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252 アルサーン解放⑤(狩りの始まり)

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 枯れ果てた木々の間を進み、腐った葉を踏み締め、アルサーン王都手前の丘までやって来たビャクヤは、そこで一旦足を止め、眼下に広がる光景をその目に収める

ここを下ればアルサーンの王都まで一直線。すぐに狩りに出ても良いのだが、その光景を前にビャクヤは顔を顰める。

 黒煙を上げる街と、群れる獲物人間
周囲を山と丘で囲われたすり鉢状の地形は、気化した毒と腐った草木の悪臭で充満していた。

 人ならともかく、獣人やビャクヤの様に嗅覚が優れた者にとって、この悪臭は耐え難いものだ。そうでなくとも、体にいいモノでない事は確かであり、獣人以外には直ちに影響はないとはいえ、未だに魔物の体にどのような影響が出るかも分からないのだ。

大気生成アトモスフィア

 故に、接触しない事に越したことは無いと、ビャクヤは周囲に新しい空気を生み出した。

 普通の魔法ではすぐに魔力へと戻って仕舞うのだが、物質を作る事に特化した<生成魔法>であれば、新鮮な空気を作り出すことも可能だ。

 但し、その効率は頗る悪い。より強靭なモノ程、生み出せる物質は少なくなる。金属などもってのほかだ。

 比較的密度の低い空気であっても、身を纏う程の量を作り出すのは、熟達した魔法使いでも困難。ビャクヤの実力が窺い知れるだろう。

 だがしかし、その程度の空気を生み出したとしても、全く足りない。結界で覆っていた方がまだマシと言うものだ。

 そこでビャクヤは、生み出した空気を維持しつつ、目の前に異空間への入り口を開け、前足を突っ込んだ。

 ビャクヤは<空間魔法>を得意としていない為、大きな空間を持っている訳ではないが、懐に忍ばせて置く程度の広さはある。

 そこから取り出したのは、人頭大の風の魔力結晶だ。

 魔力結晶は取り込んだ魔力を蓄え、成長し、余分な魔力を属性に合った物質へと変換、生成する。風属性であれば、周囲の空気と同じ組成の空気を生み出す。

 だが、魔力濃度の薄い場所では、いつまで経っても十分な量の空気が生み出されることは無い。意図的に魔力を送って、生成を促すこともできるが、もっと短時間で生み出す方法がある。

「ワッフ!」

 ビャクヤは魔力結晶を持った手に力を込めると……躊躇うことなく握り潰した。

 途端に、ブォウ! っと、砕けた結晶の断面から、収まり切らなくなった魔力が噴き出し、周囲の気体と同じ組成の気体へと……ビャクヤが生成した空気と、同じものに変換されて行く。

 暴風の如く噴き出す空気に巻き込まれ削れる様に、連鎖的に全ての結晶が塵となり、跡形もなく消え失せる頃には、ビャクヤによって圧縮された、巨大な空気の塊が出来上がっていた。

「……ワフ」

 まぁ、これで足りるだろうと、ビャクヤは空気の塊を前へと押し出し、二度三度深呼吸すると、大きく息を吸い込み……

「ワオォーーーーー!!」

 遠吠えと共に、アルサーンに向けて解き放った。


―――


 アルサーン王都の防壁の外。

 王都から逃げ出すモノが出ない様に、睨みを利かせている訳なのだが、明らかにやる気がないことが見て取れる。

 だがしかし、その様相はハッキリ二つに分かれていた。

 片や、今も尚行われている残虐な行為を前に、眉を顰め歯ぎしりし耐える者。精神的に病んでいる者も少なくない。

 そして片や……

「あ~あ~、こんな糞低能な舞台に配属されるとか、運ねぇな~」
「向こうは楽しそうでいいよな~」

 ……目の前の惨状を楽しそうなどと宣う連中だ。

 言うまでも無いだろうが、前者がアルベリオンの亜人たちであり、後者が人間ケルドのである。

 当然の事、ケルド共が真面目に取り組むわけもなく、真面目に取り組む亜人側が、余計に精神をすり減らしている。

 それでも彼等、真面な者たちがこの場に居るかと言うと、国に忠誠を誓った正規の王国兵だからだ。
 どれだけ正しい判断だったとしても、それは秩序の乱れに繋がる。例え不条理で不合理で不愉快であろうと、彼等が率先して破る訳にはいかないのだ……既に秩序など、滅茶苦茶に崩壊していたとしてもだ。

