4 / 59
巻き込まれて
恋人のフリ
しおりを挟む
私は横たわった男にキスを強請られて一瞬固まったけれど、そういえばこの橘弟は帰国したばかりで、向こうの国の様式が染み付いてるに違いないと思った。私は多分引き攣りながらも微笑んで、尚弥の額と怪我をしてない方の頬にそっと口づけた。
尚弥は少しぼんやりと私を見つめていたけれど、口を尖らせて言った。
「唇にはしてくれないの?」
流石に今会ったばかりの尚弥の唇にキスするのは、なかなかのハードルだ。困った私の空気を読んで、後ろで様子を見ていた橘が口を挟んだ。
「おい、尚弥。私もここに居るんだ。あんまりイチャイチャするなよ。」
尚弥はチラッと橘を見ると悪戯っぽい顔で言った。
「兄貴こそ、恋人たちの邪魔するなんて無粋だぞ?」
そう言いながらも尚弥の顔はさっきよりも青褪めていて、私は尚弥の手を握りしめて言った。
「尚弥、目覚めたばかりでしょ?無理しちゃだめよ。しばらくここに居るからゆっくり眠って。ね?」
そう言っておでこを撫でると、尚弥は少し戸惑ったように見えたけれど、頷いて目を閉じた。私の手をぎゅっと握ったまま。
私は諦めて尚弥が眠るまで手を握っていようと思った。こんなに青褪めて、さっきは無理していたに違いない。階段から落ちて頭を打ったのは事実なのだ。
私は、元気だったらどんなに人を惹きつけるのだろうかと、まじまじと尚弥を見つめた。柔らかな印象なのは目尻にほくろがあるせいなのか、性格なのか。いかめしさの塊の兄、橘征一とは真逆の印象だった。
確かに美波の好きなタイプだ。しかも特別室に入院するくらいだからお金持ちなんだろう。益々美波のタイプだ。私は苦笑すると、苦しげに汗ばんだ額に落ちる髪を撫でて整えた。
「そうしてると、本物の恋人のようだな。」
妙に苛立った声で後ろから声を掛けてきたのは兄の橘だった。私は橘の方を向くと唇に指を当てて静かにする様に合図した。そのうち規則正しい寝息が聞こえてくると、手の力が弱まった。私はそっと自分の手を引き抜くとゆっくりと椅子から立ち上がった。
痛々しい尚弥を見下ろして、美波はなぜこの好青年を振ったのだろうかとしばし考え込んでいた。これからどうしたらいいのかと後ろを振り向いたが、橘の姿は無かった。私はもう一度尚弥がよく眠っているのを確認して、病室を出た。
エレベーターの方を見ると、丁度橘が両手にコーヒーを手にこちらへ歩いて来るところだった。
スラリとしたバランスの良い、いや、良すぎる恵まれた体格は沢山の人の目を惹きつけるだろう。それでいて、あの整った顔と甘いキス。思い通りにならない事なんてこの男には無いんだろうなと、私はぼんやり近づいて来る橘を見つめていた。
「何だい?見とれてるのか?」
ほんと、マジでムカつく男だ。私は美味しいと有名なテイクアウトのコーヒーを受け取りながら揶揄いにはスルーして言った。
「尚弥さんはぐっすり眠ってます。もう、私は帰っても良いですよね?」
橘は私をホールのちょっとしたカフェスペースへ連れ出すと椅子を引いて座らせた。
「ああ、良いよと言いたいところだが…。さっきの様子では、きっと君が居なくなったら大騒ぎしそうだ。多分潜在意識で君の従姉妹と別れたショックが残ってるんだと思う。
出来ればあと何度か見舞いに来てやってくれないか?その間に、記憶もハッキリしてきて尚弥も落ち着くだろうから。さっきみたいに安心して眠らせてあげたいんだ。どうだろうか?」
尚弥は少しぼんやりと私を見つめていたけれど、口を尖らせて言った。
「唇にはしてくれないの?」
流石に今会ったばかりの尚弥の唇にキスするのは、なかなかのハードルだ。困った私の空気を読んで、後ろで様子を見ていた橘が口を挟んだ。
「おい、尚弥。私もここに居るんだ。あんまりイチャイチャするなよ。」
尚弥はチラッと橘を見ると悪戯っぽい顔で言った。
「兄貴こそ、恋人たちの邪魔するなんて無粋だぞ?」
そう言いながらも尚弥の顔はさっきよりも青褪めていて、私は尚弥の手を握りしめて言った。
「尚弥、目覚めたばかりでしょ?無理しちゃだめよ。しばらくここに居るからゆっくり眠って。ね?」
