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モテ期到来

橘弟はご機嫌

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 私が病室から顔を覗かせると、橘弟はベッドを起こしていて、一昨日より随分顔色が良く見えた。

「こんばんわ。」

 尚弥が私ににっこりと微笑んだ。うわ、この人って王子キャラだわ。王子のコスプレ似合いそう…。私が脳内で目まぐるしく似合いそうな王子キャラを思い浮かべていると、尚弥はクスクス笑って言った。

「見惚れてるのかい?」


 そう言って片手を差し伸べるので、私は慌てて尚弥の手を取った。尚弥は私をグッと引き寄せ得ると、私の唇に触れるだけとは言えないキスをした。私は思わず慌てて後ずさるとハッとして言った。

「…あ、あの、元気そうで嬉しいわ。顔色も随分良くなったみたい。」

 尚弥は私を見つめると、少し面白いものを見たと言うような顔をして微笑んで言った。

「ああ、今は随分調子が良いんだ。今夜、君が来てくれるのが楽しみで、昼間髭も剃ったんだ。」


 そう言って形の良い指先で顎を撫でながら、悪戯っぽく笑った橘弟は自分の魅力の魅せ方を良く知っている男だと思った。私はやっぱりこの男も、あの天敵の血筋だと少しため息が出る思いで苦笑すると、手に持っていたアロマスプレーの小さな袋を持ち上げて見せた。

「嫌いな香りじゃなければ良いのだけど。どうかしら?」

 そう言って、袋の中から悩みに悩んで選んだ、スッキリするグリーンベースに少しウッディとオレンジ系の甘さを感じるアロマスプレーを取り出した。そして自分の手首にスプレーして乾かすと、そっと尚弥の顔の前に手首を差し出した。


 尚弥は私の手を柔らかく掴むと、手首に鼻を触れて目を閉じると、ゆっくり息を吸った。

「…ああ、良い香りだ。俺の好きな匂いだ。」

 私はいつまでも手を離してくれない尚弥に手首の匂いをクンクン嗅がれるという、妙に親密な行為になってることに気づいた。私が手を引こうとしてる事に気づいた尚弥は、手を握ったまま、私を柔らかな眼差しで見上げて言った。

「ありがとう。使わせてもらうよ。…あの、君は今日は少し雰囲気が違うみたいだ。君の方が疲れて見えるね?」


 そう心配気に私を見つめるので、私は少し心が癒されて答えた。

「昨日食事会で少し飲みすぎてしまったの。それだけ。」

 答えてから、私は美波がお酒に強い事を思い出した。でも、男の前では酔ったふりをするのは常套手段とか豪語していたから、飲み過ぎたと言っても差し支え無かっただろうか。私が尚弥を窺うように見つめると、尚弥はにっこり笑って言った。

「君はお酒に弱かったものね。じゃあ、随分楽しいお酒だったんだね。誰と飲んだんだい?」


 橘弟の誰と飲んだのかと訊くその笑顔が、少し怖く見えたのは見間違いだろうか?私はまだ一向に離してくれる気のない、尚弥に握られた自分の手を見つめながら答えた。

「…仲良しの同僚に誘われて、異業種交流で知り合った人達と飲んだの。前から約束してたから断れなくて。」

 そう答えた私の手をゆっくりと指先でなぞりながら、目を伏せた尚弥は少し低い声でささやいた。

「…そっか。君を見て男たちが騒めいたのが見えるようだね。心配だな。君は素敵だし、初心だからあっという間にいいようにされそうで。」


 ええ、ほんとに。私はすっかり貴方に良いようにされてる気がします。私は橘弟の俯いた頭にそう心の中で呟くと、聞こえたわけではないだろうけど尚弥は急に顔を上げて、私に言った。

「ねぇ、キスしてくれないか。何だか急に心細くなってしまったんだ。身体中痛むし。…ダメかな?」

 そう言って、子犬のような顔で見上げた。私は少し逡巡した後、きっと美波なら喜んでするだろうと思い切って一歩近づくと、橘弟に触れるだけのキスをした。はずだった。キスした瞬間私はグッと引き寄せられて、尚弥に強い力で抱きしめられていた。


 唇に触れただけの少し冷んやり感じた尚弥の柔らかな唇は、あっという間に体温が混ざり合って熱く感じた。身体を引き剥がそうとしても、ベッドに引き寄せられた不安定な体勢で起き上がれなかったし、尚弥の腕の力は強かった。

 息ができなくて開けた唇の隙間から押し入ってきた尚弥の舌に、口の中をまさぐられるとすっかり力が抜けて私は尚弥が顔を引き剥がすまで成されるがままになってしまった。

 赤らんだ顔で尚弥が私の顔を見つめるのに気づくと、私はハッとして腕の中から慌てて起き上がった。私はふらふらとベッドから後ずさると、尚弥にしどろもどろに言い訳して飛び出すように部屋を後にした。


 何か言いたげな尚弥に何も言わせなかったのは大正解だった気がする。私にはあの場で冴えた会話を回す技術は無いのだから。私は小走りでエレベーターの前に立って、階層を教える点滅するランプを見つめながら開くのをじりじりと待っていた。

 待ちかねた扉が開くと目の前に、よりにも寄って橘兄が立っていた。私は降りて話しかけようとしてきた征一の横をすり抜けると入れ替わるようにエレベーター内へ入った。

 少し目を見張った征一の顔が閉じられるドアの向こうへ消える瞬間、2cmの隙間に征一の指が差し入れられたのは同時だった。







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