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求婚?

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 「まぁ、しばらく来ないうちにこの屋敷はむせ返る花籠でいっぱいだわ。」

 三女のお姉様が、その涼やかな眼差しを緩めてビクトリアを見つめた。ビクトリアは咳払いして視線を逸らした。

「加減を知らない男が居るんですもの。これではそのうちに花屋になってしまうわ。」

「ふふ。この光景も懐かしいわ。私達が求婚されていた頃は、花屋が隣に引っ越して来た方が良いなんて言われていたのよ。それにしてもビクトリアは箱入りだった筈だったのに、一体どう言う事なのかしら。

 悪い男に可愛い妹が見つかってしまったの?」


 三女のお姉様はここ2ヶ月ほど伯爵家の領地へ戻っていたので、今回の指南騒ぎに首を突っ込んでいたわけでは無かった。とは言え他の姉達から話は聞いていたに違いない。

「どうかしら。でも悪い男なのは確かだわ。私をすっかり怒らせたのだもの。」

 お姉様はクスクス笑いながら、手元の甘酸っぱい果肉を口に放り込んだ。

「ああ、美味しい。私も結婚前は伯爵には随分ムカムカしたわ。でも他の方の時には気にならなくても、伯爵の時はイライラしたり怒りっぽくなってしまったのは、特別に感じているせいだと気がついたの。

 ビクトリアはそうではないのかしら?」


 お姉様にそう言われて、ビクトリアは近くに飾られた花籠を見つめた。そうなのかしら。私はロレンソに惹かれているの?でもあんな出会い方をしたら、今更どうして良いか分からないわ。

「侯爵令息は、貴女の指南相手だったのでしょう?彼の身体を堪能した時、ビクトリアは怖く感じたのかしら。普通は知らない相手にそんな事をしたら、相手がどう出るか心配になると思うのだけど。」


 お姉様にそう言われてビクトリアは怖いとか、不安になる様な事は全然無かった事に気づいた。ロレンソはビクトリアの好きにさせていたし、無理強いなど一欠片も無かった。それこそ女に興味が無いのかと思うほどに。

 私はロレンソの匂いにうっとりして、彼を文字通り堪能したんだわ。それって普通じゃ無いのかもしれない。ロレンソは私に触れない様に我慢していたのかしら。それって誰でも出来る事じゃ無いのかもしれない。

 …普通は馬鹿みたいに一方的に口づけして来る貴族令息ばかりだもの。


 「彼は私を不安にさせる様な事はして来なかったわ。それって大事な事かしら。」

 お姉様はクスクス笑って、ビクトリアにも甘酸っぱい果肉を食べさせた。

「そうだと思うわ。可愛いビクトリアの指南の前に耐えるのは並じゃないでしょう?だからこそ、お父様もビクトリアの初めての探索に彼を選んだのでしょうから。

 もう許して、一緒にお出掛けしてらっしゃいな。どうして自分が腹立たしく思ったのか考えたら、答えは出るでしょう?」




 「ビクトリア、招待を受けてくれて嬉しいよ。今夜はいつも以上に素晴らしく美しいね。他の男達に見せたくないくらいだが、そうもいかないのが問題だ。」

 子爵家に迎えに来た侯爵家の馬車に乗り込んだビクトリアは、隣に座ったロレンソの熱い視線を感じつつ、チラリと手袋越しに握られた手元を見つめた。

「…ああ、これだけは許して貰えないだろうか。ビクトリアが歌劇の招待を受けてくれた事が未だに信じられないんだ。私はすっかり嫌われてしまったから、手を離したら逃げられてしまう気がして心配なんだ。」


 絹の手袋越しに感じる自分より大きな手の感触が悪く無かったので、ビクトリアはロレンソの言い訳に乗る事にした。

「許してあげますわ。私もちょっと怒りすぎたかもしれないと反省しましたの。少なくともロレンソ様はあの夜、私を不安にはさせなかったって思い出しましたし。」

 途端に馬車の中の空気が一気に張り詰めた。

「ビクトリア、私がどんな気持ちであの夜君に触れるのを我慢していたと思うんだい?私が触れた途端に逃げ出してしまう気がして、私にはそんな危険は取れなかったんだ。…君が無垢なのはよく分かったからね。」


 ビクトリアは自分から話を振ったものの、張り詰めた空気に動揺してしまった。けれどもロレンソの口から、あの時の気持ちを聞けて、しかも自分のことをずっと理解してくれていた事に喜びを感じた。

「…あんな事をする無垢な令嬢など居ませんわ。」

 どうしても素直になれなくて、そんな余計なことを口走ると、ロレンソは握った手を両手で包む様にしながら、ビクトリアの頬に優しく唇を押し付けた。


 「ここにいるだろう?無垢で奔放な、可愛いビクトリアが。私は君の魅力に焼き尽くされてしまった。寝ても覚めても君の事しか考えられない。だからこうして君と出掛けられるのが嬉しくてたまらないよ。」

 ロレンソの正直な言葉と、手を握る熱い体温、そして男らしい骨ばった骨格の奥に煌めく琥珀色の瞳に見つめられて、ビクトリアは息を浅くした。

「…無垢だからって、子供扱いは嫌だわ。…口づけは唇にして下さい。私、貴方の口づけ気に入ってるの。」

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