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239 森人②

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「こんな夜分に申し訳ありませんね~。何分こちらも急ぎだったものでして……寛大な対処痛み入ります。そして招待して頂き感謝致します。俺の名はダン。ダン・マス・ラビリアと申します。以後お見知りおきを」

 恐らくコイツは繋ぎ役程度。気苦労を感じた事が無さそうな甘っちょろい雰囲気から、親辺りがゴトーの本当の主で、ゴトーはこいつのお目付け役と言ったところか。

「招待した覚えは無いが……まぁいい」
「ん?」

 皮肉を込めて返答すれば、青年はおや? っと頭を捻り、半目でゴトーの方を見る。

「……ゴトーさ~ん? 話が通っていないようですが、どういう事でしょう?」
メ、ん目在りません、マイロード。話は付けてあると伝えたはずだったのですが、どうやら勘違いをしていた様です。私めの不甲斐ない親友を、どうかお許しください」
「いや、絶対わざとでしょうに。許可貰ったって言うから来たのに、失礼でしょう」
「申し訳ありません」

 一見、窘めている様に見えるが、ゴトー側に反省の色が見られない。青年側も分かっていて言っているのか、その言葉に厳しさはなく、御約束と言わんばかりの自然なやり取りを前にして、胸の中に言い様のない靄が沸き上がる。

「嫉妬?」
「だれが嫉妬するか!?」

 青年の言葉に咄嗟に反応して仕舞ったが、その指摘に妙に納得している自分が居た。あぁそうだ、こいつ等のやり取りに、ゴトーと親し気にしているコイツに嫉妬したんだ。例え短い付き合いだとしても、親友と言ってくれるゴトーを、私も憎からず思っていたのだから。

 対して相手は、二人揃ってこちらの内心を見透かした様に、慈しみの目でこちらを見て来る。こ、こいつ等ムカつく!
 
「そ、れで! あんた等の用事は何だ!? こんな時間に来るほどの事なのだろうな」
「そうですね~。時間も時間ですし、単刀直入に行きましょうか……貴方が持っている土地をくださいな」

 誤魔化す形になって仕舞ったが、咄嗟に話を切り替え促せば、青年は、ダンと名乗った糞ガキは、先ほどまでの態度を変えることなく、自身の要望を言い放った。

 私達が文字通り、身を削って手に入れたこの地を寄こせだと?

「落ち着きなさいよ、見っともない。魔力が漏れているわよ?」
「黙れ!」

 腹の奥底が煮えたぎり、怒りが激しい波のように全身に広がる。
 制御を失い私の元から離れた魔力が、室内を好き勝手に暴れまわる。最早、親友の言葉すら真面に耳に入らん!
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 侮辱も大概にしろ! 私がどれ程の想いと覚悟を持って、今の地位を手に入れたと思っている!? 

「怒りっぽい方ですね~……使えるんですか?」
「メルル……私めも、少々不安になってきましたが、未だ不安定な状況ですので、改善されさえすれば問題ないでしょう」

 身勝手なことを口にする者達を前に、暴れまわる魔力と私の意識が合致する。明確な意思の元、私の握られた拳へと散っていた魔力共々集結する。

 机に足を掛け、一直線に、最短距離で、糞ガキに向け拳に溜まった魔力を殴りつけようと腕を振り上げるとほぼ同時に、相手は空間に腕を突っ込むと、そこから厚手の袋を取り出し、開いた口を目の前のテーブルの上でひっくり返した。

 樽をひっくり返したかのように、袋の中から何かが零れ落ちる。甲高い金属音を響かせながらテーブルの上に降り注ぎ、山を作り尚止まらず、床にまで広がって漸く止まった。
 円盤状のそれは、明かりの光を反射し鈍い光沢を放ち、自身の存在を否応なしに突き付ける。銀貨に金貨、聖銀貨に真金貨……視覚と聴覚という最も分かりやすい情報は、容易に私の意識を引き付け、先ほどまでの激情を霧散させる。振り上げた腕と魔力は行き場を失い、私の意思に反しプルプルふらふらと戸惑いを露呈して仕舞う。

「差し上げます」

 止めとばかりに放たれた言葉に、拳の魔力も完全に霧散し、それと一緒に力も抜けて席に崩れ落ちる。
 これで土地を買うと言うならばまだ分かる。どれ程の範囲を指定して来るかは知らないが、資金力を証明するのに十分な金額だ。だが、差し上げるとはなんだ?

