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レンタル彼氏の茂人さん

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少し呆然とした様に見える茂人さんにお辞儀をした僕は、足早に駅へと向かった。月に一度、必ず会って話していた茂人さんと二度と会えなくなると思うと、想像したよりも苦しさを感じた。

お金で繋がっていた僕と茂人さんの関係は、他の人から見たら歪なものかもしれない。けれど1年前の僕には、沈んでいく泥沼の中から差し伸べた手が掴む、命のツルだったんだ。


感染症が蔓延したこの世の中で、地方から都会の大学へと入学した僕を待っていたのは、想像を絶する孤独だった。リモートとは名ばかりの、豆粒の様な画面の奥のクラスメイトと、何でもない話をする機会などまるで無かった。

元々人見知りの僕は、同じ上京組の高校の同級生たちと最初こそ、連絡を取っていた。けれども、僕の仲良しが皆地元に残ってしまった事もあって、それぞれがサークルだ、バイトだと新しい環境に馴染んでいく様を見せつけられると、自然自分からメッセージグループと距離を取る様になってしまった。


結局誰とも話をしない日々が続いて、かと言ってアルバイトを探す気力も失ってしまった僕は、多分精神的に参り始めてしまったんだろう。そんな時にぼんやりネットを徘徊していて見つけたのがレンタル彼氏だった。そこに書いてあった売り文句に僕は心を掴まれてしまった。

『一緒に出掛けて、楽しい時間を約束します。』

楽しい時間。僕が最近全く手に出来ないものだ。僕は知らない女の子に気を遣わなくちゃいけなくなる様な、レンタル彼女には興味が無かった。それは考えただけで、自分の不甲斐なさに苦しくなりそうな気がしたからだ。


けれども、レンタル彼氏なら?きっと、男同士なら、一緒に遊びに行く感じで、なおかつ弱った僕に友達以上に優しくしてもらえるのかもしれない。それは友達に飢えていた僕には、随分魅力的に思えた。

僕はドキドキしながら、画面の中の彼氏一覧を眺めた。十人ほどのプロフィール画像を眺めながら、僕と歳の近い数人をピックアップした。その数人の中で、茂人さんが一番優しそうに微笑んでいた。僕はすっかり色々自信を無くしていたので、元気な感じの爽やか君よりも、癒しを感じられる茂人さんが一番良さげに思えた。


待ち合わせに現れた茂人さんは、少し驚きを隠せない表情で僕を見た。僕の名前は楓だから、男だなんて思わなかったんだろう。けれども茂人さんは僕ににっこり微笑んで言った。

「初めまして。茂人です。今日は楓君の行きたいところに行きましょう。ね?」


それから僕は月に一度茂人さんを予約した。一回二万円の散財は月一回が限界だったけれど、3回会う頃には、僕は自分自身が不安定で無いのが感じられた。同時に親の仕送りをレンタル彼氏に使うのも気が咎める様になって、僕は自分からアルバイトを探して、チェーン店のカフェで働く様になった。

茂人さんと今度何処に行こうかと考えるのも楽しかったし、アルバイトで稼ぐモチベーションにもなった。そんな生活をするうちに、バイト先でも話をする仲間が出来たり、大学も対面授業が開始されたりして顔見知りができて、以前の様な孤独はほとんど感じなくなった。


けれども茂人さんに会うのは、月一回だけだったけれど、やめられなかった。勿論お金で茂人さんが僕に笑いかけてくれることや、楽しい雰囲気を作ってくれているのは承知していたけれど、僕はまるで卵から孵った雛よろしく、茂人さんにしがみついていたんだ。

けれども、そんなうじうじした僕にも転機が訪れた。それはお洒落な街にバイトの仲間に連れられて出掛けた時のことだ。僕はそこで、街を歩く茂人さんを見掛けた。茂人さんは多分友人らと一緒だったんだろう。あの優しげな微笑みではなく、少し意地悪な表情で弾け笑っていた。

僕はその瞬間気づいてしまった。僕は茂人さんの時間を買っているお客さんなんだって。わかっていたはずなのに、分かっていなかった。僕にとって都合の良い、優しいお兄さんを演じてくれていた茂人さん。その事実に僕は打ちのめされた。


もう会うのはやめよう。そう思うのに、プロフィール画像の茂人さんを見つめると、思わず予約してしまう。そんな事が何度か続いた。流石の僕もこれ以上続けていたら、友達を金で維持する様な人間になってしまうと気がついて、終わりにすることにした。

茂人さんには関係がない事だけど、きっちり離別の言葉は伝えたかった。月一度の友達ごっこは僕には心地良かったけれど、もう自分の中で色々と潮時だった。







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