10 / 16
求婚?
しおりを挟む
「まぁ、しばらく来ないうちにこの屋敷はむせ返る花籠でいっぱいだわ。」
三女のお姉様が、その涼やかな眼差しを緩めてビクトリアを見つめた。ビクトリアは咳払いして視線を逸らした。
「加減を知らない男が居るんですもの。これではそのうちに花屋になってしまうわ。」
「ふふ。この光景も懐かしいわ。私達が求婚されていた頃は、花屋が隣に引っ越して来た方が良いなんて言われていたのよ。それにしてもビクトリアは箱入りだった筈だったのに、一体どう言う事なのかしら。
悪い男に可愛い妹が見つかってしまったの?」
三女のお姉様はここ2ヶ月ほど伯爵家の領地へ戻っていたので、今回の指南騒ぎに首を突っ込んでいたわけでは無かった。とは言え他の姉達から話は聞いていたに違いない。
「どうかしら。でも悪い男なのは確かだわ。私をすっかり怒らせたのだもの。」
お姉様はクスクス笑いながら、手元の甘酸っぱい果肉を口に放り込んだ。
「ああ、美味しい。私も結婚前は伯爵には随分ムカムカしたわ。でも他の方の時には気にならなくても、伯爵の時はイライラしたり怒りっぽくなってしまったのは、特別に感じているせいだと気がついたの。
ビクトリアはそうではないのかしら?」
お姉様にそう言われて、ビクトリアは近くに飾られた花籠を見つめた。そうなのかしら。私はロレンソに惹かれているの?でもあんな出会い方をしたら、今更どうして良いか分からないわ。
「侯爵令息は、貴女の指南相手だったのでしょう?彼の身体を堪能した時、ビクトリアは怖く感じたのかしら。普通は知らない相手にそんな事をしたら、相手がどう出るか心配になると思うのだけど。」
お姉様にそう言われてビクトリアは怖いとか、不安になる様な事は全然無かった事に気づいた。ロレンソはビクトリアの好きにさせていたし、無理強いなど一欠片も無かった。それこそ女に興味が無いのかと思うほどに。
私はロレンソの匂いにうっとりして、彼を文字通り堪能したんだわ。それって普通じゃ無いのかもしれない。ロレンソは私に触れない様に我慢していたのかしら。それって誰でも出来る事じゃ無いのかもしれない。
…普通は馬鹿みたいに一方的に口づけして来る貴族令息ばかりだもの。
「彼は私を不安にさせる様な事はして来なかったわ。それって大事な事かしら。」
お姉様はクスクス笑って、ビクトリアにも甘酸っぱい果肉を食べさせた。
「そうだと思うわ。可愛いビクトリアの指南の前に耐えるのは並じゃないでしょう?だからこそ、お父様もビクトリアの初めての探索に彼を選んだのでしょうから。
もう許して、一緒にお出掛けしてらっしゃいな。どうして自分が腹立たしく思ったのか考えたら、答えは出るでしょう?」
「ビクトリア、招待を受けてくれて嬉しいよ。今夜はいつも以上に素晴らしく美しいね。他の男達に見せたくないくらいだが、そうもいかないのが問題だ。」
子爵家に迎えに来た侯爵家の馬車に乗り込んだビクトリアは、隣に座ったロレンソの熱い視線を感じつつ、チラリと手袋越しに握られた手元を見つめた。
「…ああ、これだけは許して貰えないだろうか。ビクトリアが歌劇の招待を受けてくれた事が未だに信じられないんだ。私はすっかり嫌われてしまったから、手を離したら逃げられてしまう気がして心配なんだ。」
絹の手袋越しに感じる自分より大きな手の感触が悪く無かったので、ビクトリアはロレンソの言い訳に乗る事にした。
「許してあげますわ。私もちょっと怒りすぎたかもしれないと反省しましたの。少なくともロレンソ様はあの夜、私を不安にはさせなかったって思い出しましたし。」
途端に馬車の中の空気が一気に張り詰めた。
「ビクトリア、私がどんな気持ちであの夜君に触れるのを我慢していたと思うんだい?私が触れた途端に逃げ出してしまう気がして、私にはそんな危険は取れなかったんだ。…君が無垢なのはよく分かったからね。」
