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モテ期到来
タクシーと眠気の顛末は
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やっぱりいつもよりお酒が入ってたみたいだ。私はいつの間にか天敵にタクシーに同乗させられていた。さっき断ったはずなのに、隣には黙って流れる夜景を見つめる橘征一がいた。
確か、乗り込む時に家まで送っていくって言ってた気がする。私は、ぼんやりと考えながら車内の静けさと規則的な揺れで、あっという間に睡魔の虜になってしまった。
「美那、着いたぞ。美那。」
私を呼ぶ甘い声が耳元できこえて、私は温かな心地良さから離れる事を嫌がって呟いた。
「…ん。まだ眠い…。」
もう一度私の好みの、甘い低めの声が耳元で囁かれた。
「…ほら、起きないと抱き上げて行く事になるぞ。」
…んん?抱き上げる?何の話?私は眠くてぼうっとする頭を振って、開かない目をゆるゆると開けた。目の前に橘征一の顔が覗き込んでいて、私はびっくりして時間が止まった。
「起きたか?美那のマンションに着いたんだ。すみませんが、ちょっとここで待っていて下さい。」
橘はタクシーの運転手にそう言うと、私の荷物と腕を掴んで車から引っ張り出した。車外に降りた途端、眠気と酔いで足元がふらついた私を呆れた様な顔で見た橘は、何かぶつぶつ言いながら私の腰に手を回して部屋の前まで連れていってくれた。
受け取った荷物から私がようやく鍵を探し当てると、サッと受け取ってドアを開けた。何も言わないでぼんやりしている私を一瞥すると、私を抱き上げてヒールを脱がせてリビングへ連れて行った。リビングでそっと下ろされた私は、目の前に橘兄がいる事にようやく違和感を感じた。
「…何で?」
橘兄は顔をクシャリと歪めるとしぶしぶと言った感じで、私のジャケットを脱がせながら言った。
「こんなになるまで飲むなんて呆れるぞ。お持ち帰りされても文句も言えないじゃないか。私はタクシーを待たしてるから、ちゃんとベッドで寝なさい。大丈夫か?…それとも私が寝かしつけてやろうか?」
私は橘兄から漂い始めた不穏な空気を感じて、急に眠気が晴れて行くのを感じた。
「だ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしました…。」
橘兄は一瞬躊躇した後、私をぎゅっと抱きしめて耳元で甘く囁いた。
「迷惑じゃない。…他の男の前でもこんなに無防備だと心配なだけだ。」
そう言うと、スッと離れて玄関まで足速に歩き去るとドアを閉めながら、リビングに立ち尽くす私に向かって言った。
「美那、ちゃんと鍵を閉めなさい。じゃあ、おやすみ。」
そう真面目な顔で言って、閉まる玄関ドアの向こうに消えた橘兄の遠ざかる足音を聞きながら、私はしばらく立ち尽くしていた。
今のは何だったんだろう。私はまだぼんやりする頭を振って、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出すと一気に飲んだ。口の端から馬鹿みたいに水が溢れて、私はセットアップのワンピースの胸元のシミを指で撫でた。
指を無意識に動かしながら、私はさっきの出来事を思い返していた。駅で腕を掴まれて、知らないうちにタクシーに乗せられたのはその通りだ。思いの外酔ってた私はぐっすり眠ってしまったようだ。
気づいたら家の中にあいつがいて、何か小言を言いながらジャケットを脱がせてた。それで何で抱きしめられていたんだろ。鍵閉めて寝ろっていわれた?