「おいそこ、これは戦争だ! 不謹慎だとは思わんのか!」
「へーへー、副隊長様は良い子でちゅね~、点数稼ぎご苦労さん」
「隊長様も、剣じゃ無くて股でも開いた方が、昇進できるんじゃねか~?」

 上官の言葉など、全く気に留めやしない。逆に暴言まで吐く始末だ。
 これ程態度が悪いのは、ケルドだからだけではない。王の暴政により、ケルド連中を優遇されているのだ……イラ国からの援軍として派遣された者達という理由だけで、同じ隊の隊長ですら、部下の彼等に対する権限を剥奪される始末。

 他国の兵を自国に組み込むこと自体ありえないのだが、そんな頭が、上に残っている訳が無い。

 アルベリオン王国は、終わっている……そんな現状を憂いている者は少なくない。

「放って置け、どうせ何の役にも立たん」
「しかし、隊長……これでは、もう」
「……」

 空色の瞳は、薄く隈が張り、 短く切り揃えられた美しい金髪は、日の光に照らされるも、思いつめたような暗い表情が、その輝きを台無しにしていた。

 第一部隊隊長、エミリー・レナエ・ウォー……彼女もその一人だ。

 代々、何人もの優秀な人材を輩出してきたウォー家は、名実ともにアルベリオンを代表する名家の一つだ。

 実績を上げ、信頼を得て、とうとう隊の一つを任されるまでに至った彼女だったが……その頃にはアルベリオンは壊れ始めていた。

 自分が抱く理想と現状に、完全に板挟みにあっていた彼女だが、武人としての矜持だけが、彼女を繋ぎとめていたのだが、その矜持が、彼女を縛り付けていた。

 何ができるのか、何をしたらよいのか……国に忠誠を誓った自分が、国の意向に逆らう行動をするなどできず、かといってこのままでは……答えの出ない、思考のドツボにハマっていた。

「……ん?」
「隊長?」
「何かが……何だ? 分かるか?」
「え? 何と言われましても……私には」

 そんな彼女は、何かの存在を感じ取り、視線を王都から西の丘へと向けた。

 王都の南西に位置していた彼女から見て、ちょうど王都の真西。丘の頂上辺りを指さしつつ、隣に仕えていた側近の男に問いかけるも、期待した答えが返って来る事は無かった。

 彼女自身、何故気になったのか分からない。故に、自分も何が何なのか分かっていなかったのだが、何か・・が居る事はすぐに証明された。

「ワオォーーーーー!!」

 何の前触れもなく、獣の遠吠えが響き渡ったのだ。

「なん……だぁあ!?」

 音に釣られ、他の者もその方向に視線を向ければ、西の丘から粉塵の壁が、疑問の声ごと、猛スピードで彼らを飲み込んだ。

 圧縮した空気が突如解放された様な爆風を前に、ある者人間はされるがまま、ある者亜人は<踏ん張り>で固めた地面ごと、辛うじて形を残していた朽ちた木々諸共纏めて吹き飛ばされる。

 元々崩れていた隊列がさらに崩れ、立ち込める粉塵が混乱に拍車をかける。意図したものでは無かっただろうが、阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。

「これは……攻撃か?」
「何があった! 報告しろ!」
「各隊応答しろ!」

 そんな中、冷静に対処する者達が居た。アルベリオンの正規兵たちだ。

 役立たずのケルド共を余所に、短距離用の手持ち魔伝を使い、各隊に連絡を取ろうとしていた。

「ック……ダメです! ノイズが酷くて聞き取れません」
「兎に角、現状確認だ。4番、5番隊の確認を最優先で急げ」
「4番5番隊……西に配置された隊ですね」

 先ほどの爆風が、自然現象ではない事は明らか。

 粉塵は視界を遮るだけではなく、何故か多量の魔力を含んだ空気が、小規模な魔力嵐を起し、魔伝の通信を妨害していた。
 意図したものでは無かったとしても、知らない者からすれば、これは明らかな攻撃だった。この後に何かが起こる事は、明白であった

「人を出すぞ。足の速い奴を捕まえてこい」
「はい……隊長! ……あれ」

 延々と繋がらない魔伝を前に、現場まで人を走らせようとした所で、側近に一人が声を上げた。

 指し示す先には、一体の白い犬人に似た魔物が、悠々とこちらに歩み寄る姿があった。

「あれか?」
「……恐らく」

 大きさは、恐らく一メートル程度。粉塵の奥からでも分かる、真っ白な小型の四足歩行の魔物だった。

「ワフ」

 白い魔物は小さく声を上げる。その声色は、先ほどの遠吠えに似てなくもない。このタイミングで現れたのであれば、無関係であるはずがないのだが、明らかにおかしいのだ。

 先ず、件の爆風がこの魔物が起こしたものだとしたら、規模からして小さすぎる。
 物質に溜めることができる魔力の量には、限りがあるからだ。それは、特殊なスキルでも持って無ければ、生物であっても変わらない。

 そして、その行動が魔物らしからぬのだ。獲物を見つけようものならば、すぐに襲い掛かる所を、品定めするかのようにゆっくり歩み寄る姿は、一般人が抱くイメージとはかけ離れていた。

 何よりも、生き物特有の気配が希薄なのだ。まるで作り物のようなその気配が、更に不気味さに拍車をかけていた。

 初めて見るタイプの存在に対し、困惑を隠せないでいた兵士たちだが、そこは訓練されたプロ集団。情報が少ない現状で、接敵するのは危険と、一番近くに居た一人が前へと歩み出た。
 勿論危険だが、一度に受ける被害を最小限に抑えることができると考えれば、決して悪い手ではない……実行できるかは別にしてだ。

 そして、固唾を飲んで様子を伺う者たちを前に、同じく寄ってくる真っ白な魔物に、周囲から離れた状態で接触した。

「ム~ム~」
「えっちょ、何ですか!?」

 緊張の瞬間……だったのだが、飛び掛かるでもなく、敵意を見せる訳でもなく、すんすんと匂いを嗅ぐと、接敵した兵の裾を咥え、引っ張っていこうとするのだ……まるで、こっちに来いと言わんばかりに。

「ク~ン」
「ぐっふう」

 少し抵抗を示すと、へなりと耳と尾を垂らし、悲し気な鳴き声を上げる魔物。

 対して、見た目、仕草共々、“カワイイ”動物など殆ど居ないこの世界。対峙する兵に免疫などある訳なく、大ダメージを受けていた。

 異世界ここでも、可愛いは正義なのだ。

「た、隊長。ウォー隊長!? これ、どうすれば!?」
「む、む~」

 いっそ敵意があれば分かり易かったのだが、初めてのケースに、頭を抱えそうになるウォー隊長だったが、考えを整理する意味でも口を開き、方々に指示を飛ばしていく。

「兎にも角にも、他の状況が分からんと動きを判断しかねる。幸いにもここは、すぐに険悪な状況にはなりそうにも無いから、厳戒態勢を維持しつつ、偵察に出た者たちの帰還を待つ。隊列を組み直すぞ!」
「「「は!」」」

 消極的な行動だが、何より彼女の直感が、絶対に短絡的な行動を取ってはいけないと告げていたのだ。

 命令に従い、王都を囲い閉鎖していたものから、お互いの死角を無くす様に、崩れた陣形が組み直される。動いているのは正規兵だけだ。ケルド共は、元々命令なんぞ聴かないので、始から除外している。

 ……除外していたのがまずかった。

「魔伝はまだ繋がらないか? 繋がったら報告しろ。本部への連絡もせんといかん。後は、魔物あれが何なのかだ……」
「な、何の心算だ貴様ら!?」

 裾を引っ張られていた兵から、悲鳴の様な声が上がる。粉塵晴止まぬそこには、隊列を組み直す為に集まっていた亜人達と逆行する様に、剣に手を掛けつつ、魔物へと接近する人影が3つ……嫌な予感しかしなかった。

「この毛皮なら、良い値で売れるぜ~」
「馬鹿者がぁ!? 止めよ!!」
 
ウォー隊長の怒号も空しく響くも、ここで、他と距離を開けて魔物と接触していたことが、仇となった。
近くに亜人は居らず、更に、転げまわっていたケルド共が、進行の邪魔をする。

「な、正気か貴様ら!?」
「ゴミは引っ込んでろ!」
「劣等種が邪魔してんじゃねぇ!」

 しかも、魔物と対峙していた兵が間に割って入るも、信じられない事に、その兵に向って斬りかかったのだ。

 咄嗟に剣で受け止めるも……無能ケルドが相手だとしても、一度に止められるのは二人が限界だった。

 横をすり抜けた一人が、魔物に向けて剣を振り上げた。

「クゥ?」
「貰いぃ!」

 小首を傾げる白い魔物は、そのままされるがまま切り付けられ……

「「「……は?」」」

 ……霞の様に消えさった。











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「俺、戦闘とかからっきしなので、ルナさん一緒に見てくれませんか?」
「クワ! 勿論ですわ!」

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