そう言っておでこを撫でると、尚弥は少し戸惑ったように見えたけれど、頷いて目を閉じた。私の手をぎゅっと握ったまま。
私は諦めて尚弥が眠るまで手を握っていようと思った。こんなに青褪めて、さっきは無理していたに違いない。階段から落ちて頭を打ったのは事実なのだ。
私は、元気だったらどんなに人を惹きつけるのだろうかと、まじまじと尚弥を見つめた。柔らかな印象なのは目尻にほくろがあるせいなのか、性格なのか。いかめしさの塊の兄、橘征一とは真逆の印象だった。
確かに美波の好きなタイプだ。しかも特別室に入院するくらいだからお金持ちなんだろう。益々美波のタイプだ。私は苦笑すると、苦しげに汗ばんだ額に落ちる髪を撫でて整えた。
「そうしてると、本物の恋人のようだな。」
妙に苛立った声で後ろから声を掛けてきたのは兄の橘だった。私は橘の方を向くと唇に指を当てて静かにする様に合図した。そのうち規則正しい寝息が聞こえてくると、手の力が弱まった。私はそっと自分の手を引き抜くとゆっくりと椅子から立ち上がった。
痛々しい尚弥を見下ろして、美波はなぜこの好青年を振ったのだろうかとしばし考え込んでいた。これからどうしたらいいのかと後ろを振り向いたが、橘の姿は無かった。私はもう一度尚弥がよく眠っているのを確認して、病室を出た。
エレベーターの方を見ると、丁度橘が両手にコーヒーを手にこちらへ歩いて来るところだった。
スラリとしたバランスの良い、いや、良すぎる恵まれた体格は沢山の人の目を惹きつけるだろう。それでいて、あの整った顔と甘いキス。思い通りにならない事なんてこの男には無いんだろうなと、私はぼんやり近づいて来る橘を見つめていた。
「何だい?見とれてるのか?」
ほんと、マジでムカつく男だ。私は美味しいと有名なテイクアウトのコーヒーを受け取りながら揶揄いにはスルーして言った。
「尚弥さんはぐっすり眠ってます。もう、私は帰っても良いですよね?」
橘は私をホールのちょっとしたカフェスペースへ連れ出すと椅子を引いて座らせた。
「ああ、良いよと言いたいところだが…。さっきの様子では、きっと君が居なくなったら大騒ぎしそうだ。多分潜在意識で君の従姉妹と別れたショックが残ってるんだと思う。
出来ればあと何度か見舞いに来てやってくれないか?その間に、記憶もハッキリしてきて尚弥も落ち着くだろうから。さっきみたいに安心して眠らせてあげたいんだ。どうだろうか?」
2
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
極道に大切に飼われた、お姫様
真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。
溺愛なんてされるものではありません
彩里 咲華
恋愛
社長御曹司と噂されている超絶イケメン
平国 蓮
×
干物系女子と化している蓮の話相手
赤崎 美織
部署は違うが同じ会社で働いている二人。会社では接点がなく会うことはほとんどない。しかし偶然だけど美織と蓮は同じマンションの隣同士に住んでいた。蓮に誘われて二人は一緒にご飯を食べながら話をするようになり、蓮からある意外な悩み相談をされる。 顔良し、性格良し、誰からも慕われるそんな完璧男子の蓮の悩みとは……!?
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
可愛い上司
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
case1 先生の場合
私が助手についている、大学の教授は可愛い。
だからみんなに先生がどんなに可愛いか力説するんだけど、全然わかってもらえない。
なんで、なんだろ?
case2 課長の場合
うちの課長はいわゆるできる男って奴だ。
さらにはイケメン。
完璧すぎてたまに、同じ人間か疑いたくなる。
でもそんな彼には秘密があったのだ……。
マニアにはたまらない?
可愛い上司2タイプ。
あなたはどちらが好みですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる