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放浪記
黒い紋様
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「それが黒い紋様の正体なのかの…。」
テーブルに置いた小さな瓶の中でゆっくり蠢く、黒いヒラヒラした何かをじっと見つめてパーカスが呟いた。
「私が若い頃、黒い紋様が猛威を振るったことがあったんじゃ。次々と伝播していって、酷い者は二度と正気には返らなかった。手をこまねいておるうちに、何故かパタリと煙の様に症状を持つものは居なくなった。
あれは一体どう言う事だったのか、今でも良く分からんのじゃよ。メダ様、黒い紋様とは一体どの様なものなのですかの?」
メダは瓶を持ち上げて覗き見ると、もう一度テーブルにそれを置いた。
「私が感じたのは臭いだ。テディ、お前も感じただろう?臭いの元を辿ればあの騎士に辿り着いたという訳だ。黒い紋様は言うなれば寄生する呪いの様なものだ。
支配されて、自分の意思とは関係なく黒い紋様の指示通りに行動させられる。あの騎士がテディを捕まえて逃げようとしたのもそうだ。黒い紋様がテディの魔素を欲しがったのだよ。
騎士は明日には目覚めるだろうが、その事についてはまるで覚えてないだろう。」
僕は首を傾げた。
「ね、きちが戻ってきたとき、メダが首、こう、ちゅかむまで、ぜんぜん、ふつうだったでちょ?なんで?」
あの時点で黒い紋様の支配下だったと言うのなら、何か異変があってもおかしくない筈だ。
「あれはな、取り憑いた先で潜んでおるのよ。そしてふとした瞬間に表面化する。私の気配に慌てた様だが、遅かったな。とは言え、本体を取り除いた割に騎士への支配は残っていた。まるで傀儡の様にな。」
僕はやっぱり首を傾げた。
「黒のひらひら、目的はなぁに?」
僕は瓶の中のヒラヒラをじっと見つめて、メダに尋ねた。
「生存だな。これ自体はこうして見える様に何の力も無い。弱いモノだ。だが一旦寄生先と上手く合うと、先ほどの様に被害が出る。増殖して、気づいたら取り込まれる。
支配が長引くと、同調し過ぎて乗っ取られると言うか、廃人の様になるのだ。ただ、黒い紋様の生存意欲は一定数の増殖を終えるとぱったりと息を潜めるんだ。
こんななりだ。ヒラヒラと地面に落ちたら誰も気づかない。そこから休眠期に入るのだな。どれくらい休眠するのかは、私にも分からん。」
僕は聞いていて、何だか粘菌の様だと思った。単純に生存のために仲間を増やして、移動していく。そこには何の感情もない。だからこそ、こちら側の寄生される方にとっては一層不気味で恐ろしい。
「メダがちゅかまえたでちょ?もう、平気?」
僕はゾクゾクする様な恐怖を感じながら、顔を強張らせて尋ねるとメダは黙り込んだ。
「一体何処であの騎士が取り込まれたのか。そこら辺を調べたほうが良いだろうな。」
パーカスは難しい顔をして腕を組んだ。
「私には臭いが分からなかったのじゃよ。テディは臭ったようじゃな。それは黒い紋様に狙われた事と関係があるのかもしれないのう。」
メダが僕を見てニンマリ笑って言った。
「ああ、良いことを考えた。首に紋様が浮き出なくても、潜在的に寄生されている者が居る可能性は高い。昨日の討伐で森に入った者は特にな。テディを囮にするか、臭いを嗅がせるか。どうする?どちらがやりたいのだ、テディよ。」
昨日森の大型魔物の討伐に参加していた王国騎士や、街の騎士達が神妙な顔をして食堂の椅子に座っている。二十人ほどになるだろう。
結局僕が彼らの臭いを嗅ぐことになった。彼らの座っている後ろを歩いて臭うかどうか調べるんだ。まるで警察犬になった気分だ。僕はげんなりした顔でメダを恨みがましく見た。
「メダだっちぇ、くちゃいの分かるのにぃ!」
まるで聞こえないふりで、メダは欠伸をして僕に歩く様に手をヒラヒラさせた。しょうがない。神さまには逆らえないもんね。
心配したロバートが僕の手を繋いでくれる。一応偉い人達はチェック済みだ。もちろんパーカスは大丈夫だった。ロバートは抱っこしてもらって念入りに嗅いでみたけれど、臭くは無かった。
「…ああ、良かった。テディに臭いと言われたら、流石に立ち直れない。」
そう言って安堵していたけれど、僕に嫌われるより黒い紋様に寄生される方が嫌じゃない?そんなロバートと手を繋いで長い食堂のテーブルの間を歩き始めた。
流石に急に豹変されたら怖い気がしてビクビクしてしまう。パーカスも心配そうにこちらを見つめている。メダ曰く、魔力の強いパーカスが側にいたら、寄生していても表面化しない可能性があるとのことだった。
