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侯爵家

不足時間

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 アルバートは焦りで顔を引き攣らせながら、自分と同様に床に顔をつけて目を皿の様にしている幼い弟と従者に囁いた。

「魔物は私の手より少し大きいくらいの若い男の人型だ。噛みついたりする様な凶暴さは無いと思うが、すばしっこいぞ。見つけたら教えてくれ。」

 二人はアルバートに緊張を滲ませた眼差しを向けて頷くと、それぞれ違う方向へと膝をついて進んで行った。アルバートもまた寝室の方向へ四つん這いになって注意深く視線を走らせた。

 夢の中で走り回っていた時の俊敏さを思えば、捕まえるのは相当難しい気がしてアルバートは顔を顰めた。

 どう考えてもアルバートの失敗だった。



 捕まえてから日が経つにつれて半透明の姿が実体化し始めた魔物は、鳥籠に入れてから5日目には完全に姿を現していた。小さな身体を微かに振動させながら安らかに眠り続ける小さな人型を見て、ロブリアス侯爵と侯爵夫人も驚きと喜びで目を輝かせた。

 一番喜んだのはアルバートの歳の離れた弟サミュエルで、彼は好奇心で目を輝せながら、用もないのに部屋に来て爪先だって鳥籠を覗き込んだ。

 鳥籠の中央で眠り込んだ姿が印象付けられていたせいで、姿が見えなくなった早朝、アルバートは焦りで早まってしまった。まだ7日間の僅か一刻足りない事を失念して。


 そんな後悔の中、ベッドの向こう側の暗がりに人並みの大きさの裸足の足の先が床に見えた。アルバートはその光景にギョッとして、立ち上がって恐る恐る覗き込んだ。

 そこには弟のサミュエルより少し年嵩の少年が倒れ込んでいた。鳥籠で丸まっていたあの魔物より若く見えるけれど、紛れもなく彼は同一人物に見える。床に横たわってぐったりとした様子に、アルバートは魔物が死んでしまったのではないかと恐怖した。


 アルバートは声を殺して部屋の二人に呼びかけた。

 「ここにいたぞ。」

 低くも鋭い囁きに、ハッとして顔を上げたサミュエル少年と従者の若者は顔を見合わせてアルバートの側に急ぎやって来た。

 その時既にアルバートは魔物の少年の手首にそっと触れていた。

「アルバート様!手を触れては危険です!」

 従者の心配を他所に、アルバートはブツブツと一人呟いた。

「…気絶しているのか?しかしどうしてこの様な姿なのだ。鳥籠から出たせいで身体が大きくなったとしても…。ああ、サム。魔物を私のベッドに寝かせる。用意しろ。」


 アルバートの命令にサムと呼ばれた従者は慌ててアルバートのベッドを整えた。意識のない魔物の少年を抱き上げたアルバートはベッドにそっと寝かせると、サムに託けた。

「父上達に伝言を頼む。魔物は実在化したが問題が起きたと。」

 急いで部屋を出ていく従者の足音を聞きながら、侯爵家兄弟はベッドの上に横たわった魔物の少年を呆然と見つめた。

「…兄上、この綺麗な魔物は死んでしまうのですか?」

 アルバートは険しい表情でため息をつくと首を振った。

「…分からない。気絶しているだけの様に思うが。脈を見たが落ち着いていたし、顔色も悪くない。ただ、随分痩せているな。見た目よりずっと軽い。」


 「…鳥籠の中の時より、若返ってますよね?」

 サミュエルはベッドに近寄るとまじまじと魔物の顔を覗き込んだ。アルバートはサミュエルを一歩下がらせて言った。

「念の為にあまり近寄るな。目が覚めたら襲い掛かってくるかも分からない。夢の中ではまるで私達とそう変わらない様子だったが、実在化したら変化があるかもしれないからな。」

 そう言いつつも、アルバートはこの魔物は逃げ出そうとするかもしれないが、噛みついてくる様な事はないだろうと確信していた。5回の夢の中で、魔物と過ごしたアルバートがその手の緊張感を一切感じなかったせいもあるし、目の前の魔物が酷く弱々しく儚げだったせいもあった。


 それからひとしきりの騒がしさの後、やはり魔物は眠っているだけだという事が分かって、アルバートは不安と興奮の侯爵家の面々に言った。

「とにかく私がこの魔物の主には違いませんから、目が覚めるまで側についていようと思います。」

 そうは言っても心配した侯爵に、従者を一人部屋に残すという条件で、アルバートが魔物に付き添って目を覚ますのを待つ事を許された。そうして太陽が斜めに傾く頃、ベッドの上の魔物は呻き声と共にガバリと起き上がった。

 そして思わず椅子から立ち上がったアルバートと従者を見つめて魔物は呟いた。

「…なんだ、夢か。…夢、ですよね?」



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