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301  逃走からの闘争⑥

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 途中広場の中央に設けられた台座に座る黒い虫の魔物に会釈しつつ、その更に奥へと歩みを進める。そこまで来ると擦れ違う魔物の数は減り、周囲の造りに威厳が増す。彫像や絵画、武具などが飾られ眼を飽きさせず、床には一目で高級と分かる深紅の厚手の絨毯が延々と続いている。

 周囲の空気が今までと違う事に、思わず身に力が籠る。私が聞いていた主の為人からは想像できなかったからです。

「来るたびにちょっとずつ違うから、何気に飽きないわね」
「この辺りは美術品の作成を手懸ける者達が定期的に飾っている様です」
「まぁ、ダンマスに造った作品を見て貰いたいってのが発端ぽいわね。あいつそこら辺ガサツだから、装飾とか芸術とか、その辺は他の奴が勝手にやってるわ。その割に、感想とか律儀に言うし、ついでとばかりに褒めるし感謝もするもんだから……ほんっと人誑しだわ」
「わふ。ご主人は優しいよ?」

 困惑していると、ウォーと白と黒がこの場の解説をして下さいます。聞いていた為人からして、この様な芸術品の収集をするとは思っていませんでしたが、成る程、お抱え芸術家が見て貰おうと、自身の作品で飾り立てているのですね。私の所感は間違っていなかったと、お陰でスッキリしました。

 話を聞く限りでは、温厚で欲とは無縁の平和主義者、且つ損得を天秤にかけ判断できる合理主義者。それが、私が抱いた印象でした。此度のアルベリオンに対する戦争も、必要故に仕方がなく行っている印象があります。それだけに気が重い。それもこれも彼等の行動の原因が、アルベリオンがやらかした。この一点に集約するからです。

 自然と足取りは重くなる、お腹の奥から何かがせり上がるのをぐっと堪える。正直気が進みません。ですが、運命の時は待っては下さいません。

 眼前には、荘厳な木製の扉。この奥に、例の主がいらっしゃる。

 眼前の扉がひとりでに開かれる。まるで招き入れるかのように。小さく深呼吸し緊張を追い出すと、一歩踏み出す。こうして私は、一世一代へと乗り出しました。

「……」

 室内の様子を一言で表すのであれば、執務室というものでしょうか? 
 部屋の中央にはソファーと、壁一面には本棚が聳えています。そして部屋の奥には執務机と、積み重なった書類の山。その陰に隠れ何かが動いています。

「御主人、お姫様連れて来た!」
「あん? おやおや、もうそんな時間でしたか」

 白の声に応え、書類の山から頭が生えると、執務机を迂回しその全貌が露になります。

 黒い人でした。黒髪黒目、顔は整ってはいますが平凡な、取り立てて特徴がない、人混みに紛れれば次の瞬間にはその顔を忘れてしまいそうな……私が知っている為政者とは全くの別モノでした。

 ですがどこか似通った方に会った覚えがあります。誰だったかと思い起そうとしますが、ややあって思い出しました。外の話をして下さっている時のアルベルク様に似ているんだ。

 それだけで、私の警戒心は最高潮に高まります。政務と私情を完全に分ける事ができる人と言う事です。到底私程度の者が、話の主導権を取れる相手ではないと判断。

「お初にお目にかかります。アルベリオン王国第6王女、ローズマリー・クリア・サン・アルベリオンでございます」
「これはご丁寧にどうも、ダン・マス・ラビリアです。以後お見知りおきを」

 軽く挨拶を済ませ、促されるままに対面のソファーへ座ります。ウォーは私の後ろに控え、白と黒はどっちつかず。私の護衛役ですが、所属は世界樹様と目の前のお方ですしね。

 私の体調についてや困ったことはないか、普段どの様な生活を送っているか等の取り留めのない話から始まり、その後アルベリオンの現状と私のここでの扱いの説明を受けます。

 保護及び生活費の対価として、多少の要望を聞く必要がありそうですが、その要望もここでの生活での決め事や、王族として後のアルベリオンを治める事など、大した事ないものや、こちらにも利があるものだったので、頷いておきます。
 王位の簒奪、いえ、話を聞く限り、現在王位についている者に正当な継承権があるとは思えないので、取り返すと言った方が良いでしょう。

 ……切り出すのであれば、ここでしょうか。私は意を決し願いを切り出しました。

「アルベルク公爵ですか?」
「はい。もし私が即位したとしても、私一人の力では政務遂行は不可能です。血筋だけで実権実績もない私では、お飾りで終わる事でしょう。国民はともかく、周辺小国と貴族をまとめるのは困難です。信頼と実績を持ち、なお且つ信用できる者が必要です」

