竜の国の人間様

コプラ

文字の大きさ
上 下
53 / 206
僕の居場所

バルトside動悸が止まらない

しおりを挟む
 白い肩の出た夜着を着たテディは、背中までの髪を耳に掛けて、ミルの近くでしゃがみ込んで虫の魔石をじっと見つめていた。今は随分と顔色も良くなった。最初に青ざめて横たわっていた姿を見た時の、恐怖に胸が締め付けられる感覚は、忘れようと思っても忘れられない。

今の明るい顔を見せるテディを見下ろしていると、胸の奥からその恐怖が少しずつ剥がれ落ちていく様だった。

「バルトしゃん、どーしてこうなっちゃのかな?」

そう戸惑う様に呟きながら、テディは地面に転がった美しく光る虫の魔石を恐る恐る指で突ついた。私は少し悪戯心が湧いて来て、テディに向かって脅かす様にワッと大きな声を出した。


 途端に飛び跳ねたテディが、私の腰に腕を巻きつけて抱きついて来た。私は思わず抱き上げてテディを縦抱きにすると、ミルの側から離れた。

「いちゃ?虫いちゃの?」

テディはキョロキョロと周囲を不安げに見回している。私は今更冗談だとも言えなくなって、咳払いするとテディの柔らかな身体を抱きしめて誤魔化す様に尋ねた。


 「聞きそびれていたけど、テディはどこで吸虫球に出くわしたか覚えているかい?吸虫球については魔物に取り付くくらいの事しかあまり知られていないんだ。」

するとテディは私の肩に手を回しながら、柵の向こうの森の入り口から少し外れた、ここから見ても大きな木を指差して答えた。

「あのおっきな木にいっぱいいちゃの。んー、木の実がぶらぶらちてて、ひとちゅ割れて、中から虫出てきちゃ。」

私はテディを苦しめた吸虫球を始末したかったけれど、パーカス殿が回復してから一緒に見に行った方が良いと感じた。ふと、不安な表情で遠くの木を見つめるテディを慰めたくて、無意識に額に唇を押し付けた。


 テディはハッとして額に手を当てると、目をぱっちりと見開いた。美しいハッキリとした緑色の瞳は私を魅了した。私は惹かれるように今度はテディの赤い唇に、触れるだけの口づけをした。

柔らかくて弾力のあるテディの小さめの唇は、触れるだけでドキドキと心臓が締め付けられてしまう。しかも目をぱっちり開いて私を凝視している。しまった!いきなり過ぎて怖がらせてしまっただろうか。


 テディは首を傾げて、自分の唇に指先を押し当てた。

「んー、何でキスしちゃ?あいちゃつ?」

テディの言う「キス」は分からなかったけれど、口づけの事だろう。そのまま誤魔化しても良かったが、私はテディの目を見つめながら言った。

「可愛いテディが虫に怯えていたから、慰めてあげたくなったんだ。」

テディは首を傾げたまま何か考え込んでいたけれど、頷いて言った。

「バルトしゃん、優しいーね?ありがちょ。」


 そう言うと、テディは抱かれたままミルの側に行きたがった。降りようとしないのは私は嬉しいが、多分テディはいつもの癖が出ているだけなんだろう。基本テディはいつ見てもパーカスや誰かに抱っこされているイメージだ。

私はテディに口づけした事が素直に受け入れられてしまった事に、何だか罪悪感とモヤモヤが胸に渦巻いた。きっとテディは額面通りに受け取ったんだろう。それは私以外からも口づけを受け取る余地があると言う事なんじゃ無いのか。

その事実は私を焦らせた。


 テディはミルの側で私から降りると、私に吸虫球の魔石を拾わせた。それからミルの周りを真剣な表情を浮かべて観察しながら何周か回った。吸虫球が食いついた箇所が少し黒く跡になっている事を、深刻そうに私に確認してきたのには思わず微笑んでしまった。

