御曹司の恋〜君は悪魔か天使か〜

公私混同は禁止

目の前の現実

　部長と部長代理の隣に立つ新しい異動者は、見間違いでなければ橘征一、その人だった。私は何だかドキドキと心臓がうるさくて、目の前の状況に整理がつかなかった。橘征一は日向コーポレーションの課長だったはずだ。それがなぜ…？

　営業部長がにこやかな表情で私たちを見回して言った。

「君達も聞いているかもしれないが、この部の良心とでも言うべき部長代理の柏木君が大阪支社に異動になりました。代わりに親会社のサクラコーポレーションから交換人事として橘君がその席を任されることになったので、皆よろしく頼みます。」


　柏木部長代理の異動の挨拶も私の頭を素通りして、私は呆然とこの謎解きの様な人事異動に思いを馳せていた。橘兄は日向コーポレーションの課長だったはずよね？なぜ、親会社からの交換人事になるの？私の疑問は直ぐに解決された。

　私達の前に立った橘兄はぐるりと部署を見回すと、その印象的なスパダリな風貌を見せつける様にひと呼吸置いて口火を切った。

「初めまして、橘征一と申します。私は最近まで日向コーポレーションで営業課長として仕事をしていました。そちらはサクラコーポレーションから出向していたので、元々はサクラコーポレーションの人間です。

　今回はこちらのサクラフーズへ色々勉強させていただきに参りました。色々教えていただくことがあると思いますが宜しくお願いします。」


　そう言うと、私には目もくれずにお辞儀をした。私は橘兄に何か合図でもされたらどうしようかと心のどこかで心配したのが馬鹿馬鹿しくなって、少し不貞腐れた気分で机に戻った。他の部署への挨拶へ向かった部長たちを見送っていた中川先輩が、私にささやいた。

「ねえ、想像以上だったわね。スペック高すぎよね。有能な上にあの見かけよ？かっこよすぎて引くレベルじゃない？もう、会社中独身女子が盛り上がっちゃうんじゃない？」

　私は口を尖らせて、中川先輩をチラッと見て言った。


　「先輩の彼氏さんの方が素敵ですよ。なんかあの部長代理って何考えてるかわからない感じで、きっと傲慢で嫌な奴に決まってます。」

　中川先輩は少し驚いた顔で私を見つめると、クスッと笑いながら言った。

「何だか、田辺さんがそんな毒を吐くのって凄く珍しいわよね？もちろん私のダーリンが一番だけど。ふふ、ありがとう。まぁ、これから仕事で関わりそうだから、あんまり先入観持たない方がいいかもね？」