竜の国の人間様

コプラ

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騒めき

楽しい夜会

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 「シンディ、なんだか今夜は別人みたいだ。」

僕は感嘆を込めて着飾ったシンディを見つめた。美しいオレンジ色のドレスは、栗毛を引き立たせて、シンディの溌剌とした雰囲気によく似合っていた。

学院ではどちらかと言うと男っぽいシンディもこうして着飾ると、それなりに魅力的な女の子に見える。

「そう?ありがと、ディー。ディーも素敵だよ。でもいつもの制服や、騎士服の方が機能的だからどうも着慣れなくて。」


 そう言うシンディに僕は首を傾げた。

「シンディは家ではどんな格好をしているの?普通にドレス的なものを着てるんでしょ?」

僕がそう尋ねると、シンディは気まず気に呟いた。

「あー、ほとんど着ないかも。お祖父ちゃんには嘆かれてるけどね。私は家でも剣を振り回せる様な格好をしてるよ。だからたまにこんな格好をすると、肩が張凝るんだよね。」


 シンディは根っからの騎士なのかもしれないな。そう話しながら僕らは夜会の中心で来賓と談話しているゲオルグを、可哀想な気持ちで見つめた。

自分の誕生日会なのに、あれじゃ楽しめてるとは言えないんじゃないかな。僕のイメージする誕生日会とはまるで趣きが違う。これはまるで政治だ。


 実際その通りなのかもしれない。ゲオルグは貴族らしいし、僕はこんな夜会でもすんなりと溶け込んでいるパーカスを遠目に見つめた。

いつもはのんびりとした空気を醸し出しているけれど、今のパーカスはこの夜会でも重要人物の印象だ。スッキリとしたロングジャケットが体格の良さを引き立てている。

僕がじっと見ていたせいか、パーカスが僕の方を見た。僕はニッコリ笑って手を振った。そう言えばメダが居ない。そう思って周囲を見回していると、夜の闇と炎のコントラストの効いた舞台の様な篝火かがりびかれたテラスから、美青年のメダがゆっくりと広間に入って来る所だった。


 「ねぇ、ディー。一緒に来ていたあの長老の親戚さん?凄い迫力だね。」

普段あまり他人の事に関心がないシンディが言葉にするほど、妙なオーラがメダにはあった。もっとも龍神だと思えば当然なんだけど。

夜会に来ている着飾った若い青年や淑女達が、メダに話しかけようとして様子を窺っているのがこちらからは手に取るようによく見えた。


 メダは周囲を見渡すと、僕を見つけて真っ直ぐこちらへやって来た。僕はその時、ちょっとばかり良い気分だった。メダに取り憑かれて困ったことも多いけれど、一方でこうして僕を一番に選んでくれると優越感を感じて、胸の奥が疼く感じがするんだ。

僕って案外俗っぽいんだな。

シンディがこっちに来るよ!と少し上擦った声で僕に囁くので、僕はシンディに笑って言った。


 「メダは僕の知り合いなんだよ。シンディを紹介するね?」

それから僕は目を白黒させたシンディにメダを紹介した。丁度ゲオルグもお偉いさんから解放されたのか合流して、僕はメダに今夜の主役も紹介する事が出来た。

「…ああ、ディーと仲良くしてくれている君たちに会うことが出来て良かったよ。やはり顔を見ないと色々心配事が増えるばかりだからね。これからも節度を持ってディーと親交を深めてくれたまえ。ディー、まだ彼らと話したいだろう?では後で。」


 僕はメダがパーカス達の方へ向かうのを見送りながら、一体今のメダは何者なんだろうと苦笑した。どう考えても別人の仕様だ。長老の親戚の演技をしているのかもしれない。

「彼、俺のことめちゃくちゃ怖い目で見たんだけど。言ってる事と目つきが合ってなかったぞ。ディーの事が大事なんだな。…彼とはどう言う関係なんだ?」


 目ざといゲオルグにそう聞かれて、僕は従者から飲み物を貰うと少し口に含んだ。少しピリっとするけど甘くて美味しい飲み物だ。

「王都で長老に会ったって言ったでしょ。その時色々アドバイスを貰った関係で、本人の希望もあってこっちまで一緒に来たんだよ。今日は随分気取ってるけど、普段は結構我儘で大変なんだ。」

