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公私混同は禁止
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私は電話が繋がることを望んでいたのだろうか?それとも…。
『はい。美那かい?電話くれたの初めてじゃないか?』
私は征一の声を聞いて、さっきまで考えていた話の内容がどこかに流れていきそうな気がして、慌てて姿勢を正すと咳払いして言った。
「あの、お願いがあるんです。」
しばらくの沈黙の後、征一は口火を切った。
『…電話より直接会って話した方が良いんじゃないかな。とは言っても、なかなか忙しくてあれだけど。もし美那さえよければ、今から会わないか。この時間で車だったら15分有ればマンションまで行けるけど。』
私は時計を見た。10時前だ。私はすっかり寝支度をしてしまったけれど、10分有れば着替えられるだろう。話だけなら車の中でも良いし。直接話した方がいいかもしれない。
私は承諾すると、急いで休日に着るとろみ系のリラックスワンピースを着た。化粧は今更するのは嫌だったし、リップクリームだけつけた。
下まで来たと連絡を受けて、ミニバックだけ手にしてマンションの一階へ降りていくと、征一が車に寄り掛って待っていた。
「すみません、お呼びたてしてしまって。」
征一は私をマジマジと見つめると、意外そうな顔をして言った。
「こうして見ると、会社の美那とは別人だって言っても信じられる。私の知ってる美那はどちらかと言うと目の前の美那だから。」
そう言って私の手を引き寄せると、助手席へ乗せられた。
「こんな時間に君の部屋に入るわけにいかないからね。もちろん招待されたら行くけど。従姉妹も帰ってきたんだろ?」
悪戯っぽい表情で私を試す様な事を言う征一に、私は馬鹿正直に話してしまった。
「美波?美波は帰ってきたんですけど、旅行へ一緒に行った彼氏の所に入り浸りなんです。そんな事より、あの、社食の件。あれのお陰で私困った事になってて。お願いですから、私と面識がないフリをして下さい。
大体、うちの会社に異動してくるとか事前に言ってくれたら良かったのに…。人事の事なので言えないのは分かってるんですけど。でも愚痴くらいは聞いてくれないと、やってられないんです。」
征一は面白そうな顔をして私を見つめると言った。
「いや、私も会社では知らぬ存じぬにしようと思ってたさ。でも美那が凄く寂しそうにしてたから、つい構ってしまったんだ。あの後、課長が凄く色々聞きたそうな顔してるのに、全然聞いてこないのが面白かったな。ハハハ。」
目の前でハハハと気楽に笑う征一に、私は呆れるやら憎たらしく思うやらで、思わず口が尖ってしまった。
「私が何て言われてるか知らないから、そんなに呑気に笑ってられるんです…。女子社員たちが私の事、裏で媚びてるだの、ビッチだの言いたい放題なんですよ。それもこれも、あんな風に貴方が絡んできたせいです。放っておいてくれたら良かったのに…。」
征一は私の方を向くと、俯いていた私の顎を掴んで自分の方に向けると真っ直ぐに見つめて言った。
「私だって、初対面のフリをしようとしたんだ。美那を巻き込みたくなかったからね。でも、美那を見る他の男性社員たちの目つきが気に入らなかった。私は美那の彼氏だからね。仮だけど…。美那は自分の事分かってないんだってよく分かったんだ。放って置けないだろ?」
私は顔を逸らすことも許されないで、征一の言った言葉を噛み締めていた。あれってワザとやったっていうの?他の社員から牽制するために?私には分からなかった。他の社員がどんな眼差しを私に向けてるというのだろう。
真っ直ぐ見つめてくる征一の瞳に呑み込まれそうな気持ちがして、私はぱっと目を逸らした。
「…美那。」
私の名前を呼ぶ征一の声が妙に甘い気がして、私は急に心臓がドキドキと暴れ始めるのを感じた。私は目を逸らし続けながら征一に答えた。
「…何ですか。手を離してください。」
「嫌だと言ったら?」
私は、いつもなぜこんなに心揺さぶられるのかと腹が立ってきて、征一と目を合わせた。さっきまでの甘やかな眼差しは、今や猛々しい男の眼差しになっていて、私は頭の奥が痺れる様な、どうしようもない言いようの無い気持ちを持て余した。
「美那は無自覚に私を煽るから手に負えない。私のせいにして良いから逃げないで…。」
そう言うとゆっくり顔を寄せてきた。私はきっと逃げようと思えば逃げられたんだと思う。でもその瞬間は征一の細めた瞳に縫いとめられてしまって、ただ柔らかなその唇が重ねられるのを感じていた。
甘やかす様な、ついばむようなその唇は次第に忙しないものとなった。気づけば私はいつもの様に、征一の口づけに溺れてしまっていた。
私の口内を撫で回す分厚い舌が、ゾクゾクする様な、じっとしてられない様な甘い感覚をもたらして、私はどこか遠くで聞こえる甘やかなうめき声を聞いた。それが自分の声だと気づくのはずっと後の事だったけれど…。
