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第一話 希望の翼
希望の翼3
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ああ、これで俺の人生は終わる。落ちて消えるのだ。
俺は落ちていく間、いろいろな出来事を思い出していた。小学校のリレーの選手に選ばれたこと。中学時代の部活の試合で勝利したこと。高校でできた初めての彼女と手をつないで歩いたこと。大学受験での合格発表。夏美との楽しかった思い出。
死ぬときにはそれまでの人生が走馬燈のように頭を巡ると聞いたことがあるが、これがそうなのか。
ああ。まるでつまらない人生だとばかり思っていたが、いい思い出もあったんだな。
もしかしたら、これからまだいいことがあったのかもしれない。
そう思ったら、急に胸が苦しくなった。
ああ、馬鹿だった。
本当は死にたくなんかなかったのに。
まだ生きていたかったのに。
もっといろいろな経験をしてみたかったのに。
「それは本当ですか?」
落ちていく俺の隣から、そう声がした。
ぎょっとして見ると、先程の男が俺の横を真っ逆さまに落ちていくではないか。
「な、なにやってんだあんた!」
「あなた、今死にたくないと思いましたね」
「ああ。だがもう遅い!」
地面はもう目前に迫っていた。
俺はもう死ぬ!
地面の固い感触を想像していたのに、いつまで経ってもそれを感じることはなかった。
死体となって、醜く血を流しているのかと思っていたのに、そうはなっていなかった。
なにが起きたのか理解ができず、瞬きを繰り返す。辺りを見回すと、そこは元のビルの屋上だった。
俺は腰が抜けたように、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「な、なにがいったいどうなったんだ……」
横を見ると、あの帽子の男が立っていた。白い小鳥も肩に止まったままだ。
夢でも見ていたのだろうか。
俺の視線を感じたのか、帽子の男が俺のほうを振り向いて言った。
「あなたは最期の最期に死にたくないと思いましたね。まだ生きていたいと」
俺は返事ができなかった。
俺は確かにそう思った。あのとき、もう死ぬ寸前でそう思っていた。しかし、それは夢の中の出来事ではないのか。
「幸いです。あなたが本当の気持ちに気づけたことが」
「あ、あの……」
訊きたいことが山ほどあった。さっきのはなんだったのか。現実に起こったことだったのか。それとも夢を見ていたのか。
しかし、なぜだかそれ以上声が出せなかった。
「どうかこれからの人生を大切に歩んで行かれますよう」
男は帽子を脱いで礼をしたかと思うと、次の瞬間には消えていた。
なにが起きたのかまるでわからず、ただあとに残された白い小鳥が、再び空へと飛んでいくのを見送るしかなかった。
アパートへと戻ると、机に置いてあった携帯電話が鳴っていた。
電話に出ると、母さんの声が聞こえてきた。
「うん。……うん。ちょっと体調崩してたから。ごめん。うん。いいよ。大丈夫だから。またそのうち連絡するよ。……じゃあ」
母さんの声はなんだかとても懐かしかった。この人を悲しませなくて良かったと、心から思った。
もう少しだけ、頑張ってみようか。これからの人生を考えてみようか。今まで見えなかったものも、今なら見えるような気がする。
今まであれだけ頑張れたのだ。きっとできる。
俺はあの人がどこかでそれを見ているような気がしていた。あの不思議な人は、今もきっとどこかで空を見つめている。
いつかまた、会えるといい。そして、そのときは感謝の言葉を贈りたい。
あなたのお陰で俺は今、生きていますと。
俺は落ちていく間、いろいろな出来事を思い出していた。小学校のリレーの選手に選ばれたこと。中学時代の部活の試合で勝利したこと。高校でできた初めての彼女と手をつないで歩いたこと。大学受験での合格発表。夏美との楽しかった思い出。
死ぬときにはそれまでの人生が走馬燈のように頭を巡ると聞いたことがあるが、これがそうなのか。
ああ。まるでつまらない人生だとばかり思っていたが、いい思い出もあったんだな。
もしかしたら、これからまだいいことがあったのかもしれない。
そう思ったら、急に胸が苦しくなった。
ああ、馬鹿だった。
本当は死にたくなんかなかったのに。
まだ生きていたかったのに。
もっといろいろな経験をしてみたかったのに。
「それは本当ですか?」
落ちていく俺の隣から、そう声がした。
ぎょっとして見ると、先程の男が俺の横を真っ逆さまに落ちていくではないか。
「な、なにやってんだあんた!」
「あなた、今死にたくないと思いましたね」
「ああ。だがもう遅い!」
地面はもう目前に迫っていた。
俺はもう死ぬ!
地面の固い感触を想像していたのに、いつまで経ってもそれを感じることはなかった。
死体となって、醜く血を流しているのかと思っていたのに、そうはなっていなかった。
なにが起きたのか理解ができず、瞬きを繰り返す。辺りを見回すと、そこは元のビルの屋上だった。
俺は腰が抜けたように、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「な、なにがいったいどうなったんだ……」
横を見ると、あの帽子の男が立っていた。白い小鳥も肩に止まったままだ。
夢でも見ていたのだろうか。
俺の視線を感じたのか、帽子の男が俺のほうを振り向いて言った。
「あなたは最期の最期に死にたくないと思いましたね。まだ生きていたいと」
俺は返事ができなかった。
俺は確かにそう思った。あのとき、もう死ぬ寸前でそう思っていた。しかし、それは夢の中の出来事ではないのか。
「幸いです。あなたが本当の気持ちに気づけたことが」
「あ、あの……」
訊きたいことが山ほどあった。さっきのはなんだったのか。現実に起こったことだったのか。それとも夢を見ていたのか。
しかし、なぜだかそれ以上声が出せなかった。
「どうかこれからの人生を大切に歩んで行かれますよう」
男は帽子を脱いで礼をしたかと思うと、次の瞬間には消えていた。
なにが起きたのかまるでわからず、ただあとに残された白い小鳥が、再び空へと飛んでいくのを見送るしかなかった。
アパートへと戻ると、机に置いてあった携帯電話が鳴っていた。
電話に出ると、母さんの声が聞こえてきた。
「うん。……うん。ちょっと体調崩してたから。ごめん。うん。いいよ。大丈夫だから。またそのうち連絡するよ。……じゃあ」
母さんの声はなんだかとても懐かしかった。この人を悲しませなくて良かったと、心から思った。
もう少しだけ、頑張ってみようか。これからの人生を考えてみようか。今まで見えなかったものも、今なら見えるような気がする。
今まであれだけ頑張れたのだ。きっとできる。
俺はあの人がどこかでそれを見ているような気がしていた。あの不思議な人は、今もきっとどこかで空を見つめている。
いつかまた、会えるといい。そして、そのときは感謝の言葉を贈りたい。
あなたのお陰で俺は今、生きていますと。
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