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独り
怪しい影
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部屋の灯りが中庭の手前を少し照らしているがその先は漆黒の闇だ。今夜は月も無いせいで、何も見えなくてゾッとする。魔法で灯りを灯しても良いけれど、不必要に使うのは迷いがある。
絵都は商人見習い。誰かが目の前にいるとすればそのコスプレを脱ぐ気はなかった。
じっと目を凝らしていると、不意にその暗闇の一部が動いて目の前に寄って来た気がした。思わず《壁》を作ったのはその闇が灯りさえ吸い込む底知れぬ闇に感じられたせいだろうか。
『…こ、やは…こ…、…しい…、…えはわ…、…だ。』
しわがれた人間とは思えないその声がすぐ側で聞こえて、絵都は息を呑んだ。あの窓際で絵都を掴んだ怪鳥の声と同じ音、そう思った瞬間絵都は杖を振って、目の前の闇に向かって鋭い光の剣を振り下ろした。
バチバチと凄まじいスパークが辺りに飛び散って、熱い火花が絵都のシャツを焦がした。その明るさの中に見えたのは背中を丸めた大きな男の様な影、そして見覚えのある絵都に粘りつく眼差しだった。
ドタドタと家の者達がやって来る足音に気づく前に、その暗闇を背負った男は揺めきながら消えていった。
「エド様!どうなさいましたか!?今の光は一体!?」
執事がエドの立っている窓際に駆け寄って来るのを手で制して、絵都はまだ油断無く中庭を見回した。あれほど暗いと感じていたその場所は、今は庭の木々やオブジェが部屋の灯りに照らされてぼんやりと輪郭を見せていた。
しかし火花の煙と焦げ付いた地面が見える。
絵都は用心深く部屋の中へと後退りながら中庭に続く扉を閉めると、改めて《壁》を仕掛けた。もし何者かが入り込もうとすればさっきの様なスパークが起きる強固なものだ。
丁度そこに大商人も慌てた様にやって来て、絵都は大商人と目で合図をすると一緒に部屋を出た。
「…詳しい話を書斎で聞こう。」
大商人の書斎に入った絵都は落ち着かない気持ちで部屋の中を歩き回りながら考え込んだ。大商人にどこまで話すべきだろう。だが、この屋敷全体に壁を作る必要があるから、ある程度は話しておく必要がある。
辛抱強く絵都が話し出すのを待っていた大商人の前に座った絵都は、思い切って口を開いた。
「この屋敷全体に《壁》の防御魔法をかけさせて下さい。実は2年前に僕は得体の知れないものに狙われました。今夜中庭で遭遇したのはまさしくそれと似ているものです。
闇を背負った大男、あるいは鳥の様な異形の魔物とでもいう様な…。」
黙って聞いていた大商人は、難しい顔をして顎に手を当てた。
「…異形の魔物?では魔力も高いのか?」
あの攻撃魔法で追い払ったものの手応えがなかったのを思い出して、絵都は頷いた。
「そうですね。僕とそう変わらないかもしれません。ですからこの屋敷に防御魔法かけたいのです。僕のせいで大商人達に迷惑をかけたくありません。」
「とは言えそれにはとんでもない魔力が必要になるだろうに。幾ら絵都が優れた魔法師と言えども…。」
絵都はズボンのポケットから虹色魔石を取り出した。さっき大商人と廊下を歩きながら作ったものだ。
「これを使って下さい。これを防御魔法に使えば、強い《壁》と同じ効果が期待出来ます。」
大商人は絵都から渡された虹色魔石を目の前に掲げて見つめると目を見開いた。
「…こんなに質の良いものは初めて見る。一体これは何処で手に入れたんだ、エド。」
絵都は誤魔化す様に笑うと、真面目な表情でもう一度大商人に頼んだ。
「必要ならまた用意しますから、それでこの屋敷の防御を上げて皆を守って下さい。奴が来ても弾け飛ぶ様に。」
絵都の真剣さに大商人はため息と共に頷くと、部屋の壁に掛かった小さなオブジェを取り外した。オブジェの裏に嵌っている黒い魔石を外すと、代わりに虹色魔石をはめ込んで、もう一度壁に取り付けた。
書斎の窓がさっきよりも明るく見える気がする。外の音も殆ど聞こえなくなった。取り敢えず防御力はアップしたのだろう。絵都がほっとして窓から離れると、大商人が絵都をじっと見つめているのに気がついた。
絵都は苦笑してもう一度ソファに座ると、大商人を見つめ返した。この抜け目ない眼差しを持つ初老の男は、出会った時から何くれとなく素性のわからない絵都を買い被って面倒を見てくれた。
苦笑した絵都はどこまで話すか決めきれないまま口を開いた。
「僕は独り立ちするために縁あってここにいます。元々はある方の元で世話になりながら魔法師の修行をしていたのです。…ただ僕の存在がその方の人生の邪魔になる気がして、思い切って家を出ました。
…それとは別に、先ほど中庭に居た何か得体の知れないモノに襲撃されたのは二度目なんです。怪鳥や、闇に繋がる異形なもの、力の強さを思えば魔物と言ってもいいかもしれませんが、人間の男にも思えるのです。
そいつの狙いは僕、あるいは僕の魔力なのかも…。でもなぜ二年も経って奴が現れたのか…。」
大商人に今夜の状況を説明しながら、絵都はあの粘りつく眼差しを思い出してハッとして顔をあげた。…まさか、そんな筈はない。ああ、でも確かに同じ眼差しだった。
僕を手に入れたいと絡みつく執着のあの目つき。あの男から逃げる様にバイト仲間の部屋を転々としていた記憶が蘇って来て、絵都は吐き気がして思わず口元に手を押し付けた。
僕がこの世界に引っ張られたのはあの男と関係があるのか?偶然で無くて必然だったとしたら?ああ、どういう事なんだ?
