私の予想が正しければ、この皿かぞえにあることを頼まなければならないだろう。
「あのう、どうして揃うはずのない皿が揃ったんです? いつものお菊さんだったら、皿の枚数を数えながらこう言うはずです。一枚足りないって。それなのに、その一枚足りないはずのお皿がここにある。どこでそれを手に入れたんですか?」
私が問うと、お菊さんはこう答えた。
「どこで皿を手に入れたかだって? それはそこの川沿いさ。ゆうべ、その辺りを歩いていたらふとなにかが道端に落ちているのを見つけたのさ。それがこの皿。これで一枚足りなかった皿が揃ったと、あたしは歓喜してこの井戸に戻ったってわけ」
お菊さんが手に一枚の皿を乗せてこちらに見せる。それを見た私は、やはり自分の予想は当たっていたことを確信した。
それからお菊さんは、皿をまとめて井戸の中へと隠しに向かう。こちらから覗くと、井戸に入れたはずの皿はいつの間にか見えなくなり、不思議な力でかき消えてしまっていた。どうやら井戸の中は、彼女自身の妖力で普通の井戸とは違う異空間と化しているようだ。
「あのう、お菊さん。喜んでいるところ申し訳ないんですけど、その皿、あなたのものじゃありませんよね」
私がそう言うと、最前まで笑顔だったお菊さんの表情が固まった。
「あなたが持っていたはずの十枚目のお皿はその皿とは別物なんじゃないですか? もしかしたら多少は似ているのかもしれないけれど、あなたが無くした皿と道端に落ちていたというその皿とはまったくの別物のはずです。だとしたら、その皿の持ち主は他にいるはず。それはその元の持ち主に返さなくちゃならないと思います」
私が言葉を重ねるたびに、お菊さんの頭は下がっていく。彼女の事情はわかるが、こちらにもこちらの事情というものがある。
「その皿は私が探していたものに違いありません。その皿の落とし主にそれを探すよう頼まれたんです。だからお菊さん。それをこちらに返してくれませんか?」
お菊さんはしばらくの間、沈黙したままだった。
このとき、私はさっさと面倒な用事を済ませたいという安易な理由から、事を性急にしすぎてしまったことに思い至っていなかった。事情を話せばわかってくれると、そんなことを思ってしまったのだ。
相手は恐ろしい妖怪だというのに。
「お菊さん?」
私がそれに気付いたのは、私が彼女の手の届く距離まで近づいていったときだった。彼女の肩に手を置こうと手を伸ばすと、その周囲に黒い妖気のようなものが漂いだしていた。
ふとお菊さんの顔に視線を移動させると、いつの間にか彼女は顔を上げ、こちらを見つめていた。その表情には先程までの笑顔はなく、代わりにあったのは、悪しき妖怪のそれへと変貌した醜悪な女の顔だった。
井戸端で皿の枚数を数えながら、その妖怪は嬉しそうに笑っていた。私が恐る恐る近づいていくと、それに気付いたらしい妖怪は、こちらを振り返った。
「なにか用かい?」
振り向いた妖怪は、思っていたよりもとても美しい女性だった。しかし、妖怪がなにか用かい? って、ダジャレかとつっこみたくなったことはここだけの話にする。
「あなた、もしかして皿かぞえ……ううん、お菊さん?」
「お菊……。ああ、そういえばうんと昔、生きてたころにそう呼ばれてたこともあったね
ぇ。とんと名前なんて呼ばれなくなったから、忘れるところだったよ」
自分の名前を忘れるほどの長い間を妖怪として過ごすというのがどういう感覚なのかは知るよしもないが、とにかくこの妖怪はあのお菊さんと同じ名前のようだ。
とにかく、まずは先程この皿かぞえが言っていた台詞について問い糾さなくては。
「えっと……、お菊さんて、ご主人様の大事なお皿を無くした罪に問われ、そのために死んでしまった可哀想な女性でしたよね。それで死んだあと妖怪皿かぞえになって井戸端に現れては皿の枚数を数えるようになった」
「あら、あたしのことよく知ってるわね。お嬢ちゃん。そう。たった一枚皿のせいで死ぬことになってしまった可哀想な女なのよ。奉公先のご主人が大層厳しいお方でね。でも大丈夫。もう皿は十枚揃ったわ。これであたしの罪も許されるはず」
そう。なぜ揃うはずのない皿が十枚揃ったのか。それを確認しなければならない。
そして、もし私の予想が正しければ、この皿かぞえにあることを頼まなければならないだろう。
「あのう、どうして揃うはずのない皿が揃ったんです? いつものお菊さんだったら、皿の枚数を数えながらこう言うはずです。一枚足りないって。それなのに、その一枚足りないはずのお皿がここにある。どこでそれを手に入れたんですか?」
私が問うと、お菊さんはこう答えた。
「どこで皿を手に入れたかだって? それはそこの川沿いさ。ゆうべ、その辺りを歩いていたらふとなにかが道端に落ちているのを見つけたのさ。それがこの皿。これで一枚足りなかった皿が揃ったと、あたしは歓喜してこの井戸に戻ったってわけ」
お菊さんが手に一枚の皿を乗せてこちらに見せる。それを見た私は、やはり自分の予想は当たっていたことを確信した。
それからお菊さんは、皿をまとめて井戸の中へと隠しに向かう。こちらから覗くと、井戸に入れたはずの皿はいつの間にか見えなくなり、不思議な力でかき消えてしまっていた。どうやら井戸の中は、彼女自身の妖力で普通の井戸とは違う異空間と化しているようだ。
「あのう、お菊さん。喜んでいるところ申し訳ないんですけど、その皿、あなたのものじゃありませんよね」
私がそう言うと、最前まで笑顔だったお菊さんの表情が固まった。
「あなたが持っていたはずの十枚目のお皿はその皿とは別物なんじゃないですか? もしかしたら多少は似ているのかもしれないけれど、あなたが無くした皿と道端に落ちていたというその皿とはまったくの別物のはずです。だとしたら、その皿の持ち主は他にいるはず。それはその元の持ち主に返さなくちゃならないと思います」
私が言葉を重ねるたびに、お菊さんの頭は下がっていく。彼女の事情はわかるが、こちらにもこちらの事情というものがある。
「その皿は私が探していたものに違いありません。その皿の落とし主にそれを探すよう頼まれたんです。だからお菊さん。それをこちらに返してくれませんか?」
お菊さんはしばらくの間、沈黙したままだった。
このとき、私はさっさと面倒な用事を済ませたいという安易な理由から、事を性急にしすぎてしまったことに思い至っていなかった。事情を話せばわかってくれると、そんなことを思ってしまったのだ。
相手は恐ろしい妖怪だというのに。
「お菊さん?」
私がそれに気付いたのは、私が彼女の手の届く距離まで近づいていったときだった。彼女の肩に手を置こうと手を伸ばすと、その周囲に黒い妖気のようなものが漂いだしていた。
ふとお菊さんの顔に視線を移動させると、いつの間にか彼女は顔を上げ、こちらを見つめていた。その表情には先程までの笑顔はなく、代わりにあったのは、悪しき妖怪のそれへと変貌した醜悪な女の顔だった。
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