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40 黒い濁流(平民)

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エスタール帝国:貿易都市エンバー 街道

魔の森と街を繋ぐ街道、先日の雨でぬかるんだその道を、一人の人間を乗せた二足歩行の蜥蜴の姿をした魔物が、本来ならあり得ない速度で疾走していた。

「シュー! シュー! シュー!」
「踏ん張れ、アムド! もう少しだ! もう少しで、エンバーに着く!」
「フシャーーー!!」

地蜥蜴ランドリザードは、その馬力と速度、何より優れた持久力から昔から足として親しまれている。
アムドは、生れた時から一緒に居る俺の相棒だ。そこら辺に居る地蜥蜴ランドリザードでは、足元にも及ばない。

「カシュー! カシュー! ゲボゥ、カ˝シュー!」

そんなアムドでも、全速力で一日中走れば流石に限界だ。いや、限界なんて、もうとうに過ぎている。
嘔吐しながらも走り続ける姿を見ていると、何もできない自分が無性に情けなくなってしまう。それでも、止まる訳にはいかない。速く、少しでも早く! この事を伝えないと。手遅れになる前に!

道中頃、進路に影が見える。あれは、馬車? 商人か! 道のど真中で止まりやがって!

「おーい! 道を開けろーーー!」

聞こえてないのか? いや、車輪が道にハマって動けないのか? クソ!

「そこのお前! 止まれ!」

商人の護衛か? 動けなくなった馬車なんて、魔物や盗賊からしたら格好の獲物だ。
普段なら警戒して当然。だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない!

「緊急事態だ! そこを通し――!?」

突然、空中に投げ出され、地面に叩き付けられた。まともに受け身も取れず、激痛が走る。あばらが折れたか?

「ゲホッ、ゴホ! ・・・!? アムド!!」

先日の雨で泥んだ街道、そこに空いた溝に足を取られてしまった様だ。相棒も泥のせいで、気が付かなかったのだろう。馬車もこれにハマったのか?
急いで相棒に駆け寄る・・・足が折れてしまっている、これでは、・・・もう走れない。

「何もんだてめぇ! 盗賊か!」
「違う! スタンピードが起きたんだ! 直にここまで来る、お前たちも荷物を捨てて速く逃げろ!」
「・・・プ! アハハハ! スタンピードだってよ!? 吐くならもっと上手いウソを吐けよ」
「今の体制になってから約20年、スタンピードを見逃したなんて、聞いたことがない」
「そんなもんが起きたら、すぐに知らせが入るようになったもんな」
「今時、そんなので騙される奴なんて居ねーよ! 仲間は何処だ? それとも、置いていった荷物を掻っ攫う算段か?」

護衛の人間たちが口々に否定してくる。殆どが20代の若造共、こいつらはスタンピードの恐ろしさを知らないんだ。
しかも、護衛の一人が剣先を向けてくる。このガキどもが! 説得する時間も無いと言うのに!

「スタンピードだと!? それは本当か!」

馬車から人が降りてきた。現れたのは、五十代半ばの男だ。その顔には、驚愕と恐怖の色がありありと現れていた。
この方なら、分かってくれるか!?

「貴方か主人か! 足が無くなってしまった。貴方の地蜥蜴ランドリザードを一匹貸してほしい! 頼む!!」

その男は、私と相棒のアムドを一瞥すると、少し考える素振りを見せる。

「・・・分かりました、お譲りします。馬車から外しますので、少々お待ちください」
「助かる!」
「おい、マジかよ」
「君達も手伝いなさい、荷物を下ろします。全てですよ」
「はぁ!?」

言い争いが聞こえてくるが、気にする余裕もない。俺は相棒のアムドへと向き直る。
アムド、すまないアムド、最後まで一緒に居たかったが、その足ではもう無理だ。置いていく俺を許してくれ。

― ドゴ! ―

「フシャーーー!!」
「ア、アムド・・・」

鼻先で殴られ、威嚇される。長年一緒に居たんだ。何を言いたいかくらい・・・わかる。

馬鹿にするな、サッサと行け!

そう、言われてしまった。

「外しました、急いでください!」
「助かった!」

譲ってもらった地蜥蜴ランドリザードに跨り、相棒を改めて見る。

「・・・シャ!」
「・・・あぁ、じゃぁな相棒」

今度こそ前を向き、走り出す。急げ、相棒の犠牲を無駄にしないために!

―――――

「行っちまった」
「雇い主さんよぉ、あいつが言ったこと、マジで信じるんですか? 今時スタンピードなんて・・・」
「当然だ、地蜥蜴ランドリザードを、相棒を犠牲にしてまで何故馬車なんぞを襲わねばならん」
「犠牲?」
「・・・この子、もう死んでるよ。全部出し切ったんだね、命が燃え尽きてる」
「え?」
「長年商売をしているとな、相手がどんな事を思っているか分かるようになる。命懸けなら尚更だな」
「・・・」
「事の重大さが分かったか? ・・・ターニャ、来なさい。若いもんも、死にたくないなら急げ、出発だ」
「わ、分かった」
「・・・うん・・・じゃあね、蜥蜴さん」

全ての荷物を捨て、全速力で街道を突き進む。この英断が、彼らの命を救う事となる。
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