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第三話 流星雨
流星雨6
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いつの間にか、僕は再び一粒のなにものかになっていた。足元に見えていたはずの道はいつの間にか消えている。風はやんで、遠くにはあの光が見えていた。
すーっとそちらのほうへと向かっていくと、途中にあの帽子の男が立っていた。
「また、お会いできましたね」
男は優しい微笑みで、僕を見た。不思議なその微笑みは、ぼろぼろに傷ついた僕の心を優しく包んだ。穏やかな気持ちが訪れ、僕は小さく瞬いた。
「あなたはきっと来てくださると信じておりました」
男はそう言うと、ステッキをぐるりと大きく回し、宙に円を描いた。すると、その円の中の世界が僕のいる闇の世界に飛び出してきたように思った。気がついたときには、世界は一変していた。
そこには宇宙が広がっていた。周囲の星々が、僕に迫ってくるような力強い光で瞬いている。美しく壮大で、息づく生命の力に満ち溢れていた。
僕はただただその光景に圧倒されていた。なにも言葉にならず、ただ心が震えていることだけを感じていた。
「あなたは、願い事をしていましたね。もう一度、この光景に出会いたいと」
男がそう言うと、空の星々の間をいくつもの光の筋が流れていった。美しい軌跡を描いて、流星が雨のように僕の目の前に降り注ぐ。
ああ、ああ。
なんて、美しいんだろう。
なんて、すばらしいんだろう。
そうだった。
僕は、この光景に再び出会うことを、夢見ていたんだ。
二〇〇一年のあの日の光景が、蘇ってきた。降り注ぐ流星に、感動し、涙した。言葉もなにもいらない。ただただ、その光景を見られた奇跡に、感謝した。
「これは、あなたの心象風景です。あなたの心に眠っていた光景を映し出しているのです」
胸の中に大切にしまってあったこの光景は、色褪せることなく僕の心に残り続けていた。懐かしいような切ないような、不思議な思いがする。
「あなたもこの宇宙の中の小さなひとつの星です。ほら、こんなにも美しく輝いている」
僕は言われて気がついた。そうだったのか。僕は星になっていたのか。
「さあ。もうすぐです。あなたも流星となって、あの目指していた光に飛び込んでいくのです」
男がそう言って、方向を指し示す。その中に、一際輝く美しい星が見えた。
「行きなさい。あそこに、あなたを待っている人たちがいます」
僕はその言葉を聞くと、大きく心を燃やし、流星となった。目指す光がぐんぐん近づいてくる。
やがて、眩しい光にすべてが覆われていった。
明るく、鮮やかな世界が、目の前に迫ってくる。
優星。真知。
今、帰るから――。
*
その日は、晴れて雲もなく、月も出ていなかったので、絶好の星見日和だった。病院を退院して四ヶ月が過ぎ、体調も良くなってきたので、家族で星を見に山のほうへとやってきたのだ。ここは星見スポットとしても名高い場所で、よく利用するところだった。駐車場に車を止め、すぐのところにある公園の芝生広場まで移動した。
「この辺にしようか」
僕は赤色のLEDライトを下に置いて、持ってきていた夜露よけのシートを芝生の上に広げて敷いた。真知が持ってきたクッションをその上に置くと、優星がさっそく真ん中に寝転ぶ。
「わー。すっげー眺め」
優星ははしゃいだ声を出した。僕はその様子に、顔の筋肉が緩んだ。
僕が病院で目覚めたとき、目の前には優星と真知がいた。二人とも信じられないというような表情をしていたが、すぐに顔をくしゃくしゃにして泣き出した。優星は僕の首にしがみついて、「父ちゃん、父ちゃん」と何度も言いながら、しゃっくりあげて泣いていた。
あの夢の中の出来事が、本当のことだったのかどうかはよくわからない。ただ、病室で気がついたとき、窓の外に、誰かがいたような気がした。しかしそこにいたのは小さな白い小鳥で、その小鳥もすぐにどこかへと飛び立っていった。
幸いなことに、怪我自体は打撲と腕を骨折した以外はたいしたことはなかった。脳のダメージがかなり心配されたが、軽い記憶障害が少しの間あっただけで、今ではほとんど元の状態と変わりなかった。会社にも復帰し、もうほぼ以前と同じ生活に戻っている。
その他もろもろの保険的手続きも、真知と会社のほうで片付けてもらえたらしい。
僕は本当に運が良かった。こんなふうにまた家族と過ごせる日々が送れることに、感謝しなければいけない。会社や家族にはいろいろ迷惑をかけたぶん、これから努力していかなければいけないだろう。
優星を真ん中にして、家族三人でシートの上に寝転がる。春も近づいてきたとはいえ、まだまだ夜は寒く、持ってきていた毛布を皆で掛けあった。
眼前に広がるのは満天の星空。遙かなる時を経て、この地球に降りてくる光の数々。僕たちが生まれるずっと以前に生まれた光を、こうして見ていることの不思議。目の前で繰り広げられているのは、僕たちには考えも及ばないほどの壮大な星の営み。この地球という奇跡の星から僕たちはそれを見るのだ。
「きれいね」
真知が呟くように言った。
「うん」
そう返事をすることは、感慨深く、思わず涙が出そうになった。
こんなふうに、家族で星を見ることのできる幸せ。隣り合う人の温もり。
僕はなんと幸せであることか。
この幸せを掴めたことを、僕はきっと星を見るたびに感謝するだろう。
「あ! 流れ星!」
優星が叫んだ。一筋の光の軌跡が、夜空に描かれた。
僕はあの流星雨を思い出す。あの奇跡の雨の光景を。
