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229 掻っ攫い

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【世界樹の迷宮】の端、人間改めケルド共の陣営に建てられたテントの中。
 現場責任者としてハンターギルドより派遣され、護衛であるハンターたちの監督を担当していたちょび髭禿頭のおっさんは、でっぷりと膨れた腹をわなわなと震わせながら、信じられないとばかりに頭を抱えていた。

「行方不明者……87名、だと」
「例の崖に入って行った者達は、ほぼ例外なく消息を絶っています」

 例の谷とは、森の奥でハンター達が見つけた、巨大な地割れの様な谷の事である。
 光源らしいものも無く、日の光も届かない深く広大な谷。今回の遠征の目的である伐採を考えると、ただただ邪魔な存在でしかないそれは、新種の物質と思われる結晶体によって、一変した。

「……未だ奥で採掘している可能性は?」
「一部の者に、数日以内に戻ってくるようにと、金を握らせました。狡いあいつ等が、全員、前金だけで満足するとは思えません。死亡したと考えた方が宜しいかと」

 実質管理を任されている男の言葉に、椅子の背もたれに体を預けながら、溜息と共に天を仰ぐちょび髭。

「持ち場を離れた上、この体たらく……これだから底辺のゴミクズ共を使うのは嫌なんだ」

 これなら言う事を聞く分、下等生物の奴隷を使ったほうがまだましだと、忌々し気に怨嗟の声を上げる。どうやら、行方不明者の安否では無く、自分の立場の心配をしているだけのようだ。

 さらに言えばこの男、持ち場云々とのたまっているが、そもそも谷への接近を意図的に黙認し、彼等が持ち帰ってくる物資と情報を独占しようと画策していた。
 同伴している、木材の加工、伐採、管理を担当している木工ギルドや、生活物資の供給、木材の運搬を担当する商業ギルト。彼等に先んじ、ハンターギルドが独占できたならば、その功績は計り知れない。

 昇格はもちろんのこと、褒賞の上乗せも期待できる。いやむしろ、全ての情報を握り、ハンターギルドのマスターの座すら……などと妄想を繰り広げていた矢先の、この報告である。男からしたら、憤慨ものなのだろう。

「兎に角、これ以上の被害は避けねばならない。ゴミが幾ら死のうが知ったことではないが、契約を執行できなくなっては、本末転倒だ」
「では、谷への接近は」
「あぁ、全面禁止だ。新種の物質と聞いて黙認していたが、回収できなければ意味がない。命令違反は、資格剥奪とでもしておけ」
「命令違反者は、こちらとは無関係と言う事ですね。承知いたしました」
「あぁ……もし、情報を持って帰ってきた奴が現れたら保護しろよ? 命令違反者と言え元は仲間だ、ほかの連中に狙われてはかなわんからな」
「承知いたしました」

 ニヤリと口角を上げながら、仲間などと心にもない言葉を吐く。もしもの可能性を考慮し、可能な限り情報が外部に漏れないように囲う為なのだが……最早そんな事を言っている場合では無いのだ。

「!?」

 一瞬、室内を閃光が照らし、後を追う様に大地を揺るがす衝撃と、何かが吹き飛ばされる音が木霊する。

「な、何だ、今の光と衝撃は?」
「……森の方角からですね」

 何が起きたのだと表へ出た二人が目の当たりにしたのは、森の奥から立ち昇る粉塵。火の気などある訳もなく、まして先ほどの爆発を起こせるようなものも持ち込んでいない。
 そして、逃げる様にこちらに向かって来るハンター達を目にして、異常事態が起きている事を再認識する。

「お前達、何があった!?」
「ま、魔物が……魔物が出た!」
「魔物?」

 なんだ、漸く現れたかと、寧ろ安堵の溜息を吐くちょび髭。今回の遠征は木材もさることながら、食料確保も重要な目的であった。
 だと言うのに、今の今まで獲物が現れることなく、このままでは本国含め食料が尽きてしまう可能性があったのだ。寧ろ喜ばしい事態である。

