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任された任務

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 ビクトリアは来た時より静まり返っている蝋燭の輝く屋敷の中を、執事らしき人物に案内されて玄関まで辿り着いた。別室に待機していた侍女のマリーと合流したビクトリアは欠伸を堪えながら馬車に乗り込んだ。

 無事指南役としての務めを果たしたので、ビクトリアはすっかり気が抜けていた。

 完全に指南したかと言われたら、多分違うのだろうけれど、取り敢えず男を逝かせることが出来たのだから役目は終わったのでは無いかしら。ああ、刺激的ではあったけれど、疲れたわ。


 ビクトリアはマリーに面倒を見てもらいながら、揺れる馬車の中で目を閉じた。一体どうしてこんな話になったのだろうと、ビクトリアは今更ながら考え込んだ。大体指南役ならお姉様たちの方が向いている筈なのに。


 ビクトリアはグロウ子爵家の秘蔵の五人目の末っ子令嬢だ。グロウ子爵と言えば、泣く子も黙る四人のご令嬢で有名だった。

 彼女たちに一体何人の貴族たちが泣かされて、がらせられたのか身に覚えのある者は数知れず、それでも求婚の数で言えば伝説級の姉妹だった。

 そんなやり手の姉達から10歳離れて生まれた末っ子のビクトリアは、物心がつく頃から姉達の手練手管の英才教育を無自覚に受けてきていた。けれども20歳になるこの年まで、なぜか実践はさせて貰え無かった。

 姉達の武勇伝を思い起こせば、彼女達はそれこそ16歳の頃から殿方と実践をしてきていた気がするのだけれど。


 『良いこと、ビクトリア。決して自分が処女だなんて知られてはいけないわよ。グロウ家の可愛い秘蔵っ子に手垢がついていないと知られたら、男達の死闘が増すだけだもの。面倒な諍いは避けた方が良いわ。

 貴女には私達が素晴らしいお相手を選んであげたいの。なんと言っても私達はあまりにも羽目を外しすぎてしまったものね?ほほほ。」

 よく分からないけれど、美しくも魅惑的な長女にそう言われて仕舞えば、ビクトリアはそうなのかと素直にそれに従ってしまう。


 そんな素直な可愛いビクトリアを姉達はとても愛していた。自分たちは若気の至りで失ってしまった無垢さと、グロウ家の英才教育の賜物であるそこはかとない淫靡さを兼ね備えたビクトリアは、姉達の誇りでもあり、最高傑作でもあった。

 真っ直ぐに見つめ返す海より濃い青い瞳と、サラリとした艶のある黒髪は、少し上を向いたかわいい小作りの鼻と血色の良いふっくらした唇を引き立てた。

 どこか小悪魔的なビクトリアが時折見せるアンニュイな表情は、見るものをゾクリとさせる言いようのない魅力があった。


 現在ビクトリアは王宮の事務官の仕事をしている。公爵令嬢はともかく、最近では王宮で仕事をしている貴族令嬢は多く、子爵家出身という事もあってビクトリアは騎士団所属だ。

 けれどビクトリアがグロウ子爵の末っ子と言うことは一部の関係者にしか知られていない。子爵がビクトリアを可愛がるあまり、騎士達のちょっかいを恐れたためだ。

 グロウ子爵家の令嬢だと公に知られたら、途端に伝説を期待した大人の女としてのお誘いが増えるだろうし、それを振り払うにはビクトリアは箱入り過ぎた。


 それでも騎士達が王宮に来る度に、何かと理由をつけて事務官であるビクトリアのところへ寄るのは、出身を公にしていないビクトリア自身の魅力のせいだった。

 そんなビクトリアがいつも通りに騎士達を捌いて任務に戻らせひと息ついていると、上司である騎士団長が手招きしているのに気がついた。

 ビクトリアの父であるグロウ子爵の上司に当たる騎士団長は、ビクトリアが小さな少女だった頃から屋敷に出入りしていて良く知っている相手だったので、ビクトリアはいそいそと席を立って団長の部屋について行った。


 「団長、何か私に御用ですか?」

 すると騎士団長はビクトリアに目の前のソファに座るように指差すと、自分は手ずから紅茶を淹れてテーブルに置き、部屋の扉を閉めに行った。時々こうして昔馴染みの団長とお茶をする事があるビクトリアは、早速熱い紅茶を頂くことにした。

「…美味しい。いつ飲んでも団長の淹れて下さる紅茶は美味しいです。」

 団長は嬉しげに微笑んだ。それから自分の袖付き机の上に置かれた美しい菓子箱と手紙を一通持ち上げると、ビクトリアの前に差し出した。


 「実は頼まれて欲しい事があってね。内々の話なんだが…。子爵にはもう了解は取ってある。この役割を是非ビクトリアに受けて貰いたいんだが、どうだろうか。」

 ビクトリアはこんな風に頼まれるのは初めてだったので、訝しく思いながら手紙を受け取った。開こうとした時、団長は慌ててビクトリアを遮った。

「必ず一人で中身を見てくれ。そう言う約束なんだ。さる高貴な方からの依頼だ。グロウ子爵の今後のことを考えたら受けた方が良いと私は思う。とは言え内容については私も把握をしてはいないんだ。が、相手方から打診を受けた子爵は問題ないと言うことだったから、是非お願いしたい。」


 仲良しの上司であり、父の友人でもある団長にそう言われては、ビクトリアは戸惑いながら頷いて手紙と賄賂の様な高級な菓子を持って部屋を出ることしか選択肢は無かった。

 本当ならその場で封を開けて確認すべきだったのかもしれない。任務を受けたも同然のビクトリアに断るチャンスはその時しか無かったのだから。

 封筒の中には身支度のための多過ぎる支度金の小切手、それから迎えの日時、そして想像も出来ない簡潔なひと言が美しい飾り文字でカードに書かれていた。


 『さる高貴な青年貴族の指南役をグロウ子爵家のビクトリア嬢にお任せします。」


 
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