絵都は商人見習い。誰かが目の前にいるとすればそのコスプレを脱ぐ気はなかった。
じっと目を凝らしていると、不意にその暗闇の一部が動いて目の前に寄って来た気がした。思わず《壁》を作ったのはその闇が灯りさえ吸い込む底知れぬ闇に感じられたせいだろうか。
『…こ、やは…こ…、…しい…、…えはわ…、…だ。』
しわがれた人間とは思えないその声がすぐ側で聞こえて、絵都は息を呑んだ。あの窓際で絵都を掴んだ怪鳥の声と同じ音、そう思った瞬間絵都は杖を振って、目の前の闇に向かって鋭い光の剣を振り下ろした。
バチバチと凄まじいスパークが辺りに飛び散って、熱い火花が絵都のシャツを焦がした。その明るさの中に見えたのは背中を丸めた大きな男の様な影、そして見覚えのある絵都に粘りつく眼差しだった。
ドタドタと家の者達がやって来る足音に気づく前に、その暗闇を背負った男は揺めきながら消えていった。
「エド様!どうなさいましたか!?今の光は一体!?」
執事がエドの立っている窓際に駆け寄って来るのを手で制して、絵都はまだ油断無く中庭を見回した。あれほど暗いと感じていたその場所は、今は庭の木々やオブジェが部屋の灯りに照らされてぼんやりと輪郭を見せていた。
しかし火花の煙と焦げ付いた地面が見える。
絵都は用心深く部屋の中へと後退りながら中庭に続く扉を閉めると、改めて《壁》を仕掛けた。もし何者かが入り込もうとすればさっきの様なスパークが起きる強固なものだ。
丁度そこに大商人も慌てた様にやって来て、絵都は大商人と目で合図をすると一緒に部屋を出た。
「…詳しい話を書斎で聞こう。」
大商人の書斎に入った絵都は落ち着かない気持ちで部屋の中を歩き回りながら考え込んだ。大商人にどこまで話すべきだろう。だが、この屋敷全体に壁を作る必要があるから、ある程度は話しておく必要がある。
辛抱強く絵都が話し出すのを待っていた大商人の前に座った絵都は、思い切って口を開いた。
「この屋敷全体に《壁》の防御魔法をかけさせて下さい。実は2年前に僕は得体の知れないものに狙われました。今夜中庭で遭遇したのはまさしくそれと似ているものです。
闇を背負った大男、あるいは鳥の様な異形の魔物とでもいう様な…。」
黙って聞いていた大商人は、難しい顔をして顎に手を当てた。
「…異形の魔物?では魔力も高いのか?」
あの攻撃魔法で追い払ったものの手応えがなかったのを思い出して、絵都は頷いた。
「そうですね。僕とそう変わらないかもしれません。ですからこの屋敷に防御魔法かけたいのです。僕のせいで大商人達に迷惑をかけたくありません。」
「とは言えそれにはとんでもない魔力が必要になるだろうに。幾ら絵都が優れた魔法師と言えども…。」
絵都はズボンのポケットから虹色魔石を取り出した。さっき大商人と廊下を歩きながら作ったものだ。
「これを使って下さい。これを防御魔法に使えば、強い《壁》と同じ効果が期待出来ます。」
大商人は絵都から渡された虹色魔石を目の前に掲げて見つめると目を見開いた。
「…こんなに質の良いものは初めて見る。一体これは何処で手に入れたんだ、エド。」
絵都は誤魔化す様に笑うと、真面目な表情でもう一度大商人に頼んだ。
「必要ならまた用意しますから、それでこの屋敷の防御を上げて皆を守って下さい。奴が来ても弾け飛ぶ様に。」
絵都の真剣さに大商人はため息と共に頷くと、部屋の壁に掛かった小さなオブジェを取り外した。オブジェの裏に嵌っている黒い魔石を外すと、代わりに虹色魔石をはめ込んで、もう一度壁に取り付けた。
書斎の窓がさっきよりも明るく見える気がする。外の音も殆ど聞こえなくなった。取り敢えず防御力はアップしたのだろう。絵都がほっとして窓から離れると、大商人が絵都をじっと見つめているのに気がついた。
絵都は苦笑してもう一度ソファに座ると、大商人を見つめ返した。この抜け目ない眼差しを持つ初老の男は、出会った時から何くれとなく素性のわからない絵都を買い被って面倒を見てくれた。
苦笑した絵都はどこまで話すか決めきれないまま口を開いた。
「僕は独り立ちするために縁あってここにいます。元々はある方の元で世話になりながら魔法師の修行をしていたのです。…ただ僕の存在がその方の人生の邪魔になる気がして、思い切って家を出ました。
…それとは別に、先ほど中庭に居た何か得体の知れないモノに襲撃されたのは二度目なんです。怪鳥や、闇に繋がる異形なもの、力の強さを思えば魔物と言ってもいいかもしれませんが、人間の男にも思えるのです。
そいつの狙いは僕、あるいは僕の魔力なのかも…。でもなぜ二年も経って奴が現れたのか…。」
大商人に今夜の状況を説明しながら、絵都はあの粘りつく眼差しを思い出してハッとして顔をあげた。…まさか、そんな筈はない。ああ、でも確かに同じ眼差しだった。
僕を手に入れたいと絡みつく執着のあの目つき。あの男から逃げる様にバイト仲間の部屋を転々としていた記憶が蘇って来て、絵都は吐き気がして思わず口元に手を押し付けた。
僕がこの世界に引っ張られたのはあの男と関係があるのか?偶然で無くて必然だったとしたら?ああ、どういう事なんだ?
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