『はい。美那かい?電話くれたの初めてじゃないか?』
私は征一の声を聞いて、さっきまで考えていた話の内容がどこかに流れていきそうな気がして、慌てて姿勢を正すと咳払いして言った。
「あの、お願いがあるんです。」
しばらくの沈黙の後、征一は口火を切った。
『…電話より直接会って話した方が良いんじゃないかな。とは言っても、なかなか忙しくてあれだけど。もし美那さえよければ、今から会わないか。この時間で車だったら15分有ればマンションまで行けるけど。』
私は時計を見た。10時前だ。私はすっかり寝支度をしてしまったけれど、10分有れば着替えられるだろう。話だけなら車の中でも良いし。直接話した方がいいかもしれない。
私は承諾すると、急いで休日に着るとろみ系のリラックスワンピースを着た。化粧は今更するのは嫌だったし、リップクリームだけつけた。
下まで来たと連絡を受けて、ミニバックだけ手にしてマンションの一階へ降りていくと、征一が車に寄り掛って待っていた。
「すみません、お呼びたてしてしまって。」
征一は私をマジマジと見つめると、意外そうな顔をして言った。
「こうして見ると、会社の美那とは別人だって言っても信じられる。私の知ってる美那はどちらかと言うと目の前の美那だから。」
そう言って私の手を引き寄せると、助手席へ乗せられた。
「こんな時間に君の部屋に入るわけにいかないからね。もちろん招待されたら行くけど。従姉妹も帰ってきたんだろ?」
悪戯っぽい表情で私を試す様な事を言う征一に、私は馬鹿正直に話してしまった。
「美波?美波は帰ってきたんですけど、旅行へ一緒に行った彼氏の所に入り浸りなんです。そんな事より、あの、社食の件。あれのお陰で私困った事になってて。お願いですから、私と面識がないフリをして下さい。
大体、うちの会社に異動してくるとか事前に言ってくれたら良かったのに…。人事の事なので言えないのは分かってるんですけど。でも愚痴くらいは聞いてくれないと、やってられないんです。」
征一は面白そうな顔をして私を見つめると言った。
「いや、私も会社では知らぬ存じぬにしようと思ってたさ。でも美那が凄く寂しそうにしてたから、つい構ってしまったんだ。あの後、課長が凄く色々聞きたそうな顔してるのに、全然聞いてこないのが面白かったな。ハハハ。」
目の前でハハハと気楽に笑う征一に、私は呆れるやら憎たらしく思うやらで、思わず口が尖ってしまった。
「私が何て言われてるか知らないから、そんなに呑気に笑ってられるんです…。女子社員たちが私の事、裏で媚びてるだの、ビッチだの言いたい放題なんですよ。それもこれも、あんな風に貴方が絡んできたせいです。放っておいてくれたら良かったのに…。」
征一は私の方を向くと、俯いていた私の顎を掴んで自分の方に向けると真っ直ぐに見つめて言った。
「私だって、初対面のフリをしようとしたんだ。美那を巻き込みたくなかったからね。でも、美那を見る他の男性社員たちの目つきが気に入らなかった。私は美那の彼氏だからね。仮だけど…。美那は自分の事分かってないんだってよく分かったんだ。放って置けないだろ?」
私は顔を逸らすことも許されないで、征一の言った言葉を噛み締めていた。あれってワザとやったっていうの?他の社員から牽制するために?私には分からなかった。他の社員がどんな眼差しを私に向けてるというのだろう。
真っ直ぐ見つめてくる征一の瞳に呑み込まれそうな気持ちがして、私はぱっと目を逸らした。
「…美那。」
私の名前を呼ぶ征一の声が妙に甘い気がして、私は急に心臓がドキドキと暴れ始めるのを感じた。私は目を逸らし続けながら征一に答えた。
「…何ですか。手を離してください。」
「嫌だと言ったら?」
私は、いつもなぜこんなに心揺さぶられるのかと腹が立ってきて、征一と目を合わせた。さっきまでの甘やかな眼差しは、今や猛々しい男の眼差しになっていて、私は頭の奥が痺れる様な、どうしようもない言いようの無い気持ちを持て余した。
「美那は無自覚に私を煽るから手に負えない。私のせいにして良いから逃げないで…。」
そう言うとゆっくり顔を寄せてきた。私はきっと逃げようと思えば逃げられたんだと思う。でもその瞬間は征一の細めた瞳に縫いとめられてしまって、ただ柔らかなその唇が重ねられるのを感じていた。
甘やかす様な、ついばむようなその唇は次第に忙しないものとなった。気づけば私はいつもの様に、征一の口づけに溺れてしまっていた。
私の口内を撫で回す分厚い舌が、ゾクゾクする様な、じっとしてられない様な甘い感覚をもたらして、私はどこか遠くで聞こえる甘やかなうめき声を聞いた。それが自分の声だと気づくのはずっと後の事だったけれど…。
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