「た、対価は? 契約は?」
「要らない要らない、どうせはした金です。納得できないと言うのであれば、この部屋と、交渉の場と時間を提供して頂いた、お礼金とでも思ってください」

 手を振りながら、何でも無いと言わんばかりに、とんでもないことを口走りやがった。受け取れば、交渉の場につかなければならないと言う事になるが、金額が余りにも非常識だ。
 贋金ではと疑いが頭をよぎったが、テーブルの前まで移動し、幾つか手に取って<鑑定>を試みるが、不審な点は見当たらない。間違いなく本物だ。

「話を聞く気になりましたか? では、土地の売買契約について、お話を再開しましょうか」

 詳しく話を聞いてみると、問答無用で話を進められたともいうが、あくまで欲しいのは土地の所有権であり、使用権は私のまま。維持、管理は私に一任するとの事。
 その地に住む者の扱いについても、運営も、こいつ等の庇護下の元、後は好きなようにしろと言う事……不条理だ、不可解だ、そんな事をして、こいつ等に何の得が有るんだ?

「所有権さえ確保できれば、こちらは色々とできますからね。責任者を一人に絞れば、後の管理も楽ですし」
「そこまでして、なぜ私の土地が欲しい」
「このまま、後方にイラ教の拠点を残しておくのは避けたいからです」

 その言葉の意味を計りかねる私は、眉を顰める。
 確かに今、カッターナは荒れている。何かしら行動に起こすのなら今だけど、無謀にも程がある、巻き込まれるのはごめんだ。

「人間に、敵対する心算?」
人間ケルドとは敵対しませんよ。あれと敵対なんて、できる訳無いでしょう」

 その言葉を受けて、ゴトーまで意外そうな表情を浮かべ、青年へと視線を向ける。これは、上の奴とこいつとの認識が違う事を意味しているのかと思ったが、後に続く言葉で、違う事を理解する。

「だって人間ケルドですよ。駆除対象でしかない相手と、敵対関係なんぞ築けませんって。最低でも、抵抗できる程度の力は無いと、敵として成立しません」
「メ、メルルルルル! た、確かに、あれは敵対する程の相手ではありませんな!」
「未知数という意味では、イラ教とイラ国が、まだ敵に成り得ますかね?」

 こいつ等は既に、人間共に手を出している。バラン商会など目ではない。こいつ等は危険すぎる! こんな奴らに関わっては、私が守って来たもの共々、巻き込まれて滅ぼされて仕舞う。

「そんなに怯えないで下さいよ。取って食ったりしませんから」
「怯える? 何故私があなたに怯えなければならない」

 そう、私が危険視しているのはこいつでは無く、此奴の裏に居るであろう人物だ。私がこいつに抱いているのは、苛立ちだけ……現実を知らない糞ガキなんぞ、どうでも良い。

 とにかく、こいつ等とは縁を切らなければ。ゴトーともこれで終わりになるが、仕方がない。
 ……いや、ゴトーだぞ? この強かで優秀な女が、こんな狂人共に与するか? 契約か何かで縛られている? だとしたら、こいつ等……

「ゴトーさん。あなたの親友が、俺に向けて憎悪を抱いているのですが、何故でしょう?」
「マイロード。恐らくこの残念な親友は、何か勘違いをして、自分の中で盛り上がっているのでしょう。経理や管理は優秀なのですが、妄想癖が玉に瑕で……」
「ゴトー、貴様はどっちの味方だ!?」

 こいつは! こいつは!? 人が心配しているというのに、事も有ろうに、その返しは何だ! いい加減にしないと、泣くぞ!? 

「あ~、はい。敵対されるのも面倒ですので……はい、こちらをどうぞ」

 硬貨の山を築いた時と同様に、空間に手を突っ込み何かを取り出す……あれ、さっきは怒りと驚きで気が付かなかったけど、これって<空間魔法>? いや、魔力の流れがおかしいから、魔法でも魔道具でもない? 何それスキル? スキルって事は、此奴個人の能力って事になる。こいつが重宝されている理由はそれか?