あのとき願った望みは、いつか優星と叶えよう。
もう一度願います。
あの光景に、再び出会うことができますように。
いつかまた、きっと――。
すーっとそちらのほうへと向かっていくと、途中にあの帽子の男が立っていた。
「また、お会いできましたね」
男は優しい微笑みで、僕を見た。不思議なその微笑みは、ぼろぼろに傷ついた僕の心を優しく包んだ。穏やかな気持ちが訪れ、僕は小さく瞬いた。
「あなたはきっと来てくださると信じておりました」
男はそう言うと、ステッキをぐるりと大きく回し、宙に円を描いた。すると、その円の中の世界が僕のいる闇の世界に飛び出してきたように思った。気がついたときには、世界は一変していた。
そこには宇宙が広がっていた。周囲の星々が、僕に迫ってくるような力強い光で瞬いている。美しく壮大で、息づく生命の力に満ち溢れていた。
僕はただただその光景に圧倒されていた。なにも言葉にならず、ただ心が震えていることだけを感じていた。
「あなたは、願い事をしていましたね。もう一度、この光景に出会いたいと」
男がそう言うと、空の星々の間をいくつもの光の筋が流れていった。美しい軌跡を描いて、流星が雨のように僕の目の前に降り注ぐ。
ああ、ああ。
なんて、美しいんだろう。
なんて、すばらしいんだろう。
そうだった。
僕は、この光景に再び出会うことを、夢見ていたんだ。
二〇〇一年のあの日の光景が、蘇ってきた。降り注ぐ流星に、感動し、涙した。言葉もなにもいらない。ただただ、その光景を見られた奇跡に、感謝した。
「これは、あなたの心象風景です。あなたの心に眠っていた光景を映し出しているのです」
胸の中に大切にしまってあったこの光景は、色褪せることなく僕の心に残り続けていた。懐かしいような切ないような、不思議な思いがする。
「あなたもこの宇宙の中の小さなひとつの星です。ほら、こんなにも美しく輝いている」
僕は言われて気がついた。そうだったのか。僕は星になっていたのか。
「さあ。もうすぐです。あなたも流星となって、あの目指していた光に飛び込んでいくのです」
男がそう言って、方向を指し示す。その中に、一際輝く美しい星が見えた。
「行きなさい。あそこに、あなたを待っている人たちがいます」
僕はその言葉を聞くと、大きく心を燃やし、流星となった。目指す光がぐんぐん近づいてくる。
やがて、眩しい光にすべてが覆われていった。
明るく、鮮やかな世界が、目の前に迫ってくる。
優星。真知。
今、帰るから――。
*
その日は、晴れて雲もなく、月も出ていなかったので、絶好の星見日和だった。病院を退院して四ヶ月が過ぎ、体調も良くなってきたので、家族で星を見に山のほうへとやってきたのだ。ここは星見スポットとしても名高い場所で、よく利用するところだった。駐車場に車を止め、すぐのところにある公園の芝生広場まで移動した。
「この辺にしようか」
僕は赤色のLEDライトを下に置いて、持ってきていた夜露よけのシートを芝生の上に広げて敷いた。真知が持ってきたクッションをその上に置くと、優星がさっそく真ん中に寝転ぶ。
「わー。すっげー眺め」
優星ははしゃいだ声を出した。僕はその様子に、顔の筋肉が緩んだ。
僕が病院で目覚めたとき、目の前には優星と真知がいた。二人とも信じられないというような表情をしていたが、すぐに顔をくしゃくしゃにして泣き出した。優星は僕の首にしがみついて、「父ちゃん、父ちゃん」と何度も言いながら、しゃっくりあげて泣いていた。
あの夢の中の出来事が、本当のことだったのかどうかはよくわからない。ただ、病室で気がついたとき、窓の外に、誰かがいたような気がした。しかしそこにいたのは小さな白い小鳥で、その小鳥もすぐにどこかへと飛び立っていった。
幸いなことに、怪我自体は打撲と腕を骨折した以外はたいしたことはなかった。脳のダメージがかなり心配されたが、軽い記憶障害が少しの間あっただけで、今ではほとんど元の状態と変わりなかった。会社にも復帰し、もうほぼ以前と同じ生活に戻っている。
その他もろもろの保険的手続きも、真知と会社のほうで片付けてもらえたらしい。
僕は本当に運が良かった。こんなふうにまた家族と過ごせる日々が送れることに、感謝しなければいけない。会社や家族にはいろいろ迷惑をかけたぶん、これから努力していかなければいけないだろう。
優星を真ん中にして、家族三人でシートの上に寝転がる。春も近づいてきたとはいえ、まだまだ夜は寒く、持ってきていた毛布を皆で掛けあった。
眼前に広がるのは満天の星空。遙かなる時を経て、この地球に降りてくる光の数々。僕たちが生まれるずっと以前に生まれた光を、こうして見ていることの不思議。目の前で繰り広げられているのは、僕たちには考えも及ばないほどの壮大な星の営み。この地球という奇跡の星から僕たちはそれを見るのだ。
「きれいね」
真知が呟くように言った。
「うん」
そう返事をすることは、感慨深く、思わず涙が出そうになった。
こんなふうに、家族で星を見ることのできる幸せ。隣り合う人の温もり。
僕はなんと幸せであることか。
この幸せを掴めたことを、僕はきっと星を見るたびに感謝するだろう。
「あ! 流れ星!」
優星が叫んだ。一筋の光の軌跡が、夜空に描かれた。
僕はあの流星雨を思い出す。あの奇跡の雨の光景を。
あのとき願った望みは、いつか優星と叶えよう。
もう一度願います。
あの光景に、再び出会うことができますように。
いつかまた、きっと――。
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