 だがしかし、ここでふと疑問が上がる。折角獲物が現れたと言うのに、彼等の手には収穫らしきものは見られないのだ。

「獲物が出たと言うのに、何故こっちに来ている? 見た限り、成果を持っている様には見えんが?」
「狩るだぁ!? 無理だ! あんなの勝てるわけがない!」
「えぇい、役立たず共めが! 何のための護衛だ、あぁ!? 魔物を狩るのがお前等の仕事だろうが! 分かったらさっさと戻―――」

 苛立ちをぶつける様に罵声を飛ばすちょび髭の言葉が、森の奥で轟々と立ち昇る爆炎を前にして途切れる。

 現場監督を任されるだけの事はあって、ここに居るハンター達の実力は把握しているちょび髭は瞬時に判断する。こいつ等では勝てないと。

「そ、そうだ、奴隷共を嗾ければ……」
「そうか! まだあれ・・が使える!」

 ちょび髭が発した言葉に、周りがそれだと賛同の声を上げる。

 金狼族に混猫族……そのどちらも、獣人の中でも戦闘能力に長けた種族である。直接戦闘であれば、十分な性能を発揮するだろう。
 奴隷など所詮消耗品。勝てるかなどは二の次、消耗さえさせられればそれでよいのだ。

 そうして奴隷に命令を出そうと辺りを見渡す人間ケルド共だが……そこでようやく、魔物の事などどうでも良くなる状況に陥っている事に気が付く。

「奴隷は……奴隷共は何処だーーー!?」

 ―――

 突然の魔物の登場と、手痛い反撃を前にして混乱する人間ケルド共の裏で、現場から逃げ出す一団が存在した。

「「「わっふ、わっふ、わっふわふ~」」」
「「「キーキーキッキキキ」」」
「「「ニャーニャーニャ―」」」

 隆起する木の根を飛び越え、歌う様に鳴き、颯爽と駆ける魔物達の背には、それぞれ雁字搦めに固定された状態で、獣人達が括りつけられていた。

 白銀の体毛を靡かせながら、テテテと早足で歩く犬人に似た魔物を筆頭に、犬、蟻、猫……と様々な魔物達が追従する。

 速度を優先した……それ以前に、気配を隠す気が無いその移動に、犬人の青年が必至に後を追う。

「いや~、本当に申し訳ねぇっす、ビャクヤさん! お陰で間に合いました!」
「ワッフ。気にしなくていいよ~、ご主人も許可出していたしね~」

 周囲に野生の魔物が居ない事もあるが、先頭を歩く白銀の魔物、ビャクヤの存在が大きい。この森で……【世界樹の迷宮】のそれも表層で、気配を晒している彼に近づこうとする魔物は居ない。ケルド共が気付くことなど無いのだから、寧ろ気配を晒した方が、無用な争いをしなくて済むのだ。

 そして他の場からも、続々と同じような一団が集合する。その足取りは軽く、一仕事終えたかの様で、今にも笑い出しそうな程にイキイキしていた。

「あいつ等本当に気が付かないのな! どんだけ鈍感なんだよ」
「俺ら、人間見るの初めてだけどよ……あれって酷過ぎないか?」
「確かに……人以前に、生物として必要な能力を欠いているように思えるな」

 走りながら、人間ケルド共を酷評する獣人達。アルサーン王国出身である彼等は普段人間と接することなどなかった。

 その為最初は、横から掻っ攫うなんて無理だろうと考えていたわけだが……その感知能力の低さを目の当たりにして、納得すると同時に生き物としての疑問すら抱くほどに呆れかえっていた。

「ま、待て」
「どうかしたの~?」

 そんな彼等に向けて、括りつけられていた獣人達が制止の声を上げると、首に装着された首輪に指を掛け主張する。

「これのせい……で、命令に逆らえない、ん、だ!」
「奴隷の首輪だね~」
「そうだ! だから、俺達は、逃げられない!」
「この……ま、まだと、死ぬ……ぅんだ!」

 ビャクヤの言葉に、振り絞る様に声を上げて答える獣人達。その首輪は直接装着者の魂を捻り上げ、体の自由を奪い去る。その嫌悪と苦痛は容易に心を壊し、生きた屍を作り出す。