私は慌てて部屋の鍵を掛けて、玄関に散らかったヒールを見つめた。結局、酔っ払った私の面倒を見てくれたっぽい?あんな顔して世話焼きなのかも?…私のこと美那って呼んでた?私はもうこれ以上考えるのが限界になって、サッとシャワーを浴びるとベッドの住人となった。
翌朝、鈍く痛む頭を揉みながら、私は昨日の夜の事を考えていた。橘征一にお世話になったのは事実っぽい。頼んでないけど。最近のストレスで飲み過ぎたのは本当だ。そのストレスは全部橘絡みだからお世話してもらうのも当然かもね。なんて、太々しく生きられたら随分楽なのに。
「ありゃ、顔色悪いわね…。」
翼にまで指摘されてしまった。今日何人目だろうか。
「昨日、後から酔いが回っちゃって。私、結構酔ってたみたい?」
もしかしてお店でも醜態を晒したのだろうかと不安を感じた私に、翼は首を振ってそんなに酔った様には見えなかったと言った。私はみんなと別れた後の橘とのあれこれを、何となく話す気になれなくて黙り込んだ。
「あ、野村さんには連絡SNSで教えておいたからちゃんと返事してあげてね。結構相性いいと思うけどね。まぁ、気楽な気持ちで取り敢えず二人で会ってみたらいいんじゃない?」
翼のアドバイスに私は頷いて、野村さんの事を思い浮かべた。確かに優しくて大らかで、一緒に居たら癒されそうだった。あの傲慢な訳の分からない事ばかりする男と違って。
その日は何だか鬱々とした気分で過ごしたけれど、終業時間が近づくにつれて、益々気が滅入ってきた。今日はお見舞いに行くって橘弟に言ってしまっていたから、今更行かないとも言えない…。病人に冷たくするのは、私には難しいんだ。はぁ。
確か、乗り込む時に家まで送っていくって言ってた気がする。私は、ぼんやりと考えながら車内の静けさと規則的な揺れで、あっという間に睡魔の虜になってしまった。
「美那、着いたぞ。美那。」
私を呼ぶ甘い声が耳元できこえて、私は温かな心地良さから離れる事を嫌がって呟いた。
「…ん。まだ眠い…。」
もう一度私の好みの、甘い低めの声が耳元で囁かれた。
「…ほら、起きないと抱き上げて行く事になるぞ。」
…んん?抱き上げる?何の話?私は眠くてぼうっとする頭を振って、開かない目をゆるゆると開けた。目の前に橘征一の顔が覗き込んでいて、私はびっくりして時間が止まった。
「起きたか?美那のマンションに着いたんだ。すみませんが、ちょっとここで待っていて下さい。」
橘はタクシーの運転手にそう言うと、私の荷物と腕を掴んで車から引っ張り出した。車外に降りた途端、眠気と酔いで足元がふらついた私を呆れた様な顔で見た橘は、何かぶつぶつ言いながら私の腰に手を回して部屋の前まで連れていってくれた。
受け取った荷物から私がようやく鍵を探し当てると、サッと受け取ってドアを開けた。何も言わないでぼんやりしている私を一瞥すると、私を抱き上げてヒールを脱がせてリビングへ連れて行った。リビングでそっと下ろされた私は、目の前に橘兄がいる事にようやく違和感を感じた。
「…何で?」
橘兄は顔をクシャリと歪めるとしぶしぶと言った感じで、私のジャケットを脱がせながら言った。
「こんなになるまで飲むなんて呆れるぞ。お持ち帰りされても文句も言えないじゃないか。私はタクシーを待たしてるから、ちゃんとベッドで寝なさい。大丈夫か?…それとも私が寝かしつけてやろうか?」
私は橘兄から漂い始めた不穏な空気を感じて、急に眠気が晴れて行くのを感じた。
「だ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしました…。」
橘兄は一瞬躊躇した後、私をぎゅっと抱きしめて耳元で甘く囁いた。
「迷惑じゃない。…他の男の前でもこんなに無防備だと心配なだけだ。」
そう言うと、スッと離れて玄関まで足速に歩き去るとドアを閉めながら、リビングに立ち尽くす私に向かって言った。
「美那、ちゃんと鍵を閉めなさい。じゃあ、おやすみ。」
そう真面目な顔で言って、閉まる玄関ドアの向こうに消えた橘兄の遠ざかる足音を聞きながら、私はしばらく立ち尽くしていた。
今のは何だったんだろう。私はまだぼんやりする頭を振って、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出すと一気に飲んだ。口の端から馬鹿みたいに水が溢れて、私はセットアップのワンピースの胸元のシミを指で撫でた。
指を無意識に動かしながら、私はさっきの出来事を思い返していた。駅で腕を掴まれて、知らないうちにタクシーに乗せられたのはその通りだ。思いの外酔ってた私はぐっすり眠ってしまったようだ。
気づいたら家の中にあいつがいて、何か小言を言いながらジャケットを脱がせてた。それで何で抱きしめられていたんだろ。鍵閉めて寝ろっていわれた?
私は慌てて部屋の鍵を掛けて、玄関に散らかったヒールを見つめた。結局、酔っ払った私の面倒を見てくれたっぽい?あんな顔して世話焼きなのかも?…私のこと美那って呼んでた?私はもうこれ以上考えるのが限界になって、サッとシャワーを浴びるとベッドの住人となった。
翌朝、鈍く痛む頭を揉みながら、私は昨日の夜の事を考えていた。橘征一にお世話になったのは事実っぽい。頼んでないけど。最近のストレスで飲み過ぎたのは本当だ。そのストレスは全部橘絡みだからお世話してもらうのも当然かもね。なんて、太々しく生きられたら随分楽なのに。
「ありゃ、顔色悪いわね…。」
翼にまで指摘されてしまった。今日何人目だろうか。
「昨日、後から酔いが回っちゃって。私、結構酔ってたみたい?」
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