それからしゃがみ込むとミルのまだ閉じた目をじっと見つめてから、てっぺんを撫で撫ですると満足したのか立ち上がって、先に立って家へ向かって歩き始めた。


 はずむ様に歩くテディの後ろ姿は少年と青年の間のような成長途中とは言え、獣人とも、竜人とも言えない華奢でしなやかな身体つきだった。背中で揺れる黒い艶のある髪は、自分で切ったのか少し長さが違っていて、それがまた可愛らしい。

パーカス殿の言う通り、ローズ様が用意したらしい少し透ける肩の出る夜着は、包帯の巻かれた背中を浮き出させていた。それは見ない様にしていても、思わず透ける生地越しに注視してしまうので、パーカス殿の愚痴の意味が分かって苦笑してしまう。

 
 
 部屋に戻ると、テディの気配にパーカス殿が目覚めた様で、起き上がるのが見えた。私は食卓の上をもう一度整えて軽い酒を用意するとパーカス殿が席に着くのを待った。

「すまない、少し眠っていた様じゃの。せっかく用意してくれたのじゃから頂くとしようかの。」

テディがパーカス殿の隣に座って、魔鳥の卵料理を自分で作ったのだと少し恥ずかしげに指差した。パーカス殿が美味しいと言うと、目を見開いて喜びながら私に視線を投げて嬉しげに笑いかけるので、また心臓が波打った。


 「テディはまだ本調子では無かったのに、パーカス殿に食べさせたいと張り切って作ってましたよ。でも料理上手ですね、テディは。」

私がそう言うと、テディは照れた様に口を尖らせて言った。

「いちゅも僕チビで、何もお手伝いできにゃいから、こんな時にしかできないでちょ?ほんちょは、魔鳥のからあげちゅくる予定だったの。」

悔しがるテディにパーカス殿はニッコリ微笑んでテディの頭を撫でて言った。

「では、今度の変幻の時にでも作っておくれ。楽しみにしておるからの。」


 私はパーカス殿の言葉にハッとして尋ねた。

「あの、テディは定期的にこの様な成長状態に変幻するのでしょうか。…こちらが本来の姿なのでしょう?」

すると、パーカス殿が私をジロリと睨みつけて呟いた。

「それがバルトと何か関係あるのかの?」

私はここで引き下がったら後悔するとばかり、テディの方を向いて言った。

「もし今度変幻する時が事前に分かれば、王都の街など案内しよう。ちっちゃなテディだと幼い人型が珍しくて視線が嫌かもしれないけれど、今のテディなら、そこまで注目はされない筈だから楽しめると思うよ。」


 パーカス殿の私を見る視線が怖いけれど、テディは首を傾げて考えている様だった。それからチラッとパーカス殿の方を見ると、にっこり微笑んで言った。

「おとーたんが良いって言っちゃら、ね?」

私は少しガッカリして、お許しは出なさそうだと恨みがましい気持ちで、機嫌を直したパーカス殿を見つめた。ふとパーカス殿が私に尋ねた。

「そう言えば、バルトは今回のミルの事はどう考えるかの。」


 私はさっき拾った、吸虫球の虹色魔石をテーブルに置いた。

「この魔石化とミルの成長とは関係がありそうですね。テディの肩に吸虫球がくっついていた時はこれの倍以上の大きさでした。元々吸虫球は魔物ではないですよね。ですから魔石自体持っていないですし、自身が魔石になるなど聞いた事がありません。」

考え込むパーカス殿の隣で、テーブルの上の吸虫球の魔石を見ていたテディがボソリと呟いた。

「木の実が割れちぇ、飛び出てくっちゅいたの、この大きちゃよ?でも、綺麗らね?」


 「…テディから魔素を吸い取った吸虫球が、ミルの魔素目当てに移動したのじゃろう?あのミルはダグラス曰く血統が良いと言っておったのじゃ。今時この国では野性のミルはほとんど目にしないからのう。そこに何か秘密があるのかも知れぬな。

今度ダグラスに聞いてみる事にしよう。しかし虹色魔石とは…。滅多にお目に掛かれぬ魔石じゃ。不思議な事じゃのう。」

パーカスの言葉に、私たちはテーブルの上のオーロラに煌めくコロンと丸い魔石を黙って見つめたのだった。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる

海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

処理中です...