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私の運命

恋人たちの悩み

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 「今夜は泊まっていくだろう?」

 会社の廊下ですれ違い様耳元で囁かれた言葉に、私は瞬時に熱くなってしまった。そんな私をクスッと笑って振り返りもせずに歩き去る征一を睨みながら、それでも私の口元はにやけてしまう。

 周囲には誰も居ないことを確認してのささやきだけど、心臓に悪い。まったく。

 私たちが付き合いだしてから、週末は征一の部屋で過ごす事がほとんどだった。最近では一緒に住めば良いのにと言い出す征一に押され気味だ。

 確かに従姉妹の美波は海外旅行へ一緒に行った彼と婚約して同棲中だし、あの広い部屋で一人で住むのはコスパが悪い。美波からは半年分の折半分の家賃を預かっているので、その期間の猶予はあるけど。

 あとは私の心ひとつなんだけど。実際結婚を前提で付き合ってるし迷うことはないのかもしれない。でも同棲?うーん。


 「ねぇ、眉間に皺だよ?」

 そう言って社員専用レストランの前の席に座ってきたのは、仲良しの翼だった。翼は相変わらず男友達が沢山居て、一人に決めきれていないみたいだけど、私はちょっと聞いてみたかった。

「翼はさ、同棲ってどう思う?」

 翼はニヤっと悪い顔をして、私の顔を寄せると声を顰めてささやいた。

「なに、そんな話になってるの?でもなんか意外だな。美那って結構形式とか大事にするタイプだと思ってたからさ、結婚前に同棲はしないと思ってた。」

 私は迷ってた部分に切り込まれた気がして思わずため息をついた。


 「多分、私も決断できないのはそれなんだと思う。一緒にいたいけど、だったら結婚で良いんじゃないかなって。同棲って、結局恋人としてのいいとこ取りで、責任がないっていうか…。別に彼がそうだってわけじゃないけどね?」

 翼は大きく頷くと、クリームソーダのアイスクリームをたっぷりすくって私に差し出して言った。

「はい、アーン。ね、今言ったこと話してみたら?私、美那の彼氏様は貴方と結婚したがってる気がするんだけどな。なんで同棲って話が出てるのか分かんないけど。同棲しようって?」

 私は首を傾げて言った。

「週末はほとんどあっちの家で過ごしてるんだけど、どうせなら一緒に住めば良いのにって言うから…。」


 翼はクリームソーダの泡を眺めながら、私をチラッと見て言った。

「なんかちょっと意思の疎通が出来てない気がするな。はっきり話し合ってみたら?ああ、私もそんな感じで悩みたい!いい加減みんなのアイドルはやめて、一人と真剣に付き合おうかなぁ。

 誰か強引に私をさらってくれたら良いのに!」

 そんな事を言いながら、強引な男はいけ好かないって言いそうな翼に苦笑して、私は征一と今週末話をしようと思った。


 その週末、私は落ち着かない気持ちで征一のマンションのエントランスに立っていた。今日は金曜日で一度家に帰ってから着替えを持ってから訪れた。

 夕食を食べるには少し遅くなったので、手土産にデパートのデリをいくつ持参している。最近料理にはまっている征一は簡単なものなら作るので、珍しい食材のものを選んできた。

 オートロックのチャイムを押すと、明るい声で入ってと征一の声が響いて、カチリと鍵が開いたのが分かった。私は自分のバックに入っている合鍵の存在を何となく気にしながら征一の部屋の前まで歩いて行った。

 ガチャリと目の前でドアが開いて、柔らかな表情で征一が私を迎えた。

「おかえり。電車混んでなかったかい?」


 そう言って、私の腰を引き寄せて唇に甘やかにキスした。いつも繰り返される征一の挨拶なのに、私はどうしても慣れない。前ほど身体は強張らなくなったけれど、それでも気恥ずかしい。

 そんな私をやっぱりいつもの様にクスッと笑って、征一は私からバックを引き取ると先に中へ入るようにエスコートしてくれた。それから征一の用意した簡単なパスタと私の買ってきたデリで夕食を済ませて、ソファに落ち着いているのだけど…。


 私は目の前の白ワインをコクリと飲むと、隣に座ってきた征一に話しかけた。

「あのね、征一さんにちゃんと聞いておきたいことがあって。…前に、一緒に住めばいいって言ってたでしょう?それって同棲ってこと?」

 私の質問に征一は目を細めて、私の真意を探っている様子だった。そして、ボソッと言った。

「…美那がどう受け取るか、もっと私が気をつけなければいけなかったみたいだね。私が意味したのは、同棲じゃないよ。私も随分うっかりしてたみたいだ。自分の中ではもうそれが前提だったから。」


 そう言うと、立ち上がってキャビネットから小さな黒い箱を取り出した。そしてそのまま私の側にひざまづいて言った。

「美那、私と結婚してくれないか。私としては、もうすっかり美那と婚約してる勢いだったのだけど、ちゃんとしないとダメだったね。どうも気が焦ってしまって。

 本当はもっとちゃんとカッコつけてやりたかったけど…。結婚してくれる?」

 そう真っ直ぐに私を見つめる征一の顔と、差し出された箱の中に光るダイヤモンドの指輪を交互に見て、私は喉の奥が詰まって言葉が出なかった。

 コクコクと頷くと、私はかろうじて口を開いた。

「はい。私、征一さんと結婚します。」









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