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湿雪の章 その二

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***

 十分が経ち、庭に積もっていた雪は半分ほど雪かきが終わっていた。雪雄は十一月の当時と変わらず、独特な恰好で雪かきを行っている。
「……ねぇ、話しかけても大丈夫?」
「かまわないよ」
 和美の言葉に、雪雄は手を止めず返事をする。
「今日は、あのオレンジ色のスコップじゃないんだね」
「あぁ。今日の雪は重からな。いつものスコップだと、柄が折れる可能性もあるんだよ」
「やっぱり、雪によってスコップは使い分けるんだ」
「当たり前だろ」
 雪雄が雪かきの手を止め、和美がいる玄関に向き直る。
「お前ん家には、どんなスコップがあるんだ?」
 いきなり尋ねられた和美は、慌てて玄関脇を確認した。
「えぇと、緑色の普通のスコップが二本、先の尖ったスコップが一本、あと倉庫に赤いダンプが一つだよ」
 雪雄は左手を口元に当てて、少し考える。
「それだけあれば、お前の手でも、どんな雪にも対応できるぞ」
 その言葉に和美の目は丸くなった。
「え!? そうなの?」
「あぁ。道具はあるから、あとは『腕』の問題だな」
 そう言うと、雪雄は雪かきを再開した。
 その様子を見ていた和美は「決めた」と小さく呟く。
「ねぇ雪雄」
「だから『さん』を付けろと」
 言葉の主の方を見た雪雄は、和美の真剣な表情に息を一瞬止めた。
「私にも教えて。雪かき」
 雪雄が雪かきの手を止め、右手にスコップを持ち直し、サクッと雪に刺す。
「……どうして教わりたいんだ?」
 雪雄も真剣な表情になる。
「このまま雪雄に頼りっぱなしも良くないと思うし、なによりお祖父ちゃんやお祖母ちゃんの負担を軽くしたいの。私が上手な雪かきを身につければ、二人の負担も軽くなるだろうし」
「なるほど」
 雪雄は口元に左手を当てて考える。しかし答えはすでに決まっていた。
「……いいぜ、教えてやるよ」
「本当!?」
「ただし」
 雪雄の制止に和美は息を飲む。
「ただし、俺の指導料は高いぞ?」
「い、いくらなの?」
「十分で三千円」
「た、高っ!」
「だろ? ま、俺が身につけた技術を教えるんだ。それぐらいは取らなきゃ、俺の仕事も上がったりだからな。で、どうする? それでも受けるか?」
 和美は黙って下を向いた。正直、十分で三千円は高い。高すぎる。プラスして、雪かき代の四千円。合計七千円。思わず目をぎゅっと瞑る。すると元日の光景がよみがえった。大丈夫、貰ったお年玉があれば足りる!
 和美は勢いよく頭を上げた。
「どんと来いよ!」
「おっしゃ! 決まりだな」
 雪雄は挑戦的な笑顔を浮かべた。

***

「で、まず何からすればいいの?」
「とりあえず、スコップの種類から把握するんだな」
 雪雄は和美の方に近づき、玄関脇に立った。
「雪によって道具を変えるって言ってたよね」
「あぁ。一つずつ解説していくぞ」
 雪雄は自分が持ってきたスコップも玄関脇に立てかけると、ズラッと並んだスコップを一つずつ指さしながら解説をしていく。
「まず、お前や俺がいつも使っている、雪を乗せる面が緑やオレンジ色のスコップ。これらは総称して『雪かきスコップ』と呼ばれている。主に降ったばかりの新雪や、水分をあまり含んでいない雪を除けるのに使われている。もっとも一般的な雪かきの道具だな。ホームセンターにも種類が多いから、自分に合ったサイズを選ぶのがポイントだ」
「なるほど」
「ただ、雪を乗せる部分に穴がいくつも開いているものもある。そいつは本当に降ったばかりのサラサラした雪専用だ。重く、湿った雪を乗せると簡単に壊れるから注意するんだぞ」
「うん」
「次にその先がとがった金属製のシャベル」
「シャベル? スコップじゃないの?」
「先が尖っていて、上部に足がかけられるのがシャベル。俺が持ってきた、先は平らで上部が丸みを帯びているのがスコップって区別している。まぁ、この辺の区別は販売している業者とか、東日本や西日本によって呼び方はまちまちなんだけどな」
「へー」
「シャベルやスコップは、重く湿った雪を除けるのに便利だ。通常の雪かきスコップだと、雪の重みで乗せる面や柄が破損しやすい。その点、シャベルやスコップは丈夫にできているから、安心して雪かきできる」
「たしかに」
「それと、溶けたり凍ったりを何度も繰り返した、根雪を雪かきするにも適している。さらに雪が溶けて凍ったアイスバーンの氷を砕くのにも役立つぞ」
「うん」
「で、一番大きいのがスノーダンプ。主に大量の雪を運ぶのに使われる。直接雪に差してもいいし、除けた雪を運ぶのにも適している。ただし、雪を運ぶ際は下に雪がある状態で使わないと、ダンプ破損の原因になるから注意しろよ」
「うん」
「さっきも話したが、お前ん家には雪かきスコップ、シャベル、スノーダンプの三種類がある。つまり、どんな雪が降っても理論上は対応可能なんだ」
「なるほど。それは知らなかった」
「あとは技術の問題ってわけだから、次はお前に雪かきの技術を教えるぞ」
「お願いします。あ、でもその前に」
 和美が不服そうな顔をする。
「どした?」
「さっきから『お前』って言ってるけど、そろそろ名前で呼んでよ」
 雪雄は目を丸くした。
「はぁ? 彼女じゃねーのに?」
 彼女という単語が出て、和美の頬が少しだけ赤くなった。
「いや! そうじゃなくて、単純に『お前』呼びが嫌だから……」
 雪雄は口元に左手を当てて考える。和美は不覚にも、その顔が格好いいと思ってしまった。
「……わかった。じゃ、これからは『和美』って呼ぶよ」
「う、うん。ありがと」
「じゃ、続けるぞ、和美」
「うん」
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