 アルベルク様の救助。始めは私を逃がすための建前と思いましたし、アルベルク様もそうでしたでしょう。ですが後々の事を考えると、これは絶対に必要であることに思い至りました。

 ……私が心から信用できるのは、アルベルク様だけ。他の方では駄目なのです。

 当然の事、私がアルベルク様より賜ったお願いは、<幹部>の方々を通じてこのお方の耳にも入っている事でしょう。私が切り出すのを分かっていたかのように、相手方の情調に変化が見られない。真っ直ぐ私の目を見て、続きを促します。

 ……あれは試している目だ、値踏みしている目だ。貴族や高官が私に向ける視線です。ですが、彼の視線からは不快なものを感じません。何故と思い、その原因にすぐに思い至りました。私に利用価値があるかを舐め回す様な連中の視線と違い、純粋に私を見定めようとしているからでしょう。

 ここで私の価値を示せなければ、きっとこの方の中での私の価値は、路傍の石とかわらないモノにまで暴落する。それだけは避けなければなりません。
 この先、今のアルベリオンが滅び、私が担ぎ上げられ新たなアルベリオンが再興されるとしても、この方々との関係は切れないですし、切ってはいけないのです。

「う~ん、助けたいのも分かりますし、必要だと言うのも分かります。助けること自体は不可能では無いですが、何事もタダでできるものでは成りませんしねぇ」

 故に、価値を示さなければなりません。対価を示さなければなりません。事前に聞いた為人からも分かっていた事ですが、情で訴えるのは愚策です。実利を示す!

 私が求めるのは、私達の命の保護と保証。そしてアルベルク様たちの救助です。それに対して今の私が切れる手札は、余りにも少ない。ですが、それはです。今なければ、後に手に入る手札を切るまでです。

 まず私が切れるのは、王族としてのネームバリュー。これがあれば、今も動かない貴族などもきっと動かせます。そうなれば、動きたくとも動けない領民なども共に動くでしょう。これはこちらとしても利となるので、要望では無く協力要請が近いかもしれません。ですがこれは、世界樹様の意向にも沿っているはず。

 ですが、所詮私はお飾り王族、私の名で動くのは、世間体を気にする程度のものしか釣れないでしょう。アルベリオン再興を考えるのであれば、少しでも優秀な人材は必要です。その為にも、アルベルク様の名は必要です。
 それに、アルベリオンの再興は世界樹様方にも利をもたらすはずです。何故なら、無用な争い……いえ、煩わしい存在を輩出せずに済むからです。

 アルベリオンの治安悪化は目に見えています。世界樹様に不届きな行いをする輩が出ないとも限りません。正常に機能するには、時間と資金が必要かとは思いますが……それらを速やかに排除、取り締まる事に尽力することを誓うのです。
 世界樹様に助けて頂いた手前、周りから文句は出ないでしょう。出たのであれば出なかった事にします。

 改めて、相手方の眼を見ます。アルベルク様がいかに後のアルベリオンと世界樹様に利をもたらす存在か説きましたが……相手方はその間沈黙を貫き、まだ足りないと目で訴えています。

 これで相手の興味を引けなければ、私の要望を通る事はないでしょう。私は思いつく限りの中で、残された最後の手札を切ります。

「……私がアルベリオン王国の王位を継承した暁には、此度の世界樹様方によるアルベリオンへの進軍は、侵攻ではなく、私からの救助要請を元に行われたものであると、諸国に通達します」

 ここにきて漸く興味を引けたのか、相手は興味深そうに目を細めます。

「それを提案した理由を聞いても?」
「あなた方が望まれるものは、土地でも、資源でも、権力でもなく……安全、なのではないかと、愚考致しました」
「へぇ」

 土地取得は、外敵排除の手段。
 資源確保は、世界樹様と迷宮の力で手に入る為、あくまで節約。
 権力にも興味がなく。金銭に至っては、人との付き合いが無ければ使わない。

 彼等は、彼等だけで完結できるのだ。そしてそれだけで、他の追随を許さない力と技術を持ち、今も成長し続けている。余所との関係を持つ利益が薄いのだ。
 では、この方々が求めるものとは何か? それは平穏。つまり安全の確保であると、私は結論を付けました。それに大きく間違いはなかったのか、彼はここにきて初めて、口を開き、声を漏らしました。

「良いでしょう、条件を詰めましょうか」

 そして彼は納得したのか笑みを浮かべ……私は、了承の言葉を引き出す事に成功したのです。
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