上 下
9 / 27

僕の願い

しおりを挟む
薄暗い中を青い光が、美しいクラゲの浮遊を浮かび上がらせている。僕はその幻想的な光景をぼんやりと見つめていた。前回来た時も長く留まった、手で包めるほどの大きさの、可愛いクラゲの群舞を見せる水槽の前で足を停めると、知らず知らず微笑んでいたみたいだ。

側に顔を寄せて来た茂人さんが囁いた。

「これがお気に入り?楓君らしいね、この可愛いらしいクラゲが好きとか。俺には夢中になって見てる楓君の方が可愛いよ。」


そう、ドキリとする様な事を耳元で囁いた茂人さんは、僕の頭をそっと撫で下ろした。自意識過剰になっているのは自覚があったけれど、茂人さんに触れられた場所がまるで印を付けられたように感じて僕は戸惑った。

そんな僕を置き去りに、茂人さんは大きなクラゲがゆっくりと浮遊する正面の巨大水槽へ足を向けた。釣られる様に茂人さんの隣に立った僕は、ぼんやりと浮かび上がる水槽に照らされた茂人さんを盗み見た。


あの日もこうやって、もう二度と会えない茂人さんを目に焼き付けようと盗み見たんだ。なのに茂人さんが僕を探してくれて、こうして同じ様な時間を一緒に過ごしている。何だか不思議だ。そんな事を考えていると、茂人さんが話し始めた。

「やっぱり、俺たち出会う運命だったんじゃないかな。だって、楓君は俺をネットの海から探し出してくれただろ?そして一度切れた縁は凄く近くで繋がっていた。それって元々繋がる縁だったって言われても信じられるよ。随分都合が良い考えかもしれないけどね。

…でも本当に二度と会えないって思ってたから、そうとしか俺には感じられないんだ。」


そう言って僕を見下ろした。ドキドキと心臓がうるさい僕の顔を見つめた茂人さんは、顔を顰めると周囲を見回した。それから急に僕の手を引っ張って歩き始めると、薄暗いクラゲ展示ホールの奥まった場所へ僕を引っ張り込むと、ぎゅっと腕の中に抱きよせた。

確かに平日のこんな時間に元々人は多く無かったし、イベント時間なのか波が引く様に人が居なくなったのには気づいていた。それでも抱き込まれてびっくりしてしまった。


思わず顔をあげて茂人さんに問いかけようとした時、茂人さんの顔が近づいて来て、あっという間に僕の唇に柔らかく何かが触れた。…キスされてる?

茂人さんの柔らかな唇の感触は直ぐに離れたと思ったのに、再び降りて来て、僕は抵抗もしないまま悪戯な唇に翻弄されていた。優しく甘える様についばむ唇は、ドキドキするばかりで、僕に気持ち良さを連れてきた。


人の話し声が聞こえてきて、僕たちは慌てて離れた。少し足元がフラついたのは、動揺したせいだろうか。そんな僕をじっと見ていた茂人さんは僕に尋ねた。

「…今の気持ち悪かった?」

気持ち悪い?どちらかと言うと気持ち良かった。でもそう言葉にするにはハードルが高くて、僕は首を振ることしか出来なかった。すると茂人さんは大きく息を吐き出して呟いた。


「…良かった。もし気持ち悪いって言われたら、全然脈無しだろ?俺、楓君のこと真剣だから。それは信じてくれていいからね。」

そう言って喋りすぎだなと呟くと、僕の手首を掴んで歩き出した。もし茂人さんが手を繋いで歩いたら、僕は思わず振り払ってしまったかもしれない。周囲に人が居ないわけでも無いし、恋人同士みたいに手を繋ぐのはハードルが高すぎた。

けれども僕の腕を掴んで先に歩いていくのは、男同士でもありかもしれなかった。


僕はキスされて、手を掴まれて、すっかり茂人さんの彼氏マジックに掛かってしまったのかと、火照る身体にぼうっとしていた。腕が離されて顔を上げると、そこは人気のペンギンのトンネルで、茂人さんが僕に微笑んで言った。

「楓君のお気に入りパート2、だろ?」

僕は優しく微笑む茂人さんの顔を、ドキドキしながら見つめて思った。僕のお気に入りは茂人さんもそうだって。茂人さんの腕の中の逞しさや、良い匂い、甘い唇を知ってしまった僕は、もうこのドキドキがどんな鼓動なのか解らされてしまった。


僕はそんな気持ちを見透かされたくなくて、顔を背けると先に立って目の前を凄いスピードで泳ぐペンギンを見つめた。あんな地上ではヨタヨタしてるのに、水中では鬼速いペンギンの泳ぎは、僕みたいだと思った。

僕も慣れない感情にふらついているけど、身体は正直だ。凄まじい勢いで走り出している。僕は後ろからのんびり近づいてきた茂人さんを振り返ると、苦笑して言った。


「茂人さんが本気出したら、僕は直ぐに陥落しそうです。でも雰囲気に流されたくないんです。…僕が茂人さんと離れる事を決めたのってキッカケがあるんですよ。

街中で素の茂人さんを見かけて、茂人さんが僕の前で無理してるんだって感じたんです。僕、茂人さんに無理して欲しくない。そんな偽りの関係を終わらせるために、茂人さんから離れたんですから。」






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

渇望のレノ、祝福の朝

雨水林檎
BL
首都から遠く離れた静かな田舎町で、レノは唯一の診療所の医師として働いていた。かつての事情により、彼はもう過去を捨て孤独に生きる決意をして日々を送っていたが、ある雨の朝診療所の前に座り込んでいた、記憶喪失の男を拾う……。 ファンタジーBL、多少の体調不良描写があります。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

いつか愛してると言える日まで

なの
BL
幼馴染が大好きだった。 いつか愛してると言えると告白できると思ってた… でも彼には大好きな人がいた。 だから僕は君たち2人の幸せを祈ってる。いつまでも… 親に捨てられ施設で育った純平、大好きな彼には思い人がいた。 そんな中、問題が起こり… 2人の両片想い…純平は愛してるとちゃんと言葉で言える日は来るのか? オメガバースの世界観に独自の設定を加えています。 予告なしに暴力表現等があります。R18には※をつけます。ご自身の判断でお読み頂きたいと思います。 お読みいただきありがとうございました。 本編は完結いたしましたが、番外編に突入いたします。

処理中です...