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第五話 きみとともに
きみとともに8
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静香が部活に出てこなくなると、驚くほど静香との接点がなくなった。クラスも違うし、教室も離れていた。会おうと思わなければ、簡単には会えないのだと、そんなことを思い知らされた。
部活は静香がいなくなったことで、以前の活気がなくなってしまったようだった。女子部員たちも、静香不在の状況に戸惑っているのがよくわかった。静香はあれで、部をしょって立っていたのだ。その存在の大きさに、いなくなってみて初めて気づいた。
そんなあるとき、放課後体育館でいつものように部活をやっていると、静香が姿を現した。静香の顔を見ると、部員たちはそれぞれ嬉しそうな声を上げていた。もちろん来たからといって参加はできない。見学をしているだけだった。右手小指の白い包帯がその現実を突きつけているようだった。
女子部員たちのほうを順繰りに見てまわっていた静香が、僕のところにもやってきた。僕と相手をしていた佐藤がミスをしたところで、静香のほうに向き直った。
「なんか、久しぶりだね」
静香がそんなことを言った。なんだか僕は緊張していた。静香になにを言えばいいのか、わからなかった。
「……その、怪我は大丈夫?」
やっとそれだけを言うのにも、気力がいった。
「大丈夫。多少生活に支障はあるけど、小指だからどうにかなってるよ」
「ごめん……」
反射的にそう言うと、静香の顔が一瞬にして曇った。
「だから孝介のせいじゃないんだから謝んなくていいよ。ね、それよかさ。ちょっとだけ相手してよ。先生いないうちに」
「え? だって怪我してるだろ」
「だから、左手で」
そんな無茶な、と思ったが、静香は僕の相手をしていた佐藤にラケットを借りて卓球台の向こうに立った。
「左で持つのめっちゃやりにくい」
利き腕ではない左手で他人のシェークハンドのラケットを持つ静香は、それでも嬉しそうだった。僕が軽く打ちやすそうな球をやると、ぎこちなさそうにラケットを振った。初心者が打つような大きく弧を描いた球が返ってきて、なんだかおかしい。再びゆっくりした球を返してやり、数回のラリーのあとに静香が球をネットに引っかけて終わった。
「あーあ。今だけ左利きになれたらいいのに」
静香はそんなことを言いながら、佐藤にラケットを返した。
「しばらくの辛抱だろ。また怪我治ったらいくらでもできるんだから」
僕がそう言うと、静香は少し困ったように笑って去っていった。
やはり静香は卓球が好きなのだ。自分が怪我をさせてしまったせいでそれができないということに、また僕は胸が痛んだ。
部活は静香がいなくなったことで、以前の活気がなくなってしまったようだった。女子部員たちも、静香不在の状況に戸惑っているのがよくわかった。静香はあれで、部をしょって立っていたのだ。その存在の大きさに、いなくなってみて初めて気づいた。
そんなあるとき、放課後体育館でいつものように部活をやっていると、静香が姿を現した。静香の顔を見ると、部員たちはそれぞれ嬉しそうな声を上げていた。もちろん来たからといって参加はできない。見学をしているだけだった。右手小指の白い包帯がその現実を突きつけているようだった。
女子部員たちのほうを順繰りに見てまわっていた静香が、僕のところにもやってきた。僕と相手をしていた佐藤がミスをしたところで、静香のほうに向き直った。
「なんか、久しぶりだね」
静香がそんなことを言った。なんだか僕は緊張していた。静香になにを言えばいいのか、わからなかった。
「……その、怪我は大丈夫?」
やっとそれだけを言うのにも、気力がいった。
「大丈夫。多少生活に支障はあるけど、小指だからどうにかなってるよ」
「ごめん……」
反射的にそう言うと、静香の顔が一瞬にして曇った。
「だから孝介のせいじゃないんだから謝んなくていいよ。ね、それよかさ。ちょっとだけ相手してよ。先生いないうちに」
「え? だって怪我してるだろ」
「だから、左手で」
そんな無茶な、と思ったが、静香は僕の相手をしていた佐藤にラケットを借りて卓球台の向こうに立った。
「左で持つのめっちゃやりにくい」
利き腕ではない左手で他人のシェークハンドのラケットを持つ静香は、それでも嬉しそうだった。僕が軽く打ちやすそうな球をやると、ぎこちなさそうにラケットを振った。初心者が打つような大きく弧を描いた球が返ってきて、なんだかおかしい。再びゆっくりした球を返してやり、数回のラリーのあとに静香が球をネットに引っかけて終わった。
「あーあ。今だけ左利きになれたらいいのに」
静香はそんなことを言いながら、佐藤にラケットを返した。
「しばらくの辛抱だろ。また怪我治ったらいくらでもできるんだから」
僕がそう言うと、静香は少し困ったように笑って去っていった。
やはり静香は卓球が好きなのだ。自分が怪我をさせてしまったせいでそれができないということに、また僕は胸が痛んだ。
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