「そんな皆さんに、魔法の言葉を教えてやるぜー!」

 非人道的なその装備を付けられた者達へ向けて、ひと際大きな声を上げた犬人の青年は、注目が集まった事を確認した後に話始める。

ここ・・の木を切れって言われてたんだよな? ここって、どの範囲までが、ここ・・だ?」
「え? それは……」
「伐る木を指定されたか? 伐る範囲を指定されたか? 大雑把に伐れと命令されたんじゃないか? だったら、そこの木を伐れば良いんじゃないか? この木でも良いな! 更に森の奥の木でも問題ないな! 時間も数も指定されてねぇだろ?」
「「「……あ」」」

 その言葉を聞いた奴隷の獣人達は、自身の調子を確かめるように体を動かす。
 今の今まで全身を、魂を襲っていた嫌悪感と激痛が鳴りを潜めている事に、驚きを露わにしていた。

 奴隷の首輪は、あくまで契約の内容に従って特定の反応を実行する事しかできない。そしてその反応は、魂の契約を結んでいる装着者の魂に由来する。

 本人が本気で納得すれば、多少歪曲した判断だったとしても首輪は反応しなくなる。ある程度の判断を装着者に委ねられる隷属状態とは違い、命令以外の行動を許されない絶対順守状態は、自己の判断で行動できないこともあって融通が利かない。

 装着者がした方が良いと思ったとしても、例え契約者の為だとしても行動できない。目の前の危険にも契約者の危険にも、命令がなければ行動できない。
 逆に言えば、命令されなければ、契約者に配慮する必要も無い。つまり、新たに命令を聞かなければそれでいいのだ。

 さらにその性質上、契約者への危害の禁止などの基本となる命令がされていない事が多い。なにせ、命令されなければ行動できないのだからする必要が無い。

 何より、首輪の容量にだって限りがある。特定の行動害意ある行動を縛るなど、条件によって複数の反応を示すなど、彼等が装着している低品質の首輪では、それを可能にするだけの性能を持っていない。
 だからこそ、一つの反応と条件だけで事足りる絶対順守の命令が行われて居たのだ。

「こんな……こんな簡単な方法で」
「まぁ、相手がケルドだからできる事だけどね~」

 本来であれば簡単且つ簡略化された言葉であっても、<翻訳>によって何を言っているか分かるのだが、ケルド共は相手に言葉の意味を伝える<通訳>能力まで著しく欠如している為、こんな歪曲した解釈が可能なのだ。同種の群れにさえ紛れればよいので、不要な能力を削った結果だろうと思われる。普通に意思疎通ができる人族が相手ではこうはいかない。

「ケルド? いや、それよりも、礼を」
「お礼なら、ここの主に言いな! 会えるかどうかは知らんがな!」
「ここの主とは?」

 ― カン! ―

「「「あ」」」

 その甲高い音を耳にした魔物と獣人達の顔から、一気に血の気が引く。

「どうした?」

 何事か分からない奴隷の獣人が問いかけるも、答えが返ってくる前に、後ろから彼等に向って光と熱が降り注いだ。

「前を見ろ!」

 何事かと後ろを振り向こうとした一部の者達に向けて、何処からか声が轟く。逃げている手前、声を荒げるなどあってはならない事なのだが、その声には全く余裕などない。

「そして……」

 じりじりと毛を炙る様な熱と、なにかが轟く音が差し迫るのを感じ、魔物に括りつけられ身動きが取れない獣人たちは振り返る。そこには視界一面に迫る爆炎が……

「全力で走れーーー!!」
「「「ぬぉーーー!?」」」

 その爆炎は、声どころか、彼等の足取りすら焼き尽くした。
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