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231 ぼったくり

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 南北に長く広がるカッターナ王国の最南端。その地を分け隔てる様に流れる河の前には現在三体の竜が居座り、現状まともに行き来などできない状況にある。

 だがそれも、河の一部且つ街の東側での事であり、西側に存在する橋であれば、横断することは未だ可能だ。竜が占拠する更に東へ移動し、獣人達の集落が点在する森を経由し入国する経路も存在するが、完全に敵対している相手の領域を渡るのは、個人では無謀が過ぎる上に、河を自力で渡らなければならない為、残った橋を渡る以外の経路は無いに等しいだろう。

 とはいえ、残された橋は一本のみであり、往来が制限されている事に変わりは無い。更に今では、その橋の中間には今までになかった検問まで引かれ、屈強な兵士や、武装した集団が目を光らせていた。

 検問の奥では、獣人と亜人たちが簡易的な天幕を張り、そこで様々な物品をやり取りし、橋を抜けた先に広がる平地にまで拡がって居た。
 少し西北へと移動すれば、枝分かれした河を境にエスタール帝国へと国境線が存在する為、今後の展開を見越しての配置でもある。

 当然そこでは食料のやり取りも行われ、集客効果も見込んで腹を刺激する香りを辺りに垂れ流している。風向きがケルド共の住む河の向こう側から変わらないのは、偶然か意図的か……食糧難の兆しが表れ出したカッターナに対して、その香りは暴力に等しい。

 そして検問には、その香りに誘われたケルド共が押し寄せていた。

「ですから、何度も申しておりますように、この橋は現在ダン・マス様の所有物となっておりまして、ここを通過する際は通行料をお支払いいただく必要が御座います。これより先も同様にダン・マス様の所有地であり領地でございますので、法を犯した者には、それ相応の罰―――」
「ふざけるな! 亜人如きが口答えしてんじゃねぇ!」
「……因みに、恫喝も犯罪行為に含まれます。状況によっては厳罰に処される可能性があるのでご注意ください」

 机へと拳を振るい、声を荒げるケルドに対し、受付の女性はまるでゴミでも見る様な目で、事務的な答えを返す。

 今まで通用していた態度と待遇が通用しない。恫喝し暴力をチラつかせれば言う事を聞いていたのは、最早過去の話だ。

 彼等が言う事を聞いていたのは、あくまでケルドの数と権力、更にカッターナの背後に控えるイラ国のイラ教が原因であり、逆らえば他者を巻き込む報復をされ、それを避けるために、ズルズル引きずってしまった結果なのだ。引き返せないレベルで反抗し、相手以上の後ろ盾を得た現在、今更ケルド単体に怯える事などない。

「劣等種が!」

 唾を飛ばしながら抜刀するケルド。その行動に触発され、周りのケルド共も各々の獲物に手を伸ばす。
 だがしかし、ケルドが鞘から剣を抜き切る前に、修道服に酷似した真っ白な服と仮面を着た者が一瞬で距離を詰める。

「あ˝? ベチュ!?」

 空気を引き裂く轟音と共に、身の丈程有る戦槌がケルドの顎へ目掛け振り抜かれる。空中で回転しながら顔から地面へと突っ込むケルド。その一切容赦のない攻撃を前に、周囲のケルド共の動きが止まる。

 顔を潰され、地面に血溜まりを作りながらぴくぴくと痙攣するケルドを、吹き飛ばした本人と、お揃いの真っ白な格好をした武装集団が取り囲む。

 そして、各々所持している得物を振り上げる。

「ッヒ!?」

 どこからか引きつった悲鳴が漏れるが、そんな事などお構いなしに、手を、腕を、足を、命の危険に至らない部位を執拗に殴打し続ける真っ白な武装集団。
 その光景は対象を鎮圧するものでは無く、まさにモノを壊していると言った方が正しい。

 いくらケルドが鈍いと言っても、目の前で同胞が壊される姿を見せられれば委縮もする。それは人として、生き物として当然の反応であり、人の肉体を持つ彼等も同様の反応だ。

「はい、次の方どうぞ~」

 肉が潰れ、骨が砕ける音が流れる中、眼中に入っていないかのように、受付の女性が次の順番を促す。

「通行料10万イラ、あ、奴隷はモノ・・扱いの様ですので、持ち込み料金だけで大丈夫ですよ」

 にこやかに対応を続ける姿は、受付嬢として完璧に近い姿だろうが……ゴミの様に潰されるケルドが、その姿を全く別のモノに変えていた。

 ―――

「見て~、あの人間ケルド。奴隷が食べる様な残飯食べてるわよ~」
「惨めね~。人間ケルドとしてのプライドが無いのかしら?」
「~~~」

 高い通行料を払い、検問を通過したケルド共は、周りから聞こえるレベルの音量で執拗に、延々と陰口を向けられ、陰口が聞こえる方向を睨もうものなら、汚らしい物を見る様な目で見返される。

 店先に立てば真面に対応してもらえず、食料を買うこともできない。
 彼等が購入できた物と言えは、そこら辺に吐き捨てられたかのような残飯や生ゴミと言って差し支えない代物だ。

 その見下した態度や対応は、自分ケルド達が他種族に向けていたソレよりもマシなモノで、腹を壊さない分、食事だってまだ真っ当なレベルなのだが、そんな事に思い至るケルドは極めて稀だ。

