上 下
23 / 59
親密さとは

野村さんは彼氏(仮)

しおりを挟む
 野村さんのお試し彼氏の提案に、私はポカンとしてしまった。

「…あ、あのそれってどうゆう事ですか?お試し…彼氏?」

 野村さんはちょっと気まずげに苦笑するとテーブルの上の私の手を握って言った。

「…本当はちゃんとした彼氏になりたいけど、まだ田辺さんが俺のこと、そこまで考えてくれてないって分かってるから。だからちょっとずつ田辺さんを俺の虜にしようって作戦な訳。一番は変に絡んでくるやつに、彼氏がいますって言えば撃退できるかなって思って。」


 そう言って、楽しげな顔で私を見つめた。私はどう対応して良いか分からなかったけれど、しばらくこうやって野村さんとデートするって事なのかな?と1人考えて頷いた。この時の私は、世の中には状況をちゃんと確認するっていう大人の振る舞いがあるって事に気づかなかった。

 野村さんは私が簡単に頷いたのを見て、ちょっと考え込んでいるみたいだったけれど、にっこり微笑んで言った。

「…じゃあ、今から俺が田辺さんの彼氏(仮)って事で。よろしくね。…付き合ってるのに田辺さんじゃアレだから、名前で呼んでもいい?俺のことは、裕樹って呼んで。…美那ちゃんって呼んでも良いかな?」

 私は急に野村さんがぐいぐい来たことに戸惑いながらも、なぜに彼氏(仮)になる事になったのかよく分からないまま、美那ちゃんと呼ばれる事になった。


 そして彼氏(仮)ならば当然なのか、海辺での散策中もずっと手を繋がれていた。別に嫌じゃないし、友達以上、彼氏未満でも手ぐらい繋ぐだろうし…。ふと、そういえばあのハーレム王は勝手に手を繋いだし、キスしたし、呼び捨てまでしたことを思い出した。

 私はチラッと野村さんの顔を見上げながら思った。この彼氏(仮)も、私にキスするだろうか。送ってくれた時に頬にキスしたくらいだし…。私がじっと見つめていた事に気づいた野村さんは、柔らかく微笑むとぎゅっと手を握り直して言った。


 「美那ちゃんがそうやって俺のことを意識してくれたなら、仮の彼氏になった甲斐があるってものだね。もっと俺のこと意識して、ドキドキして欲しいな。俺、今こう見えて心臓爆発しそうなんだ。恥ずかしくも。はは。」

 そう言ってはにかむ野村さんは、年上だけど可愛く感じた。駆け引きができない、男心の分からない私には、そうやって分かりやすくしてくれる野村さんは好ましく映った。私はその素直な気持ちのまま、言葉にした。

「裕樹さん、て私も呼びますね。これからよろしくお願いします。」

 裕樹さんのちょっと驚いた顔を見ながら、私はふふふと笑った。


 結局海辺で、夕日を眺めながら軽い夕食を摂って帰ったので、マンションに到着したのはすっかり遅くなってしまってからだった。マンションから少し離れた静かな場所に停めた車の中で、裕樹さんはぼそっと言った。

「…もう着いちゃった。あーでも何気に結構遊んだよね、今日。」

 そう言いながらシートベルトを外し、ニカっと笑った裕樹さんに釣られて、私もにっこり笑って言った。

「久しぶりに一日中海を楽しめて最高にリフレッシュできました。誘っていただいて良かったです。裕樹さんありがとうございました。」


 裕樹さんは胸を大袈裟に押さえてふざけて言った。

「ああっ!なんか美那ちゃんに俺の名前呼んでもらえる度に、ここが苦しくて死にそう!」

 私はクスクス笑って裕樹さんの胸に置いた手を押しながら言い返した。

「またまた、大袈裟なんだから!」

 するとさっきまでふざけていた裕樹さんは急に真面目な顔をして、私の手を自分の心臓に押し付けながらささやいた。


「…嘘じゃないよ。俺の心臓ドキドキしてるでしょ…?」

 私の手に伝わるのは、確かに裕樹さんの速い鼓動だった。急に車内の空気が薄くなった気がして、私まで心臓がドキドキし始めた。

 裕樹さんは握った私の手をグイッと引っ張ると自分の胸に私を抱きとめた。いつの間にこんなに近づいていたのか分からなかったけれど、確かに私は裕樹さんの鍛えられた胸の筋肉を感じていた。


 「俺、こんなに気が急いてるのは初めてなんだ。美那ちゃんが誰かに攫われちゃう気がして…、居ても立っても居られない。だから手が早いとか思わないで欲しい。…美那ちゃん。」

 そう私の名前を呼ぶと、顔を上げた私の唇に裕樹さんの暖かいしっとりした唇が柔らかく触れた。直ぐに離れたと思ったら、またついばむ様に唇は降りてきて、私はそのくすぐったい様な、私の気持ちを急かさない甘いキスを楽しんだ。裕樹さんが色っぽい眼差しで私を見下ろしてもう一度ささやいた。


「美那ちゃん…。」

 そう言って私にもう一度口づけると、私の下唇を喰んで軽く引っ張って、その先を強請った。私の気持ちに寄り添った裕樹さんのキスが心地よくて、私も裕樹さんの唇を喰むと、裕樹さんは柔らかく私の唇の間から濡れた舌を這わせてきた。気づけば私は裕樹さんと甘くてゾクゾクする様な大人のキスをしていた。

 私は意図せずに、翼の言う「野村さんともキスしてらっしゃいな』を実行してしまっていた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

溺愛なんてされるものではありません

彩里 咲華
恋愛
社長御曹司と噂されている超絶イケメン 平国 蓮 × 干物系女子と化している蓮の話相手 赤崎 美織 部署は違うが同じ会社で働いている二人。会社では接点がなく会うことはほとんどない。しかし偶然だけど美織と蓮は同じマンションの隣同士に住んでいた。蓮に誘われて二人は一緒にご飯を食べながら話をするようになり、蓮からある意外な悩み相談をされる。 顔良し、性格良し、誰からも慕われるそんな完璧男子の蓮の悩みとは……!?

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

可愛い上司

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
case1 先生の場合 私が助手についている、大学の教授は可愛い。 だからみんなに先生がどんなに可愛いか力説するんだけど、全然わかってもらえない。 なんで、なんだろ? case2 課長の場合 うちの課長はいわゆるできる男って奴だ。 さらにはイケメン。 完璧すぎてたまに、同じ人間か疑いたくなる。 でもそんな彼には秘密があったのだ……。 マニアにはたまらない? 可愛い上司2タイプ。 あなたはどちらが好みですか……?

処理中です...