竜の国の人間様

コプラ

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学生の本分

ダグラスside記憶

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 「隠者様、アレは結構不味いと思うぞ?」

機嫌の良いテディに見送られてブレート様の屋敷に戻った俺は、丁度騎士達の訓練を終えて戻って来た隠者様と顔を合わせた。心配そうな顔を張り付けて何事かと俺に問いかける隠者様に苦笑して手を振った。

「いや、何があった訳じゃ無いがな。あー、庭に出てたら舟に乗った獣人が岸につけようとして慌てて逃げ帰ったって事はあったみてえだ。まぁどうせ隠者様の事だから抜け目なく魔法陣かけてたろうがな。

あれ?あいつどうしてそれに気づかねぇんだ。魔力が見えるんじゃねぇのか?」


 俺がそう言うと、隠者様は少し考え込んで呟いた。

「…やはりあれは発情期の一種みたいじゃのう。大抵はそっち優位になって、魔力のコントロールが悪くなるはずじゃ。普通はその年頃はそこまで魔力が使える訳じゃ無いから気が付かん。テディの魔力は特別じゃからの。

じゃが、助かった。感謝するぞ、ダグラス。」

和らいだ表情の隠者様に俺は頭を掻いて忠告した。


 「隠者様、ホッとするのは早いぜ。テディのアレはヤバいぜ。本人は絶好調みたいだが、見た目からして妙にギラギラしてフェロモンを発してるのが丸わかりだ。顔つきも紅潮して色っぽいし。心配無いって言う事は出来ねぇな。

一番は本人に自覚が無いって事だが…。今んところ周囲を惑わす程度だが、これからどうなるか分からんだろ?普通は一週間程度続くからなぁ。本人も戸惑ってるみたいだったが…。アテはあるんかい?考えておかないと、辛いのは本人だからなぁ。」


 ため息混じりの隠者様を見つめながら、俺はまさか隠者様もこんな歳になって、この手の心配をする事になるとは思いもしなかっただろうと面白く思った。まぁ以前は親には心配掛けずに自分で解決する奴らが多かったが、最近はそうでも無いのかもしれない。時代が変わったのかな。

「じゃあ、俺は町に戻るぜ。そうだ。来月はシャルの産み月だからな、出来ればその頃に町に来てくれるとありがたい。隠者様が居てくれたらシャルも心強いだろうし。テディも興味ありそうだったろ?」

俺がそう言うと、近くなったら連絡をくれと承諾してくれた隠者様は慌ただしく家に戻って行った。俺は苦笑してダダ鳥に乗り込むと、一路家に向かった。


 ダダ鳥を走らせながら、俺はテディに話した事で昔の事を思い出していた。テディは信じていなかったが、事実俺は人気者だった。熊獣人の中でも一際ガタイが良い血族だったせいで、注目もされていたし成熟するのも周囲より早かった。

だから思春期の発情期は俺がどうこうするよりは、周囲の上級生が俺を誘うのが当たり前だった。ただ目の前の発散しか考えられずに、誰彼構わずだったのは俺だけの話じゃない。


 だからテディの様に、誰でも良い訳じゃないと考えているのを見ていると不思議な気持ちだ。

まぁあいつの場合、それだけ切羽詰まってないって事なんだろうが、それでもあいつの発する誘惑のメッセージは周囲の同級生にしてみれば目に毒なのは想像に難くない。

まったくテディは何かにつけて問題ばかり起こすよ、本当。

そんな事を考えながら、そんな俺もシャルと出会った時はまるでいつもの調子が出なかったなと苦笑した。あれは美しくも苦しい恋だった。まぁ俺は今でもシャルに恋をしたままだが。



 初めてシャルに会ったのは、俺が王都で父親の手伝いを兼ねて領主になるべく修行していた頃だった。将来的にはあちこちにある血族の領主を選んで治める事が決まっていた俺は、兄弟達ほど興味もなく余った場所で良いと公言していた。

そんな俺が騎士科に所属するシャルと出会ったのは、騎士科に愛人が居たせいだった。王立学院に入学したばかりの22歳のシャルは美しい立ち姿でひときわ目立っていただけでなく、随分と腕が立つ様だった。