そうなると臭いも弱くて見逃すかもしれなかった。僕はさながら、まき餌兼警察犬なんだ。…何だかね。
それでも黒い紋様が蔓延しては困るだろうと、僕は真剣に鼻をぴくぴくさせた。ふと、酷く汗臭い臭いの中に、あの腐敗臭が感じられて足を止めた。
僕が足を止めたせいで、側にいる騎士達に緊張が走った。僕は斜め前の獣人の騎士を指差して言った。
「あのちと、くちゃい。」
こんな物言いをするのはどうかと思ったが、実際臭いはさっきよりずっと酷くなった。僕に指差された騎士は強張った顔で目を見開いた。
けれど次の瞬間、ダラリと項垂れるとぐらりと揺れて、それから何か叫びながら僕に手を伸ばした。咄嗟に周囲の騎士達が彼を押さえ込んで拘束したので、大事には至らなかったけれどめちゃくちゃ怖かった。
僕はドキドキしながらさっきより緊張気味のロバートと前に進んだ。結局もう一人が同様に反応しただけで済んだが、二人も黒い紋様に寄生されていたとは驚きだった。
メダが昨日と同様、騎士達の首を掴むと、騎士達はぐったりと床に伸びてしまった。メダの手からはその度にシュワシュワと何か蒸気のようなものが出て、昨日みたいに指にはシミの様なものも無かった。
僕がじっと見ているとメダは口元を歪めて言った。
「ひとつ以上残す意味はないだろう?」
僕はロバートに抱っこされながら、さっきの豹変した騎士達が運ばれていくのを見送った。まだ心臓がドキドキしている。
「ちっぽ、…ちっぽちゃわらせて?」
僕がそう我儘を言うと、ロバートは少しドギマギしながらもそっと尻尾を僕の側に寄越した。ふわふわの尻尾を手の中でにぎにぎするとようやく落ち着いてきた。
頭を乗せたロバートの首元がドクドクと脈打ってる気がして顔を上げると、丁度パーカスがやって来た。
「テディ、大丈夫かの。よく頑張ったのう。お陰で黒い紋様が蔓延するのを防げたわ。ありがとう。」
僕はホッとすると手の中のふわふわを名残惜しく思いながら、パーカスに手を伸ばして抱っこを強請った。一番安心するパーカスの腕の中に収まると、すっかり精神が疲れた僕はパーカスの胸に額を押し付けて丸まった。
周囲の喧騒がぼんやりと響く中、僕はすっかり眠くなって目が開かなくなってしまった。
「…んだ、眠ってしまったのか。」
メダの呆れた様な声が聞こえたけれど、僕はあんなに怖い思いをさせられて、メダの事が少し嫌いになったよ…。
テーブルに置いた小さな瓶の中でゆっくり蠢く、黒いヒラヒラした何かをじっと見つめてパーカスが呟いた。
「私が若い頃、黒い紋様が猛威を振るったことがあったんじゃ。次々と伝播していって、酷い者は二度と正気には返らなかった。手をこまねいておるうちに、何故かパタリと煙の様に症状を持つものは居なくなった。
あれは一体どう言う事だったのか、今でも良く分からんのじゃよ。メダ様、黒い紋様とは一体どの様なものなのですかの?」
メダは瓶を持ち上げて覗き見ると、もう一度テーブルにそれを置いた。
「私が感じたのは臭いだ。テディ、お前も感じただろう?臭いの元を辿ればあの騎士に辿り着いたという訳だ。黒い紋様は言うなれば寄生する呪いの様なものだ。
支配されて、自分の意思とは関係なく黒い紋様の指示通りに行動させられる。あの騎士がテディを捕まえて逃げようとしたのもそうだ。黒い紋様がテディの魔素を欲しがったのだよ。
騎士は明日には目覚めるだろうが、その事についてはまるで覚えてないだろう。」
僕は首を傾げた。
「ね、きちが戻ってきたとき、メダが首、こう、ちゅかむまで、ぜんぜん、ふつうだったでちょ?なんで?」
あの時点で黒い紋様の支配下だったと言うのなら、何か異変があってもおかしくない筈だ。
「あれはな、取り憑いた先で潜んでおるのよ。そしてふとした瞬間に表面化する。私の気配に慌てた様だが、遅かったな。とは言え、本体を取り除いた割に騎士への支配は残っていた。まるで傀儡の様にな。」
僕はやっぱり首を傾げた。
「黒のひらひら、目的はなぁに?」
僕は瓶の中のヒラヒラをじっと見つめて、メダに尋ねた。
「生存だな。これ自体はこうして見える様に何の力も無い。弱いモノだ。だが一旦寄生先と上手く合うと、先ほどの様に被害が出る。増殖して、気づいたら取り込まれる。
支配が長引くと、同調し過ぎて乗っ取られると言うか、廃人の様になるのだ。ただ、黒い紋様の生存意欲は一定数の増殖を終えるとぱったりと息を潜めるんだ。
こんななりだ。ヒラヒラと地面に落ちたら誰も気づかない。そこから休眠期に入るのだな。どれくらい休眠するのかは、私にも分からん。」
