竜の国の人間様

コプラ

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王都への旅路

これは美味しいやつ

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 【…ィ、テディ、起きてるか、テディ。】

パーカスの声に起こされて、僕は寝ぼけ眼を手で擦った。薄目を開けた目の前に朝日が姿を現そうとしていた。薄紫と淡いピンクのグラデーションの空は、だんだんと明るく変わっていく。辺りの景色もまるで絵師が慌てて色をつけていくように色彩が鮮やかになっていく。

【…ぱーかちゅ、おはよぅ。】

パーカスの手の中はそう広くは無いので、僕は座った足を爪の間から突き出してぶらぶらと動かした。段々目が覚めてきた。


 【そろそろ降りようと思っての。王都で竜化した竜人が降りる場所は騎士団の敷地内になってしまうからの、ちょっとそれは都合が悪いんじゃ。ここら辺で降りてゆっくり乗り合いで王都へ入ろうと思うのじゃがの。】

僕がはーいと返事をすると、パーカスはゆっくりと高度を落として行った。王都へ続く街道沿いには朝早いせいかほとんどひと気は無かった。小さな集落手間の街道へ降り立ったパーカスは、僕を降ろしてからスルリと人型に戻った。

少し疲れた表情のパーカスを見上げると、パーカスは微笑んで集落を指差した。

「あそこで少し休憩しようかの。」


 僕たちが村へ歩みを進めると、二人の村人が顔を覗かせた。パーカスと手を繋いで歩いていた僕を見て顔を見合わせると、手招きしている。

「ちょいとこっちにおいでよ。あんた達、今空から降りてきたのかい?旦那とこんな所で降りる物好きが居るって驚いてたんだよ。あらま、ちっさい子だねぇ。良かったら休憩して行ったらどうだい?朝ごはんも食べていないんじゃないかね?」

そうにこやかにお節介を焼いてくれるのは、丸い耳の小柄ながら気の良さそうな中年の奥さんだった。側には大柄のツノのあるタレ耳の旦那さんが僕らをじっと見つめていた。


 「ぱーかちゅ、よる、じゅっと、とんでちゃの!ちゅかれちゃったの!」

僕がそう言うと、パーカスは大丈夫だと笑ったけれど、どう考えても疲れてるに違いない。すると愛想の無い旦那さんが背を向けて歩き出しながら言った。

「…大したもんはねーが、ちょっと横になる場所くらいはあるから着いてこいや。マリー、パン焼いてやれや。」

ぶっきらぼうだけど、僕たちを歓迎してくれてるみたいだ。僕たちは夫婦の後をついて、近くの可愛らしい農家に招き入れられた。


 「ほら、沢山焼いたから食べなさい。卵ならあんたも食べられるでしょう?」

そう言って僕の目の前に、目玉焼きと薄いパンケーキが乗った皿が出された。僕が手を合わせていただきますをすると、夫婦は可笑しそうに顔を見合わせた。思わずしてしまうこの動作にすっかりパーカスは慣れたけれど、この世界の獣人達にしてみるとおかしく見えるんだろう。

口の中に広がる卵はトロリと濃厚で、僕は目を見開いた。焼きたてのパンケーキにたっぷり蜜をかけて夢中になって食べていると、パーカスも頷きながら言った。


 「ほう、これは思わぬ馳走じゃ。美味しいのう、テディ。」

僕は口いっぱいに詰め込みすぎて、返事をする代わりに大きく頷いた。そんな僕らを相変わらずムスッとした旦那さんがチラッと見ながら呟いた。

「…新鮮なのが一番の贅沢だからな。」

農夫のおじさんは無愛想だけど、根は良い獣人みたいだ。…牛獣人かな。あのダグラス農園で見習いをしているブルさんとは微妙に種族が違う気がする。


 結局食後にテラスの長椅子に横になったパーカスは、直ぐにウトウト眠ってしまった。やっぱり疲れていたみたいだ。夜の飛翔の間中眠っていた僕は、旦那さんの後をついて、裏庭の広い畑へと着いて行った。

