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224 散歩

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夕暮れ時……【世界樹の迷宮】の東に位置する、とある寂れた村の端。周囲に誰も居ない物陰が明滅したかと思えば、小柄な少女がひょこっと顔を覗かせる。

「……よし、なの」

長い耳と、シミ一つない雪原の様な白い肌。軽いウェーブの掛かった琥珀色の金髪を揺らしながら、クリっとした深緑の様な翡翠色の瞳を興味津々に忙しなく動かし、周囲に誰も居ない事を確認し、
 
そして、そんなエルフの美少女と見紛う姿をした少女を、影ながら観測する者達が居た。

(((ちょ、世界樹様ぁ!?)))

エルフの少女、改め世界樹の依り代を見た隠密課の者達が震撼する。

(え? ちょ、これ 報告したほうがいいのか?)
(ダンマス様が知らない訳無いはず…むしろ知らなかったら、独断専行? 伝えたら世界樹様に怒られる?)
(いやいや、ここで起きた事を報告するのが、俺らの仕事じゃねぇ?)
(いやいや)
(いやいや)
(((いやいやいやいや)))

どうやら、情報が全く回っていなかったらしい。
影で、あーだこーだと話し合う者達を余所に、世界樹の依り代が我が物顔で村中を歩く。

 普段は根から魔力を放出することで、周辺の様子を把握している世界樹だが、この方法は周囲への影響が大きいこともあって、最近では依り代を使い、人の感覚をもって観測する様になっていた。

「やっぱり、精度が悪いなの。これじゃ、感知も真面に出来ないなの」

しかし、ここは【世界樹の迷宮】の外。本体の近くと違い、根の末端である。その為、魔力操作の精度は格段に落ちている。
体調が回復したての頃から考えれば、世界樹の能力は格段に上がっている。特に<魔力操作>関係の能力は天才的な才能を見せ、普段使っている能力を集約すれば、周囲に魔力を撒き散らすことなく、依り代を維持する程度のことは可能となっていた。

しかしそれは、あくまで維持。
能力は一般的な子供程度しかなく、周囲に漏れ出す魔力を抑える事に専念していることもあり、その性能は極端に落ちる。周囲に潜み、慌てふためく者達にも気が付けない程だ。

「う~ん……何も無いなの」

 道沿いに歩みを進めるも、既に日が暮れだす時間帯。屋内に引っ込んでいるのか、周囲に人の姿は見られない。
目に付くモノと言えば、乱雑に立ち並ぶ木製の家屋に乾いた大地、そこに造られた粗末な柵で囲われた畑程度しか無かった。

「なの?」

そんな中、依り代の身長と同程度の、石作りの四角い物体が目に入る。トテトテと駆け寄り、身を乗り出すように物体を覗き込むと、そこには大きな穴が開いていた。

「う~~~ん……あ、井戸なの?」

足をぶんぶんとさせながら穴を覗き込み、穴の正体に当りを付ける。既に周囲は暗くなり始めている事も有って底は見えない。試しに、適当な小石を放り込むも、水音の代わりに硬い物がぶつかる音が反響した。
 
「む~~~……本来、近くに森さえあれば、これ程酷く成らないはずなの。自然の治癒能力が壊滅しているなの……はぁ」

 村の現状を見て、ため息交じりに評価する。

 西に聳える山の頂上は、厚い雲に覆われ確認することは叶わないが、麓は禿山の様に大地が剥き出しになっている。
 周囲に朽ちた切り株が乱立しているのを見れば、害虫スタンピードによって食い荒らされた訳では無く、人の手によるものである事は、容易に想像できる。

地面から魔力を吸い上げ、それを放出する木々。それさえあれば、汲み上げられた魔力は自然と周囲に馴染み、ゆっくりと土や水に変化する。
そうなれば大地は肥え、水は川となってここまで運ばれてきた事だろう。この地が枯れていたとしても、これ程壊滅的な状態にはなって居なかったはずだった。

「な~の、どうしたものか……なの」

そこでしばし、試案を巡らせる。

環境破壊は自業自得として……ここに住む者達は亜人であり、人間ではない。
武装も持っておらず、有ったとしても、手入れもされず倉庫で埃をかぶっている、伐採用の斧や普段使っている鍬程度。

つまり、自分を襲った者達とは関係がない可能性が高い。ならば、巻き込むのはお門違いでは無いか? 