僕は聞いていて、何だか粘菌の様だと思った。単純に生存のために仲間を増やして、移動していく。そこには何の感情もない。だからこそ、こちら側の寄生される方にとっては一層不気味で恐ろしい。
「メダがちゅかまえたでちょ?もう、平気?」
僕はゾクゾクする様な恐怖を感じながら、顔を強張らせて尋ねるとメダは黙り込んだ。
「一体何処であの騎士が取り込まれたのか。そこら辺を調べたほうが良いだろうな。」
パーカスは難しい顔をして腕を組んだ。
「私には臭いが分からなかったのじゃよ。テディは臭ったようじゃな。それは黒い紋様に狙われた事と関係があるのかもしれないのう。」
メダが僕を見てニンマリ笑って言った。
「ああ、良いことを考えた。首に紋様が浮き出なくても、潜在的に寄生されている者が居る可能性は高い。昨日の討伐で森に入った者は特にな。テディを囮にするか、臭いを嗅がせるか。どうする?どちらがやりたいのだ、テディよ。」
昨日森の大型魔物の討伐に参加していた王国騎士や、街の騎士達が神妙な顔をして食堂の椅子に座っている。二十人ほどになるだろう。
結局僕が彼らの臭いを嗅ぐことになった。彼らの座っている後ろを歩いて臭うかどうか調べるんだ。まるで警察犬になった気分だ。僕はげんなりした顔でメダを恨みがましく見た。
「メダだっちぇ、くちゃいの分かるのにぃ!」
まるで聞こえないふりで、メダは欠伸をして僕に歩く様に手をヒラヒラさせた。しょうがない。神さまには逆らえないもんね。
心配したロバートが僕の手を繋いでくれる。一応偉い人達はチェック済みだ。もちろんパーカスは大丈夫だった。ロバートは抱っこしてもらって念入りに嗅いでみたけれど、臭くは無かった。
「…ああ、良かった。テディに臭いと言われたら、流石に立ち直れない。」
そう言って安堵していたけれど、僕に嫌われるより黒い紋様に寄生される方が嫌じゃない?そんなロバートと手を繋いで長い食堂のテーブルの間を歩き始めた。
流石に急に豹変されたら怖い気がしてビクビクしてしまう。パーカスも心配そうにこちらを見つめている。メダ曰く、魔力の強いパーカスが側にいたら、寄生していても表面化しない可能性があるとのことだった。
そうなると臭いも弱くて見逃すかもしれなかった。僕はさながら、まき餌兼警察犬なんだ。…何だかね。
それでも黒い紋様が蔓延しては困るだろうと、僕は真剣に鼻をぴくぴくさせた。ふと、酷く汗臭い臭いの中に、あの腐敗臭が感じられて足を止めた。
僕が足を止めたせいで、側にいる騎士達に緊張が走った。僕は斜め前の獣人の騎士を指差して言った。
「あのちと、くちゃい。」
こんな物言いをするのはどうかと思ったが、実際臭いはさっきよりずっと酷くなった。僕に指差された騎士は強張った顔で目を見開いた。
けれど次の瞬間、ダラリと項垂れるとぐらりと揺れて、それから何か叫びながら僕に手を伸ばした。咄嗟に周囲の騎士達が彼を押さえ込んで拘束したので、大事には至らなかったけれどめちゃくちゃ怖かった。
僕はドキドキしながらさっきより緊張気味のロバートと前に進んだ。結局もう一人が同様に反応しただけで済んだが、二人も黒い紋様に寄生されていたとは驚きだった。
メダが昨日と同様、騎士達の首を掴むと、騎士達はぐったりと床に伸びてしまった。メダの手からはその度にシュワシュワと何か蒸気のようなものが出て、昨日みたいに指にはシミの様なものも無かった。
僕がじっと見ているとメダは口元を歪めて言った。
「ひとつ以上残す意味はないだろう?」
僕はロバートに抱っこされながら、さっきの豹変した騎士達が運ばれていくのを見送った。まだ心臓がドキドキしている。
「ちっぽ、…ちっぽちゃわらせて?」
僕がそう我儘を言うと、ロバートは少しドギマギしながらもそっと尻尾を僕の側に寄越した。ふわふわの尻尾を手の中でにぎにぎするとようやく落ち着いてきた。
頭を乗せたロバートの首元がドクドクと脈打ってる気がして顔を上げると、丁度パーカスがやって来た。
「テディ、大丈夫かの。よく頑張ったのう。お陰で黒い紋様が蔓延するのを防げたわ。ありがとう。」
僕はホッとすると手の中のふわふわを名残惜しく思いながら、パーカスに手を伸ばして抱っこを強請った。一番安心するパーカスの腕の中に収まると、すっかり精神が疲れた僕はパーカスの胸に額を押し付けて丸まった。
周囲の喧騒がぼんやりと響く中、僕はすっかり眠くなって目が開かなくなってしまった。
「…んだ、眠ってしまったのか。」
メダの呆れた様な声が聞こえたけれど、僕はあんなに怖い思いをさせられて、メダの事が少し嫌いになったよ…。
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