「ちびっ子、手伝ってくれるのか?」

おじさんがそう言ってニヤリと笑うので、僕もニヤリと笑い返した。

「うん。てちゅだう!あちゃごはん、おいちかっちゃから!」

おじさんは僕みたいなちびっ子には口が軽くなるのか、この畑で収穫した物を商人が買いに来る事や、奥さんが王都への旅人相手に街道沿いで、焼き魔肉の串や、パンケーキを並べて売ってると話をしてくれた。


 僕はミルらしき白いむっちりしたものが数個植え付けてある方へ行かないように注意しながら、旦那さんの後を一生懸命ついて行った。見たことの無い作物があって面白い。見渡す限り平坦な地面が続くので、パーカスと一緒に住んで居るあの辺境の地とは農地の豊かさが違うのかもしれない。

農地の境界にたわわに果実の実った木が一本生えていた。僕はその木の下から上を見上げて、その木の実がまるで林檎の様に見えると思って眺めていた。


 「これは一見美味そうだがな。硬くて酸っぱいんだ。だからあまり人気がなくて売れ行きも悪い。俺の故郷からわざわざ持ってきたんだがな。懐かしい味ってやつだ。食ってみるか、坊主。」

そう言ってひとつ採ると、ナイフで器用に切って僕に食べさせてくれた。見れば見るほど林檎の様な匂いがする。違うのはピンク色の果肉という所だ。ひと口齧ると、なるほど甘さよりぎゅっと酸っぱさが感じられる。でも僕はこの酸っぱい林檎を上手く利用する方法を知っていた。

「こえ、やいちぇ?ね、おいちーよ?」


 半信半疑の農夫と、面白がる奥さんと僕と三人でスライスした果肉を焼いた。蜜をちょっと入れて焼き込むと覚えのある甘い匂いが立ち込めた。

「あらま、美味しそうねぇ。こんな焼いて食べるとか考えなかったからねぇ。」

そう言って僕らは焼き林檎風のソレをパンケーキに乗せて食べた。うーん、美味しい!酸っぱさと甘さのコントラストが最高だ。ジャムにも出来そうだったけど、料理上手の奥さんならきっと思いつくだろう。


 匂いに釣られたのかパーカスが起きてきた。僕たちの作った焼きリンゴを美味しそうに食べて、僕の面倒を見てくれた農夫達に礼を言っていた。僕はおじさんから酸っぱい林檎を幾つか貰って、バイバイして歩き出した。王都への旅人の間で、この焼き林檎もどきのパンケーキが人気になったと知ったのはずっと後になってからだ。

乗り合い場所は村の中心にあった。二頭立ての4~5人乗りの大きな幌馬車の様な乗り合い鳥車は、既に二人の若い先客が居た。僕らが乗り込むと目を丸くして緊張した様子だった。彼らはパーカスを盗み見ている。


 竜人が珍しいのか、怖いのか、僕はパーカスが怖がられるのは癪に感じたので、パーカスにじり登ると自分から膝に抱っこされた。するとあからさまに二人がホッとした気がして、僕はパーカスを盗み見た。

僕の視線に気づいたパーカスは苦笑していたが、余計な事は言わなかった。それから王都の境界門まで僕は景色を眺めながら二人の若者の話す内容に耳を傾けていた。

彼らは興奮した様にブルーベルの湖の魔物について話していたけれど、まさか目の前の覇気のない老竜人とちびっ子の僕が当事者とは思いもしなかったんだろう。話が随分と大袈裟になっている事に気がついて、僕はパーカスと目を合わせてクスクス忍び笑った。


 「ほら、テディ。あれが王都の門じゃよ。あそこで入場の許可を貰うんじゃ。しかし、相変わらず騒がしい場所じゃな。」

目線の先に大きな門が見えてきた。獣人のいかつい騎士が数人、通り過ぎる人や鳥車をチェックしているみたいだ。僕は急にドキドキしてきた。僕が王都に来たのは正解だっただろうか。僕はパーカスのオマケだけど、この世界では異質な人間だ。

捕まって調べられたら?パーカスと引き離されたらどうしよう。僕は思わず緊張してパーカスの腕をぎゅっと握って尋ねた。

「…ぱーかちゅ、ぼく、もん、はいれりゅ?」




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