人間だけであれば、遠慮などしなくて良かったのだが、もしここに住む者達が関係なかった場合、やり方を考え直さなければならなくなる。ダンマスもその事を考慮し、この国へ手を出す事を一時中断している。
関係ない物は巻き込まない……最初に決めたルールだ。

「なんだお前!」
「なの?」

な~のな~のと、思考の波に沈んでいた世界樹は、突然かけられた声に覚醒する。

「なんだ、子供なの」
「お前も変わんねぇだろ!」

この村の子供だろうか、見た目だけならば同年代の子達が、ワラワラと囲うように詰め寄ってくる。

「お前何もんだ!」
「うっわ、何その髪。すっごいサラサラ~」
「肌も真っ白~」
「服もスベスベだ!」

べたべたと、馴れ馴れしく触ってくるが、されるがままに受け入れる世界樹。
体を触られるのは慣れている、そもそも体内に魔物を住まわせている身からすれば、この程度の扱いなど、どうとも思わない。

「ねぇねぇ、貴女はどこから来たの?」
「なの……あっちから来たなの」

 一方的に各々の感想を漏らす子供たちの中から、茶髪の少女がずいっと身を乗り出し、興味津々に話しかけてくる。
 その姿を見て少し考えるも、不都合は無いと判断し、西を指さしながら少女の問いに素直に答える。

「山?」
「その奥の、森からなの」
「父ちゃんが言ってた、森には魔物がウヨウヨいるって!」
「まぁ、沢山居るなの」
「山の向こうは、魔の森って言われてるんだぜ? そんな所に住める訳ないじゃん! ば~か」

 目の前に居る少女が、その森の主の一柱である事など知る由も無い子達は、有り得ないと、馬鹿にする。だが、そんな態度を取られても何とも思っていないのか、むしろ微笑ましいモノを見る様な視線を向けていた。

「信じるか信じないかは、貴方達が決めればいいなの」
「嘘つきだ!」
「う~そ付き! う~そ付き!」

 これが無邪気な邪気かと、ダンマスの言葉を思い出しながら、ため息を吐きつつ言葉を続ける。

「理解できないからと相手を馬鹿にするのも、間違いを指摘して否定するのも、そもそも話を聞かないのも……選択肢は、常にあなた達に在るなの。私は、その選択を否定しないなの」

淡々と語る姿を見て、囃し立てる声が、どんどん小さくなっていく。
意味を理解しているかは分からないが、上から語り掛ける様なその声に、幼いながらも、何かを感じたのかもしれない。

何を言えばよいのかわからなくなったのか、お互いにおろおろと視線を彷徨わせる子供たちの中、最初に世界樹へと質問した少女が、そんなモノお構いなしに、質問をぶつけて来る。

「じゃあさ、山の向こうはどうなってるの?」
「基本森なの。後は、場所によって地形やら環境やらが違う感じなの」
「水は? 食べ物ある!?」
「沢山あるなの」

 重要な情報でも無い為、聞かれることに素直に答えていく。力のない子供であり、敵ですらないので、秘匿する理由が無かった。

「ねぇ貴方、名前は?」
「」

スラスラと答えていた世界樹だが、その言葉に、初めて言葉を詰まらせる。

「? どうし「あんた達! 何やってんの!」」
「「「げ! 母ちゃんおばさん!?」」」

 近くの建物から女性が顔を出し、集まっていた子供たちを見つけると、叱咤を飛ばしながら近づいてくる。

「もう日が落ちるんだから、さっさと家に入りなさい!」
「いや違うんだよ、俺達、この子……あれ?」

そこには、既に少女の姿は無く、辺りを見渡すも、その姿を確認することはできなかった。

―――

「なの」
「おや、世界樹さんどうかしましたか?」

 意識を本体へと戻した世界樹は、改めて依り代をつくり出し、帰ってダラダラしていた迷宮主の元へと姿を現す。

「ダンマス」
「? はい、何でしょう?」
「……そう、貴方はダンマスなの」

 一呼吸おいて、口を開く。

「私が名乗る時は、なんて言えばいいなの?」
「「「(((っは!?)))」」」

その日、迷宮内に激震が走った。

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