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寄せては返す波のように
マリエッタの事情
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「貴女がこんな隠し玉を持っていたなんてね。私は醜聞まみれの貴女のせいで随分嫌な思いをしたというのに、貴女はこんな生活を手に入れるなんて、私に何かひと言あってもよろしくはなくて?」
そう言って、年齢を重ねても美しい顔を苦々しく引き攣らせた。義母のマリエッタとは冷たく型通りの挨拶しか交わした事が無かったので、庭園に散策に行こうと誘われた時は嫌な予感がしたのだ。
「お義母様…。弟のために伯爵家へ嫁いで下さったのは良く分かっております。私のせいで、お義母様が嫌な思いをしたのですか?」
お義母様はジロリと私を冷たく睨んで言った。
「私も好きで貴女の様に結婚前に身籠もる様な、はしたない娘の居る伯爵の所へ嫁ぐ気なんて無かったわ。兄の伯爵の領地運営の失敗で、沈む泥舟に乗り続ける訳にはいかなくてしょうがなく後妻に入ったのですもの。そうじゃなかったら…。」
そう言って顔を背けるマリエッタの表情にはいつもと違う、冷たいだけではない苦悩を感じた。だからと言って私も何をこれ以上言うべきかも解らずに、目の前の白薔薇が風で花びらを散り落とすのをマリエッタと眺めた。
「…本当に忌々しい。ここでも白い薔薇だなんて。貴女のお父上はこの時期毎日必ず白薔薇の前で佇んで居た。一緒に暮らせば伯爵は普段花など興味もないって分かるわ。私は直ぐにそれが亡くなった貴女のお母様の愛した白薔薇だと言うことに気づいたの。
伯爵は私に優しくしてくれるわ。でもそれだけ。私には情熱の眼差しを向けては下さらない。なのに貴女のことで当て擦りを言われて嫌な思いをした私が手に入れられないものを、貴女がのうのうと受け取っているのが許せないのよ。」
私にはマリエッタが何の事を言っているのか分からなかった。眉を顰めてマリエッタを見つめていると、マリエッタは苦しそうに目を閉じて呟いた。
「王弟閣下が貴女に向ける眼差しは、誰がみても居た堪れないくらいのものだわ。女なら誰でも望むもの…。私には手に入らないものよ。いくら白薔薇を抜こうと伯爵は何も言わなかった。私の嫉妬さえ受け止めて下さらない。私は伯爵が未だ愛する亡き夫人と同じ色の貴女を見る度に辛い気持ちになるわ。」
そうひび割れた声で言うと、マリエッタは踵を返して庭園から城へ一人戻って行った。私は今マリエッタが言った事をもう一度なぞっていた。マリエッタはお父様に愛されたいと言ったのかもしれない。
貴族の体面のために決められた婚姻だったのはもちろんマリエッタも承知の上だろう。美しいマリエッタが30歳を過ぎて未婚だった理由は家の事情だったのだわ。
白薔薇…。お父様は未だに亡きお母様を愛しているんだわ。けれども今の私には、マリエッタの心の苦悩はまるで他人事では無かった。私もまた愛のない契約結婚をしたのだから。
私は落ちたばかりの白薔薇の花びらをかがみ込んで拾い上げた。肉厚な匂い立つ花びらは遠くで見るよりもしっかりしていて、存在感がある。遠目で見る幻想的な儚さは手の中には感じられなかった。
結局さっきのマリエッタの言い草ではないけれど、はたから見れば私とヴィンセントも愛し合っている様に見えるのかもしれない。それは皆が私達の飾り立てられた恋の物語を通して見てるせいも有るだろうし、結局本当の所は他人には分からないものなんだわ。
ふと顔を上げると、ヴィンセントとテオが手を繋いで此方へ向かって来るのが分かった。その二人の姿に胸を締め付けられて私は息苦しいほどだった。
私達が表面的に幸せそうな家族になればなるほど、満たされない苦しみが増す様だった。私はマリエッタとまるで同じだわ。愛に焦がれて苦しんでいる。
「…エリザベス、お義母上に何か言われたのかい?」
そう心配そうに私を見つめるヴィンセントの瞳に、私は自分が欲しがるものを見つけられないのを知るのが怖くて目を逸らすと、首を振ってテオに微笑んだ。
「いいえ、お義母様はあまり白い薔薇が好きではないんですって。白薔薇は私のお母様の愛した花ですもの、あまりいい気はしないのでしょうね。お父様もお義母様をもう少しちゃんと見て差し上げたら良いのでしょうけど。」
そう言うと、ヴィンセントは少し考え込んでから、舞い散る白い花びらを掴もうとはしゃぐテオを見つめながら言った。
「…伯爵は彼女の事を充分考えている様に見えるが。」
私は何となくヴィンセントからそんな言葉を聞きたくなくて、口調を強めて言い返した。
「優しくする事など何の意味もないのですわ。女は愛する殿方に一途に求められたい、愛されたいと願うものですもの。」
そう言って、それはまるで自分の心の葛藤を言ってしまった事に気づいた私はハッとして口に手をやった。そして取り繕う様に言い続けた。
「だから、マリエッタがお母様そっくりの私を好きになれなくてもしょうがないと思いますの。私を見る度に報われない愛を感じるのでしょうから。」
私は視線を感じてヴィンセントを渋々見上げた。何を考えているのか分からないヴィンセントは私に何か聞きたそうに、探る様に私を見つめた。
