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第五話 きみとともに
きみとともに7
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しばらく静香は部活を休むことになった。当然のことだが、続けてきた早朝練習もできなくなった。
しかし、僕は朝早く起きることだけは続けていた。いつもの公園にやってきても、もうそこに静香がやってくることはなかったが、なぜだかそれを続けていた。
僕はとぼとぼと公園内を歩いていく。日の出も遅くなってきて、まだ辺りは薄暗い。公園内は冷たい空気が静かに満ちていた。息が冷たい空気に触れ、白く渦を巻く。遊具はどれも、ひんやりと冷たそうだった。
しばらく歩き、ふと上を見上げると、たくさんのもみじの葉が空を埋め尽くすように赤く染まっていた。静香が紅葉を楽しみにしていたのを思い出し、切なくなった。怪我さえしていなければ、きっと僕たちは二人でこのもみじを見上げていたに違いないのだ。
視線を上から下ろすと、もみじの下のベンチに誰かが座っていることに気がついた。さっきまで誰もいたようには思えなかったが、いつからそこに座っていたのだろうか。
黒い帽子と黒い紳士服に身を包み、手にステッキを携えたその人は、じっと頭上のもみじを眺めていた。僕はその肩に白い小鳥が止まっていることに気がつき、不思議に思った。
手乗り文鳥というやつだろうか。それにしても外でも逃げていかないなんて、よく慣れている。
僕の視線に気づいたのか、その人はこちらを見て微笑んだ。ふわりと陽光の暖かさを感じた気がした。なぜだかわからない。しかし、そのとき僕は不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。
「すごいですね。その小鳥」
知らず、僕はその人に話しかけていた。見ず知らずの人にこんなふうに自分から話しかけるなんて、普段だったらありえないことだったが、なぜかそのときは自然とそんなことが言えた。
「ええ。私の友達です」
小鳥をペットではなく、友達だと言う。変わった人だと思った。
「どうやって手懐けたんですか?」
「手懐けるというのはよくわかりません。友達だからともにいるのです」
また不思議なことを言う。小鳥が友達ということは、もしかしたらこの人は寂しい人なんじゃないだろうか。
どうせ、そんなに早く学校へ行っても仕方がない。なんとなくこの男ともう少し話してみたいと思い、その人の座っているベンチの隣に腰かけた。
「そういうのって、どこで売ってるんですか? 僕でも慣らせばそんなふうに連れて歩けるんですか?」
僕がそう質問すると男は困ったように首を傾げてみせた。
「そういうことは、私にはよくわかりません。ただ、ともにいる。それだけです」
かみ合わない会話だったが、なぜだかそれが心地良かった。年齢差など気にさせない、不思議な魅力を持つこの男ともっと話がしたい。そんなふうに思った。
「じゃあ、一緒にいなくなってしまったら、それはもう友達ではない?」
禅問答のようなことを言っているのがおかしかったけれど、どんな答えが返ってくるか興味があった。
「いいえ。そんなことはありません。離れて姿が見えないということを一緒にいなくなることだとあなたが言ってらっしゃるのなら、それは私にとっては意味がありません。私にとっての友達とは、物理的な意味を持つものではないのです。そういうことで友達でなくなるということはありえません」
変なことを言う人だなと思った。僕の訊いている意味をはき違えているのではないだろうか。なんだか僕の理解の及ばない世界の話を聞いているみたいだった。
ただ、なんだかおもしろかった。僕の悩みなんて、きっとこの人に言わせれば他愛のないようなものなのだろう。
頭上で赤くもみじが揺れていた。静香もきっとこれを見るだろう。きれいだと、当たり前の感想を抱くのだろう。
しかし、僕は朝早く起きることだけは続けていた。いつもの公園にやってきても、もうそこに静香がやってくることはなかったが、なぜだかそれを続けていた。
僕はとぼとぼと公園内を歩いていく。日の出も遅くなってきて、まだ辺りは薄暗い。公園内は冷たい空気が静かに満ちていた。息が冷たい空気に触れ、白く渦を巻く。遊具はどれも、ひんやりと冷たそうだった。
しばらく歩き、ふと上を見上げると、たくさんのもみじの葉が空を埋め尽くすように赤く染まっていた。静香が紅葉を楽しみにしていたのを思い出し、切なくなった。怪我さえしていなければ、きっと僕たちは二人でこのもみじを見上げていたに違いないのだ。
視線を上から下ろすと、もみじの下のベンチに誰かが座っていることに気がついた。さっきまで誰もいたようには思えなかったが、いつからそこに座っていたのだろうか。
黒い帽子と黒い紳士服に身を包み、手にステッキを携えたその人は、じっと頭上のもみじを眺めていた。僕はその肩に白い小鳥が止まっていることに気がつき、不思議に思った。
手乗り文鳥というやつだろうか。それにしても外でも逃げていかないなんて、よく慣れている。
僕の視線に気づいたのか、その人はこちらを見て微笑んだ。ふわりと陽光の暖かさを感じた気がした。なぜだかわからない。しかし、そのとき僕は不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。
「すごいですね。その小鳥」
知らず、僕はその人に話しかけていた。見ず知らずの人にこんなふうに自分から話しかけるなんて、普段だったらありえないことだったが、なぜかそのときは自然とそんなことが言えた。
「ええ。私の友達です」
小鳥をペットではなく、友達だと言う。変わった人だと思った。
「どうやって手懐けたんですか?」
「手懐けるというのはよくわかりません。友達だからともにいるのです」
また不思議なことを言う。小鳥が友達ということは、もしかしたらこの人は寂しい人なんじゃないだろうか。
どうせ、そんなに早く学校へ行っても仕方がない。なんとなくこの男ともう少し話してみたいと思い、その人の座っているベンチの隣に腰かけた。
「そういうのって、どこで売ってるんですか? 僕でも慣らせばそんなふうに連れて歩けるんですか?」
僕がそう質問すると男は困ったように首を傾げてみせた。
「そういうことは、私にはよくわかりません。ただ、ともにいる。それだけです」
かみ合わない会話だったが、なぜだかそれが心地良かった。年齢差など気にさせない、不思議な魅力を持つこの男ともっと話がしたい。そんなふうに思った。
「じゃあ、一緒にいなくなってしまったら、それはもう友達ではない?」
禅問答のようなことを言っているのがおかしかったけれど、どんな答えが返ってくるか興味があった。
「いいえ。そんなことはありません。離れて姿が見えないということを一緒にいなくなることだとあなたが言ってらっしゃるのなら、それは私にとっては意味がありません。私にとっての友達とは、物理的な意味を持つものではないのです。そういうことで友達でなくなるということはありえません」
変なことを言う人だなと思った。僕の訊いている意味をはき違えているのではないだろうか。なんだか僕の理解の及ばない世界の話を聞いているみたいだった。
ただ、なんだかおもしろかった。僕の悩みなんて、きっとこの人に言わせれば他愛のないようなものなのだろう。
頭上で赤くもみじが揺れていた。静香もきっとこれを見るだろう。きれいだと、当たり前の感想を抱くのだろう。
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