ビクトリアは自分から話を振ったものの、張り詰めた空気に動揺してしまった。けれどもロレンソの口から、あの時の気持ちを聞けて、しかも自分のことをずっと理解してくれていた事に喜びを感じた。
「…あんな事をする無垢な令嬢など居ませんわ。」
どうしても素直になれなくて、そんな余計なことを口走ると、ロレンソは握った手を両手で包む様にしながら、ビクトリアの頬に優しく唇を押し付けた。
「ここにいるだろう?無垢で奔放な、可愛いビクトリアが。私は君の魅力に焼き尽くされてしまった。寝ても覚めても君の事しか考えられない。だからこうして君と出掛けられるのが嬉しくてたまらないよ。」
ロレンソの正直な言葉と、手を握る熱い体温、そして男らしい骨ばった骨格の奥に煌めく琥珀色の瞳に見つめられて、ビクトリアは息を浅くした。
「…無垢だからって、子供扱いは嫌だわ。…口づけは唇にして下さい。私、貴方の口づけ気に入ってるの。」
三女のお姉様が、その涼やかな眼差しを緩めてビクトリアを見つめた。ビクトリアは咳払いして視線を逸らした。
「加減を知らない男が居るんですもの。これではそのうちに花屋になってしまうわ。」
「ふふ。この光景も懐かしいわ。私達が求婚されていた頃は、花屋が隣に引っ越して来た方が良いなんて言われていたのよ。それにしてもビクトリアは箱入りだった筈だったのに、一体どう言う事なのかしら。
悪い男に可愛い妹が見つかってしまったの?」
三女のお姉様はここ2ヶ月ほど伯爵家の領地へ戻っていたので、今回の指南騒ぎに首を突っ込んでいたわけでは無かった。とは言え他の姉達から話は聞いていたに違いない。
「どうかしら。でも悪い男なのは確かだわ。私をすっかり怒らせたのだもの。」
お姉様はクスクス笑いながら、手元の甘酸っぱい果肉を口に放り込んだ。
「ああ、美味しい。私も結婚前は伯爵には随分ムカムカしたわ。でも他の方の時には気にならなくても、伯爵の時はイライラしたり怒りっぽくなってしまったのは、特別に感じているせいだと気がついたの。
ビクトリアはそうではないのかしら?」
お姉様にそう言われて、ビクトリアは近くに飾られた花籠を見つめた。そうなのかしら。私はロレンソに惹かれているの?でもあんな出会い方をしたら、今更どうして良いか分からないわ。
「侯爵令息は、貴女の指南相手だったのでしょう?彼の身体を堪能した時、ビクトリアは怖く感じたのかしら。普通は知らない相手にそんな事をしたら、相手がどう出るか心配になると思うのだけど。」
お姉様にそう言われてビクトリアは怖いとか、不安になる様な事は全然無かった事に気づいた。ロレンソはビクトリアの好きにさせていたし、無理強いなど一欠片も無かった。それこそ女に興味が無いのかと思うほどに。
私はロレンソの匂いにうっとりして、彼を文字通り堪能したんだわ。それって普通じゃ無いのかもしれない。ロレンソは私に触れない様に我慢していたのかしら。それって誰でも出来る事じゃ無いのかもしれない。
…普通は馬鹿みたいに一方的に口づけして来る貴族令息ばかりだもの。
「彼は私を不安にさせる様な事はして来なかったわ。それって大事な事かしら。」
お姉様はクスクス笑って、ビクトリアにも甘酸っぱい果肉を食べさせた。
「そうだと思うわ。可愛いビクトリアの指南の前に耐えるのは並じゃないでしょう?だからこそ、お父様もビクトリアの初めての探索に彼を選んだのでしょうから。
もう許して、一緒にお出掛けしてらっしゃいな。どうして自分が腹立たしく思ったのか考えたら、答えは出るでしょう?」
「ビクトリア、招待を受けてくれて嬉しいよ。今夜はいつも以上に素晴らしく美しいね。他の男達に見せたくないくらいだが、そうもいかないのが問題だ。」
子爵家に迎えに来た侯爵家の馬車に乗り込んだビクトリアは、隣に座ったロレンソの熱い視線を感じつつ、チラリと手袋越しに握られた手元を見つめた。