 さらに、人が食べる様なモノを手に入れようとすれば……

「いらっしゃい! ……何だ人間ケルドか」
「ッ……それ、一つくれ」
「……ッチ、はいはい、ボア肉の野菜炒め、一皿8,000イラな」
「お、おかしいだろ!? さっき買っていた奴も、値札も500イラだろうが!」
「そりゃそうですよ~、人間様は特別価格が、ここカッターナの常識でしょう?」
「う……」

 彼等が自分たち以外と売買する場合、通常価格よりも自分達に都合がいい値段を掲示するのが常識。価格の変更に基準は無い。毟り取れそうな価格を提示するのが、彼等の腕の見せ所だと思っているのだから、本当に救いようがない。

 ただ、ここではその値段設定が逆転していた。亜人は安く通常価格人間ケルドはぼったくり価格を提示される。売って貰えるだけ、まだマシな方だ。

「この値段設定、見覚えないかい? あるはずだよな~、今のカッターナの飯代は、大体こんなもんだよな~?」
「……」

 然もその価格は、今のカッターナの値段設定と大して変わらない金額。つまり、高い通行料を払っても、ここで買える食料の値段に変わりが無い。他を当たっても、恐らく同じ対応だろう。そう思い、なけなしのイラを支払い、買い物を済ませる。

 嵌められた……いや、現在進行形で嵌められている。

 腰に携えた剣の鞘を掴む手に力が籠るが、ありったけの精神力で耐え忍ぶケルド。

 ここでは自分が弱者、搾取される側……それは、今も自分の頭上で浮遊する水晶体が証明していた。
 検問の橋を渡ってから常に付いて回るこの水晶体……効果は彼等には明かされていないが、監視されている事ぐらい想像できる。

 今も青かった水晶体が、青紫色に変わりつつあった。行動に移していない段階で反応している所を見るに、自分達には分からない何かを感知しているのだろう。誤魔化しは通用しない。

 これが赤になった時、瞬時に警備隊が現れ、抵抗しようものならその者を裏へと引きずり込むのだ。その後の事は、彼等には分からない。

 そして、この水晶体が黒くなったその瞬間、彼等の立場は搾取される存在から狩りの獲物へと変貌する。

「あーーー!?」

 今も彼の前で滅多打ちにされる同胞の姿を前にして、動くことができない。助けに入ろうものなら、自分も同様の仕打ちを受けるのだ。

 弱い。何もできない。自分達はこれ程にも無力だったのかと……自分の中にあった常識が、脆くも崩れ去る。

 戻ろう、ここに自分達の居場所はない。そう判断したケルドは、橋へと向けて移動を開始する。
 だがしかし、未だ彼はここの、自分達が育て上げた敵意と悪意、狂気の醜悪さを分かっていなかった。
 検問を通る為には通行料が必要であることを……その価格が同じでなない事を……

 ―――

「あ……の」
「いらっしゃい! おや、お使いかい?」
「あ、はい」

 ボロボロの格好に、あちこちに生傷と打撲痕が見られるガリガリの子供が、オロオロと店員に向け声を掛ける。

「何用だい?」
「えっと……御飯、買って来いって……これ、で、足りますか?」

 そう言って提出する金額は、この店の商品を買うには十分すぎる金額だ。恐らくこの子供は、金を使った経験があまり無いのだろう。平時であればちょっとした大金額なのだが、今のカッターナの食料事情を考えると、心もとない額でもある。

「十分さね、幾つだい?」
「買えるだけ、下さい」
「あいよ! ちょっと待ちな」

 店員は金を受け取り、商品を包出す。ちょっとした量の為、その間を埋める様に、店員が口を開く。

「この後はどうするんだい?」
「えっと、ご主人様の所に戻ります」
「いつ戻るんだい?」
「えっと……」
「おや? ご主人様に、いつまでに戻れ・・・・・・・、って言われてないのかい?」
「はい」
「なるほどね~……ほい、包み終わったよ。商品渡すからそこから裏においで、店先じゃ邪魔になるからね」

 店員は天幕の横に開いた通路を指さし、裏に回る様に促すと、少年は訝し気な表情を浮かべながらも、その誘導に素直に従い露店の裏へと消えてゆく。

「大丈夫だよ、“時間はたっぷりある”、だろう?」

 その後、その奴隷の子供が表へと戻って来る事は無かった。何せ彼等・・は、何時までに戻らなければならない、と命令・・されていないのだから。

 ―――

「だ~か~ら~! 俺の奴隷を返せって言ってんだよ!」
「と、申されましても……奴隷が帰って来ないのは、そちらの監督不行き届と、こちらは判断いたします」
モノ・・を無くしたからと、その責任の所在をこちらに押し付けられましても、ご対応致しかねます」

 にこりと爽やかに受け流す受付嬢たち。言葉遣いは丁寧だが、その視線はニタニタと、明らかに相手を馬鹿にしていた。まるで手を出すのを待っているかのように、わざとらしく……

「グ、ギ!」

 だが、最早ケルドが彼等に手を出す事はなかった。何故なら受付の横には、真っ白な武装集団が居るからだ。

 声は聞こえないが意思疎通はできているのか、クスクスと笑う仕草をしながら、四肢を潰されたケルドを、山積み、磔に、吊し上げに……今も思い思いの方法で、楽しそうに晒し物にしている。

 その姿は、どれだけ残酷に扱うか競い合っているかの様であり、嬉々として飾り付けられる橋は、憎しみと狂気で染め上げられてゆく。

 逆らえば同様の扱いを受ける……流石にケルドでも、目の前で行われれば学習できる。死にたくはないのだから……。
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