僕がそう言うと、ゲオルグとシンディは顔を見合わせた。


 「あの凄いオーラのあの人に、ディーが全然普通に対応してるのが私には驚くべき事だよ。そう言えばディーって小さく戻ったりするんだったっけ。案外ディーって普通じゃないよね?」

僕はクスクス笑ってシンディを睨んだ。

「僕に言わせればシンディもゲオルグも普通とは言えないよ。物の見方を変えれば、捉え方も変わるでしょ?」


 異世界に放り出された僕にしてみれば、獣人である彼らはまるで普通ではない。卓越した運動能力と、獣化する能力。加えて彼らのバックボーンもちゃんとした物だ。全然普通じゃないよ。

僕はクスクスと笑いが止まらなくなった。ああ、本当おかしな事ばかり。彼らも普通じゃなければ、僕もこの異世界ではまるで普通じゃない。むしろ普通って何だって感じだ。


 「おい、もしかして酔っ払ったのか?これ大した酒じゃないはずだけど、どうも酔ったみたいだな。」

呆れた声のゲオルグに、僕は楽しい気分のまま抱きついて、クスクスと笑い続けた。

「ふふ、ゲオルグお誕生日おめでとう。普通じゃないゲオルグに、普通じゃない僕からお祝いしまぁす。ゲオルグはきっと立派な騎士になるよ。」

ゲオルグは少し困った顔で、僕を抱き抱えながらシンディに言った。

「なぁ、何処かでディーを休ませた方がいいんじゃないか?」


 シンディは僕らを見ると、肩をすくめて言った。

「酔っ払ったディーも可愛いけどね。ディー、何処かに座ろうか?」

僕は急に身体に力が入らなくなったのを自覚してコクリと頷いた。ゲオルグの言う様に、さっきのピリピリした甘い飲み物はお酒だったのかもしれないな。

「ぱーかちゅには、言わないでぇ。ちんぱいするからぁ。」


 すっかり口も回らなくなった事も、もう気にならなかった。ゲオルグとシンディがニヤニヤしてるのが目の端に映ったけれど、僕は何処かに座りたい。いや、いっそ眠りたい。

夜会の騒めきが遠ざかった気がして、ゲオルグに支えられていた僕は話し声に耳を傾けた。誰?

不意に抱き上げられた気がして、僕は寝ぼけ眼をぼんやりと向けた。誰かが僕を抱き上げたみたいだ。ああ、歩かなくて済むなんて、ラッキーだ。何だか懐かしい匂いに包まれて、僕はすっかり脱力した。


 ドサリとソファの様な場所に寝かせられて、誰かがしつこく話しかけてくる。うーん、五月蝿い。

『テディ、お水を飲んだ方がいい。起きて。さぁ。』

僕はもう一度抱き抱えられて、水を喉に流し込まれた。冷たい感触が僕をゆっくりと覚醒させてきた。この声は…。

「そんなに強いお酒じゃなかったんですけど。ディーがまさかこんなにお酒が弱かったなんて私たちも思わなくて。パーカス様には内緒にしてって言うものだから、ここに連れてきて酔いを醒まそうと思ったんです。」

シンディが誰かに話している。


 「ディーは我々とは体質が違うから、軽い酒でも効いてしまうのかもしれないね。」

僕は目を開けて、僕を抱えて近くで喋っている相手を見つめた。

「ろばーちょ?なんでぇ?」

ロバートは僕と目を合わせて嬉し気に微笑んだ。

「休暇を貰ったから、ブレート様に挨拶がてら戻ったんだ。丁度アトラス家の夜会の招待状が実家にも届いていたからね。遅れて来たら酔っ払いテディに遭遇したんだよ。」


 僕は意外な相手が目の前に居て、驚きと嬉しさに思わず抱きついた。

「おかえりぃ、ろばーちょ!はは、びっくりちたぁ。」

その時、控えの間の入り口から不機嫌そうな声が響いた。

「まったく、お前は目を離すとすぐにこれだ。いい加減、誰にでも抱きつくその癖を直した方がいいようだな?」

あ、すっかりいつも通りの面倒くさいメダに戻ってる。僕はすっかり覚醒して来てため息をついたけれど、何だかロバートは顔を強張らせているし、ゲオルグは眉を顰めて心配顔だし、シンディは何かワクワクしてる?

えーと、どうなってるの?これ。








 









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