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詰問

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 「父上、白状して下さい。私の指南をした令嬢は一体誰なのですか。」

 まるで自分から逃げるように忙しくしていた侯爵をようやく捕まえたロレンソは、書斎に押しかけるなり口を開いた。そんなロレンソを困惑した様子で見返した侯爵は諦めたように立ち上がると、キャビネットから酒を出して二つの小さなカットグラスにそれを注いだ。

「まぁ、落ち着きなさい。セバスチャン、二人にしてくれるか。」

 家令を下がらせた侯爵は、顰めた顔で酒を見つめるロレンソを見つめると、自分は美味そうに飲み干した。


 「何だね、藪から棒に。」

 落ち着き払った侯爵を睨みつけたロレンソは、酒に手を伸ばさずに腕を組んで口元を引き結んだ。今朝王宮ですれ違ったあの黒髪の美しい令嬢の姿が目に焼き付いて離れない。

 以前後ろ髪を引かれた令嬢も黒髪だったけれど、あの時は一瞬でしっかり顔を見た訳ではなかった。だが、今朝あの令嬢と目を合わせた瞬間、肌がピリピリと粟だった。


 吸い込まれる様なアーモンド型の濃い青い瞳、ふっくらとした赤い唇、丸みのある白い額、生意気そうな小作りの鼻。見つめ合った時に投げかけられた問いかける様なその空気感。彼女は…。

 思いふけっていたロレンソに、侯爵は気楽な様子で話し始めた。

「令嬢の身元については秘密にする約束なのだよ。いくらお前とは言え、秘密は明かせないが。一体どうしたというんだ。」


 「父上は、さぞかし高みの見物で楽しい事でしょうね。…私にあの令嬢を指南させたのは、こうなる事が分かっていたのでしょう?指南の際、結局彼女のはっきりした顔は見れませんでした。…幻を見せてあっという間に逃げ出してしまった。

 こんなに毎日イライラした経験がないほど、どうしたら彼女にもう一度会えるかヤキモキしながら考えていました。父上に頼むのは最終手段だと思ってましたが、今朝彼女と良く似た令嬢に出会ってしまったら、父上に頼むしかないでしょう?」


 侯爵は何気ない風を装いながら、グロウ子爵の末娘は騎士団の事務方で仕事をしている話を思い浮かべた。ロレンソも王宮の殿下の元に通っているが、エリアが違うので会う確率は少ないと思っていたのだ。

「ロレンソ、指南した令嬢と今朝出くわした相手は本当に同一人物なのか?指南の時ははっきり顔を見ていないのだろう?」

 するとロレンソはますます顔を顰めた。

「確かに父上の言う通りです。でも彼女が同一人物だと言う確信があります。彼女の空気感というか、間違いないでしょう。」


 「だったら、その令嬢を直接夜会にでも何にでも誘えば良いじゃないか。身元の確認など必要ないだろう?指南の相手と、王宮で会った令嬢が別人だったら困るのか?確信があるなら何を迷う事がある?

 それで、その令嬢は何処の事務方だったんだ?それくらい調べたのだろう?」

 するとロレンソはますます顔を顰めた。

「…あまりの事に驚いてしまって、取り逃しました。いや、明日調べれば分かるでしょう。一緒に居た貴族に見覚えがあります。」

 いつもそつのないロレンソの不手際ぶりに、侯爵は面白い気持ちを堪えて口元を引き延ばした。ここで笑ったらあまりにも息子が可哀想だ。一気に酒を煽って部屋を出て行くロレンソの後ろ姿を見送りながら、侯爵はもう一杯グラスに酒を注いで前祝いと洒落込んだ。

 きっと近いうちに侯爵家に祝い事が訪れるだろう。まぁ、息子の頑張り次第ではあるが。



 翌日のロレンソの行動は早かった。昨日出会った場所に早い時間から腕を組んで仁王立ちして待っていたのだから。けれども貴族達の訝しげな視線をヒシヒシと感じながらも、彼女は一向に姿を現さなかった。

 しかし彼女と一緒に歩いていた若い青年貴族を発見して、ロレンソはツカツカと彼に近づいた。

 ロレンソの顔を見て、キョロキョロと辺りを見回した若い貴族は、目の前の身分の高い貴族が自分に用があるのだと気がつくと、緊張を滲ませて立ち止まった。


 「…おはようございます。あの、何か…。」

 昨日あの令嬢と仲良さげに歩いていたのを思い出して、ロレンソは胸が詰まる様に感じながら若い貴族に尋ねた。

「突然済まない。私はロレンソ アッバーソンだ。昨日、一緒に歩いていたご令嬢について教えて欲しいんだが。黒髪で青い瞳のご令嬢だ。彼女の名前はなんと言うのか教えてくれないか。」

 目の前の若い貴族はロレンソの名前を聞いて目を見開くと、戸惑った様子を見せながらも口を開いた。


 「ビクトリアの事でしょうか。彼女は私と同じ王宮騎士団の事務方をしています。どちらの家の出身かは公開されていませんので、私にも分かりかねます。あの、彼女がどうかしたんでしょうか。」

 侯爵家後継であるロレンソを前にして、緊張を滲ませながらもビクトリアを守ろうと食い下がってくる若い貴族に何処かしら苛立ちさえ感じながら、ロレンソは笑みを顔に貼り付けた。

「ああ、ビクトリアが何をどうした訳じゃない。急いでいる所邪魔したね。」

 ロレンソは背中に若い貴族の視線を感じながら、闇雲にこうして行動したのは正解だったのだろうかと思いつつも、彼女の情報を手にれられた事に浮き足だった。


 「ビクトリア…。ビーはビクトリアだ。やはり間違いない。」












 
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