 それも気に入らない上級生の愛人が、シャルの事を悪く言えば言うほど、俺はシャルにひと目会ってみたいと思い始めていた。猟豹チーター族と言うのも会ったことがなかったから気になっていたのもある。

俺は所用で近くに来たついでに学院の門の側でシャルをひと目見ようと、柵に寄り掛かって立っていた。なるほど一際目を惹く騎士服を着た青年が門の方へと歩いて来ていた。

愛人から聞いていたサラリとした長めの明るい金髪と、吊り上がった水色の瞳が勝気そうだ。数人の男や女が彼の周囲を囲む様に付き従っていて、それはまるで獅子族のハーレムの様だった。けれども青年は困惑した様子で言葉少なだった。


 俺は柵から起き上がると、門を出た彼らの視線が俺に向かうのを感じながらツカツカとシャルの側まで近づいた。

『よう。俺はダグラスだ。ダグラス グリズリンだが、ちょっと話出来るか?』

周囲の取り巻きがザワザワと小声で言葉を交わすとそそくさと離れて行った。流石にグリズリン家の家名ぐらいは知っていたらしい。俺はシャルに屈み込んで呟いた。

『シャルだろう?随分と噂になってるみたいだな。俺は猟豹に会ったのは初めてなんだ。なるほど俊敏そうな身体つきだ。俺は将来何処かの領主になる予定だがな、腕の立つ騎士をスカウトしているんだ。そこら辺の話を聞く気はあるか?』


 少し緊張した様子で身構えていたシャルは、静かに息を吐き出すと俺を真っ直ぐに見つめて言った。

『いきなり待ち伏せとは気に入りませんね。貴方がどの様な立場であろうとも、不躾過ぎはしませんか?失礼します。』

そう言って俺を避けて立ち去ろうとした。俺は思わずシャルの手首を掴んだ。ギョッとした様子で俺を睨んだシャルは、大きくため息をついて言った。

『本当に、貴方にマナーと言うものを教えてくれる方はいらっしゃらなかったのですか?…手を離して下さい。』

剣もほろろとはこんな対応を言うのだろうが、俺の掴んだ手の下に感じる手首の脈が跳ねる様に動いているのを見逃さなかった。俺は冷静な対応をしつつも、内心はまるで違う目の前の青年にもっと優しくしたかった。


 だからサッと手を離して直ぐに謝ることにした。
 
『悪い。逃げられちまうと思って、思わず手が出ちまった。まったく俺のマナーの悪さには我ながらため息しか出ねぇな。あんたが教えてくれても良いんだぜ?あー、ちょっと待てって。俺はどうも余計なことばかり言っちまうのが悪い癖だ。

でもさっきの話は嘘じゃないぜ。もしあんたが王国騎士団に入る訳じゃないのなら、卒業後の進路のひとつに考えてくれないか。俺も少数精鋭の部隊を作りてぇんだ。まぁ、時間はたっぷりあるからゆっくり考えてくれ。また来るからな?』


 それがシャルとの初めての遭遇だった訳だったが、今考えても当時の俺は不審者さながらの無作法な男だ。グリズリン家の家名を背負っていたせいで、傲慢だったんだろう。

俺があの時シャルの手首を握らなかったら、シャルは見かけ通り冷淡な青年だと思ったままだっただろうか。とは言え、俺はシャルに嫌われるギリギリのところで付き纏って、最終的には根負けしたシャルが俺と話をしてくれるまでになったのだから、俺の粘り勝ちだ。

それから気を許し始めたシャルに俺が溺れるのはあっという間だったが、そこから身体の関係が出来ても、恋人になってくれるまでにどれだけ時間が掛かったか分からない。俺は苦くも甘い記憶に口元を緩めた。


 
 その時丁度屋敷の前に到着した俺はダダ鳥を従者に預けると、玄関の石畳に足を向けた。柔らかなオレンジ色の炎が足元を照らして、その先に俺の愛する身重のシャルが顔を覗かせた。

「ダグラス、おかえりなさい。皆さんお元気だった?」

俺は初めて会った時のシャルの冷たい表情が、いつの間にこんなに愛情深い表情に変わったのかと、俄かには信じられない気持ちになった。思わずシャルをそっと抱き寄せて、甘い唇を吸った俺にシャルは甘く微笑んで囁いた。


 「…ダグラス、変だね。ふふ。どうかしたの?」











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