 今回取り出したのは、一面に箇条書きで文字が綴られた紙束だった。手渡されたそれに目を通せば、すぐにその正体に辿り着く。
 次のページにも、次にもその次にも、見知った……頭にこびり付き離れない、名前が書き連ねられていた。

「ダメですよ~、上に立つ者がこの程度で動揺しては……今回の様に、付け込まれますよ?」

 青年はくすくすと笑みをこぼすと、こちらを窘めて来る。その仕草はゴトーに非常よく似ており、余計に腹ただしいのだが、そんな事など考えている余裕などなかった。

「これは、これは何だ!?」
「貴方の所から、奴隷・・として出たと確認が取れた、森人エルフのリストです」
「何故、貴様がこの様なモノを持っている、答えろ!」
「俺達の所で保護したから?」

 この答えで合っているか? と言わんばかりに、コテンと首を傾ける糞ガキの姿を前に、激情が一気に冷め、代わりに悪寒が背筋を駆け巡る。つまりこいつ等は、今この糞ガキが所属する何者かの手中に居ると言うの?

「これを、こいつ等を、どうす、るつもり、だ?」
「うん、ぶっちゃけますと、管理するのが面倒ですので、差し上げます」

 ……え? ん? 待て、ちょっと待て、整理する時間をくれ。

「……た、対価は?」
「管理と~、責任? 後、土地を譲ってください。その後の事は、邪魔さえしなければ好きにして構いません。勿論、人間共については、こちらで対処します。貴方じゃ何もできないでしょう? 寧ろ手出し不要、邪魔しないで下さい。貴方に求める事は、俺達が処理し終えた後の、管理だけです。できますね?」

 暗に、お前に期待などしていないと、変わらぬ態度で突き放す様に告げて来る糞ガキに、殺意が湧きたつが、こいつ等が求めていることが、朧気ながらに見えて来た。

 此奴は私に、自分達が仕出かすであろう何かの、その後の管理を、私に丸投げしたいのだ。

 目の前にうず高く積まれた硬貨の山も、お礼金と言ったが、所有権を得た後の土地を私に管理させるための、資金ともとれる。そう考えると、私が適切に管理できさえすれば、こいつ等の損にはならない。
 さらに、断わらせないために、同胞の身柄を条件に出し、更にその身柄すらも管理させる徹底ぶりだ。
 もしこのリストが本物であれば、出された条件共々、メリットは大きい。

 対してデメリットは、こいつ等の下に下る事。その後の対応が如何様なものになるかは分からない事。こいつ等の仕出かす事次第で、巻き込まれる可能性がある事。

「一つ、忠告です」

 思考を巡らしている所に、糞ガキから声が掛かる。遮られたことに苛立ちが湧き立つ中視線を向ければ、人差し指を立てながらこちらを真っ直ぐ見つめる、糞ガキの視線とかち合った。

「人を見かけで判断しない方がいい。気配と態度など、幾らでも繕えるのですから」

 人間ケルドとは違うのですよ……と幼い子供に言い聞かせる様に優しく語りかけて来た。

 変わらない、第一印象からこれまで、私がこの糞ガキに抱いている感想はほぼ一貫している。そう、変わらない、何一つ……そんな事有り得る?

 私は、こいつの事を何一つ知らない。ゴトーの主と紹介されただけで、何も知らないのだ。唐突に現れ、唐突に場の主導権を奪い、唐突に話を進め、何もかも飲み込んで、それでも印象が変わらない……その事実に気が付いたとき、その変わらない表情と気配が、何処までも不気味で……新緑の森の中に迷い込んだかのような、不安と焦燥感が全身を包み込む。

 私の心の機微を、目敏くも見抜いた眼前の男は、薄い笑みを濃くし、最後の選択を差し迫った。

「最後の選択です……貴方は、俺に敵対・・しますか? エイブリーさん」

 敵対……その言葉だけが異様に冷たく、私の心へと突き刺さった。
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