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変わるもの、変わらないもの

篤哉side俺の記憶

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「強く頭を打ったせいで、記憶の一部が欠けているようです。脳の機能自体は大丈夫そうですね。」

個室のベッドサイドで、ドクターが両親に説明している。珍しく、下の姉さんまで顔を見せていた。俺はさっきまでの検査や、ドクターとのやり取りですっかり疲れ切っていて、ぼうっとしながらベッドサイドに集まる家族の様子を見ていた。

俺はどこか家族の様子が落ち着かないのに気づいた。何か言いたげなその様子に、俺は父さんに目を向けた。


「…篤哉、私に何か聞きたいことはあるか?お前は事故に遭ったんだ。もう一週間にもなる。交差点で信号無視のトラックがお前の車にぶつかった。

幸いお前は、重傷だが命に別状は無かったが…。事故の事や、…他のこと、覚えていないのか?」

父さんがなぜ緊張感を滲ませているのかは、分からなかった。俺の返事がどうも大事みたいだ。でも、俺には答えられることは何も無かった。


「…俺、何も覚えてないんだ。…事故の事も。一週間も前なのか?…車を運転してたなら、何処へ行こうとしてたんだろう。全然覚えてない…。

そうだ、俺が入院してるって事、涼介たちに伝えてくれる?」

母さんが、何故か目を潤ませながら俺に言った。

「篤哉、…理玖くんの事、覚えてないの?」


俺はしばらくフリーズした。自分がまるでロボットになったような感じだった。りくくん?何だろう。俺はその言葉に引っ掛かったけれど、何も浮かばなかった。

けれど何故かドキドキと心臓が速くなった。俺は胸に手を押しつけて声を絞り出した。何だか苦しかった。

「…りくくんて?誰かの名前?…俺の知ってる人?分からない…。何も思い出せないんだ。…でもその名前…。胸が痛い。あれ…。俺何で涙出てるんだ?」


俺は自分の頬から首に雫が落ちたのに気づいた。自由な方の指先で顔をなぞると次々に涙がこぼれ落ちてきていた。俺は家族の前でみっともない気がして、恥ずかしくなって呟いた。

「…事故で情緒不安定なのかな。ごめん。心配掛けて…。母さん、そんなに泣かないで。俺、死んでないでしょ?」

途端に母さんは嗚咽を上げながら、部屋を飛び出して行った。


母さんの後を追いかけるように、今日も顔を出してくれていた姉さんも部屋を出て行った。俺は呆然とその後ろ姿を見送りながら思った。俺も母さんも情緒不安定が過ぎる…。

目の前で父さんがドクターに尋ねた。

「ドクターの言い分も分かりますが、私は、篤哉の記憶が混乱しようと理玖君の事を伝えた方が良いと思います。いや、篤哉は知らなくてはいけない。私から話しますが宜しいですか、ドクター。」


ドクターは俺を痛ましいものでも見るような眼差しで見つめると、お任せしますと言って部屋を出て行った。俺はなぜか知ってはいけない事を伝えられる気がして、急に具合が悪くなってきた。

俺は父さんが話し始めた内容に頭が混乱して、ますます気分が酷くなった。意識がぼんやりしてくると、父さんが俺の名前を呼びながらナースコールのボタンを押した気がした。




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