私はヴィンセントが何と言うのを待っているのかしら。自分では何も言わずに望むだけなんて私は何て狡いのかしら。張り詰めた空気はふいに霧散した。テオが私のドレスに抱きついて明るい笑顔で私を見上げた。
「おかぁちゃま?テオ、おなかちゅきまちた。」
そう言って、年齢を重ねても美しい顔を苦々しく引き攣らせた。義母のマリエッタとは冷たく型通りの挨拶しか交わした事が無かったので、庭園に散策に行こうと誘われた時は嫌な予感がしたのだ。
「お義母様…。弟のために伯爵家へ嫁いで下さったのは良く分かっております。私のせいで、お義母様が嫌な思いをしたのですか?」
お義母様はジロリと私を冷たく睨んで言った。
「私も好きで貴女の様に結婚前に身籠もる様な、はしたない娘の居る伯爵の所へ嫁ぐ気なんて無かったわ。兄の伯爵の領地運営の失敗で、沈む泥舟に乗り続ける訳にはいかなくてしょうがなく後妻に入ったのですもの。そうじゃなかったら…。」
そう言って顔を背けるマリエッタの表情にはいつもと違う、冷たいだけではない苦悩を感じた。だからと言って私も何をこれ以上言うべきかも解らずに、目の前の白薔薇が風で花びらを散り落とすのをマリエッタと眺めた。
「…本当に忌々しい。ここでも白い薔薇だなんて。貴女のお父上はこの時期毎日必ず白薔薇の前で佇んで居た。一緒に暮らせば伯爵は普段花など興味もないって分かるわ。私は直ぐにそれが亡くなった貴女のお母様の愛した白薔薇だと言うことに気づいたの。
伯爵は私に優しくしてくれるわ。でもそれだけ。私には情熱の眼差しを向けては下さらない。なのに貴女のことで当て擦りを言われて嫌な思いをした私が手に入れられないものを、貴女がのうのうと受け取っているのが許せないのよ。」
私にはマリエッタが何の事を言っているのか分からなかった。眉を顰めてマリエッタを見つめていると、マリエッタは苦しそうに目を閉じて呟いた。
「王弟閣下が貴女に向ける眼差しは、誰がみても居た堪れないくらいのものだわ。女なら誰でも望むもの…。私には手に入らないものよ。いくら白薔薇を抜こうと伯爵は何も言わなかった。私の嫉妬さえ受け止めて下さらない。私は伯爵が未だ愛する亡き夫人と同じ色の貴女を見る度に辛い気持ちになるわ。」
そうひび割れた声で言うと、マリエッタは踵を返して庭園から城へ一人戻って行った。私は今マリエッタが言った事をもう一度なぞっていた。マリエッタはお父様に愛されたいと言ったのかもしれない。
貴族の体面のために決められた婚姻だったのはもちろんマリエッタも承知の上だろう。美しいマリエッタが30歳を過ぎて未婚だった理由は家の事情だったのだわ。
白薔薇…。お父様は未だに亡きお母様を愛しているんだわ。けれども今の私には、マリエッタの心の苦悩はまるで他人事では無かった。私もまた愛のない契約結婚をしたのだから。
私は落ちたばかりの白薔薇の花びらをかがみ込んで拾い上げた。肉厚な匂い立つ花びらは遠くで見るよりもしっかりしていて、存在感がある。遠目で見る幻想的な儚さは手の中には感じられなかった。
結局さっきのマリエッタの言い草ではないけれど、はたから見れば私とヴィンセントも愛し合っている様に見えるのかもしれない。それは皆が私達の飾り立てられた恋の物語を通して見てるせいも有るだろうし、結局本当の所は他人には分からないものなんだわ。
ふと顔を上げると、ヴィンセントとテオが手を繋いで此方へ向かって来るのが分かった。その二人の姿に胸を締め付けられて私は息苦しいほどだった。
私達が表面的に幸せそうな家族になればなるほど、満たされない苦しみが増す様だった。私はマリエッタとまるで同じだわ。愛に焦がれて苦しんでいる。
「…エリザベス、お義母上に何か言われたのかい?」
そう心配そうに私を見つめるヴィンセントの瞳に、私は自分が欲しがるものを見つけられないのを知るのが怖くて目を逸らすと、首を振ってテオに微笑んだ。
「いいえ、お義母様はあまり白い薔薇が好きではないんですって。白薔薇は私のお母様の愛した花ですもの、あまりいい気はしないのでしょうね。お父様もお義母様をもう少しちゃんと見て差し上げたら良いのでしょうけど。」
そう言うと、ヴィンセントは少し考え込んでから、舞い散る白い花びらを掴もうとはしゃぐテオを見つめながら言った。
「…伯爵は彼女の事を充分考えている様に見えるが。」
私は何となくヴィンセントからそんな言葉を聞きたくなくて、口調を強めて言い返した。
「優しくする事など何の意味もないのですわ。女は愛する殿方に一途に求められたい、愛されたいと願うものですもの。」
そう言って、それはまるで自分の心の葛藤を言ってしまった事に気づいた私はハッとして口に手をやった。そして取り繕う様に言い続けた。
「だから、マリエッタがお母様そっくりの私を好きになれなくてもしょうがないと思いますの。私を見る度に報われない愛を感じるのでしょうから。」
私は視線を感じてヴィンセントを渋々見上げた。何を考えているのか分からないヴィンセントは私に何か聞きたそうに、探る様に私を見つめた。
私はヴィンセントが何と言うのを待っているのかしら。自分では何も言わずに望むだけなんて私は何て狡いのかしら。張り詰めた空気はふいに霧散した。テオが私のドレスに抱きついて明るい笑顔で私を見上げた。
「おかぁちゃま?テオ、おなかちゅきまちた。」
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