「…ああ、これだけは許して貰えないだろうか。ビクトリアが歌劇の招待を受けてくれた事が未だに信じられないんだ。私はすっかり嫌われてしまったから、手を離したら逃げられてしまう気がして心配なんだ。」
絹の手袋越しに感じる自分より大きな手の感触が悪く無かったので、ビクトリアはロレンソの言い訳に乗る事にした。
「許してあげますわ。私もちょっと怒りすぎたかもしれないと反省しましたの。少なくともロレンソ様はあの夜、私を不安にはさせなかったって思い出しましたし。」
途端に馬車の中の空気が一気に張り詰めた。
「ビクトリア、私がどんな気持ちであの夜君に触れるのを我慢していたと思うんだい?私が触れた途端に逃げ出してしまう気がして、私にはそんな危険は取れなかったんだ。…君が無垢なのはよく分かったからね。」
ビクトリアは自分から話を振ったものの、張り詰めた空気に動揺してしまった。けれどもロレンソの口から、あの時の気持ちを聞けて、しかも自分のことをずっと理解してくれていた事に喜びを感じた。
「…あんな事をする無垢な令嬢など居ませんわ。」
どうしても素直になれなくて、そんな余計なことを口走ると、ロレンソは握った手を両手で包む様にしながら、ビクトリアの頬に優しく唇を押し付けた。
「ここにいるだろう?無垢で奔放な、可愛いビクトリアが。私は君の魅力に焼き尽くされてしまった。寝ても覚めても君の事しか考えられない。だからこうして君と出掛けられるのが嬉しくてたまらないよ。」
ロレンソの正直な言葉と、手を握る熱い体温、そして男らしい骨ばった骨格の奥に煌めく琥珀色の瞳に見つめられて、ビクトリアは息を浅くした。
「…無垢だからって、子供扱いは嫌だわ。…口づけは唇にして下さい。私、貴方の口づけ気に入ってるの。」
85
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
悪役令嬢はいない、癒やす女はいる
kieiku
恋愛
「わたくしの婚約者であるアルフレッド殿下を癒やしているというのは、あなたで間違いなくて?」
突然の侯爵令嬢の襲来に、ミーニャは青ざめた。アルフレッドと親しくしているのは間違いない。侯爵令嬢の不興をかい、牢屋にぶちこまれてしまうのだろうか?
「わたくしのことも癒やしなさい!」
「…………えぇ?」
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
悪役令嬢はオッサンフェチ。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
侯爵令嬢であるクラリッサは、よく読んでいた小説で悪役令嬢であった前世を突然思い出す。
何故自分がクラリッサになったかどうかは今はどうでも良い。
ただ婚約者であるキース王子は、いわゆる細身の優男系美男子であり、万人受けするかも知れないが正直自分の好みではない。
ヒロイン的立場である伯爵令嬢アンナリリーが王子と結ばれるため、私がいじめて婚約破棄されるのは全く問題もないのだが、意地悪するのも気分が悪いし、家から追い出されるのは困るのだ。
だって私が好きなのは執事のヒューバートなのだから。
それならさっさと婚約破棄して貰おう、どうせ二人が結ばれるなら、揉め事もなく王子がバカを晒すこともなく、早い方が良いものね。私はヒューバートを落とすことに全力を尽くせるし。
……というところから始まるラブコメです。
悪役令嬢といいつつも小説の設定だけで、計算高いですが悪さもしませんしざまあもありません。単にオッサン好きな令嬢が、防御力高めなマッチョ系執事を落とすためにあれこれ頑張るというシンプルなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる